肺再生幹細胞システムを遺伝子改変マウスを組み合わせて徹底的に再検討する(4月4日 Cell オンライン掲載論文)

2024.05.14

肺は幹細胞システムで、細胞の新陳代謝により維持されている。老化すると当然この新陳代謝が低下し、肺機能は低下する。この新陳代謝は気管レベル、小気管支レベル、そして肺胞レベルで維持されており、肺胞レベルでは2型肺胞細胞(AT2)を機転とする幹細胞システムができあがっていることが知られている。

 

AT2 システムは、肺気腫などの機能不全や、特に肺腺ガンでの発ガン過程に関わるとして、最近急速に研究が進んできた。特に最近のトピックスは、肺の損傷治癒過程では分化した AT1 細胞がもう一度 AT2 へ脱分化して細胞のリクルートを促進するという発見で、AT1 細胞特異的マーカーでラベルした細胞が AT2 にも混じっていることを示す結果に基づいている。

 

本日紹介する論文

今日紹介する中国杭州の中国科学院大学からの論文は、遺伝子改変マウスを組み合わせて細胞ラベルの特異性を徹底することで、AT1 から AT2 細胞が分化する可能性を否定し、新しい再生経路を明らかにした研究で、4月4日 Cell にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Tracing the origin of alveolar stem cells in lung repair and regeneration(肺の修復と再生での肺胞幹細胞の起源を追跡する)」だ。

 

解説と考察

細胞系譜の研究は各細胞の特異的マーカーが得られるかどうかにかかっている。これまで AT1 細胞マーカーとしては、Hopx や Ager 分子(機能は問わずにマーカーとしてだけ議論するので、どんな分子かは気にせず読んでほしい)が使われ、Hopx にノックインした Cre 組み替え酵素などを用いて細胞をパーマネントにラベルすると、AT2 にラベルした細胞が見つかるといった実験が行われてきた。

 

この研究でも、それぞれのマーカーを用いてこれまでの実験を確認しているが、ラベルした細胞を詳しく調べると AT1 だけでなく、気管レベルの幹細胞として知られてきた Club 細胞や Broncho alveolar stem cell (BASC) もラベルされることがわかり、AT1 から AT2 が分化したと単純に結論できないと考えた。

 

そこで、AT1、Club細胞、そして BASC を特異的にラベルする方法を探り、AT1 マーカーとして使われたHopxとAger が Club 細胞と BASC には別々に発現していることに着目し、Hopx と Ager が両方発現した細胞だけラベルするマウスを作成、AT1 を他の細胞から区別することに成功する。

 

そして、ブレオマイシンや機械的損傷に対する再生を誘導、AT1 から AT2 への脱分化を調べると、全く脱分化しないことを示している。要するに、分子マーカーを使うとき、マーカーの罠に落ちて間違った結論になる可能性がある。

 

では、これまで AT1 から由来すると考えられていた AT2 細胞はどこから来るのか?これを調べるために、さらに複雑な遺伝子導入マウスの組み合わせを行い、Club 細胞、BASC、そして AT2 を、2つの標識の発現パターンで区別し、Club 細胞も、BASC ともに AT2 細胞へと分化して、AT1 細胞のリクルートメントに寄与することを明らかにしている。

 

こうして2種類の細胞に由来する AT2 細胞を特定した後、それぞれを single cell RNA sequencing で調べ、Club 細胞、BASC それぞれ全くことなる分化経路を通って AT2 に分化することを明らかにしている。

 

次にそれぞれの経路での Notch シグナルの役割を、Club 細胞、BASC でノックアウトする実験を行い、Notch シグナルが欠損すると Club 細胞から AT2 への分化が抑制される一方、BASCからの分化は促進されることを発見する。さらに、BASC 特異的に Notch シグナルを高めると、今度は肺胞全体が BASC に似た上皮で占められ、AT2、AT1 細胞が消失することを示している。

 

まとめと感想

以上から、1)AT1 は AT2 へ脱分化しない、2)Club 細胞と BASC は損傷再生時に AT2、そして AT1 へ分化して損傷を助ける、3)それぞれの AT2 への分化経路は全くことなり、Notch シグナルはそれぞれの経路で全く逆の働きをしている、と結論できる。

 

幹細胞研究でマーカーを組み合わせるというと表面マーカーを指すことが多かったが、複雑な掛け合わせを繰り返せば、遺伝子改変による細胞特異的ラベルや操作が可能であることを見事に示した力作だと思う。ただ論文を読めばそれがいかに大変なことかもわかる。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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