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完全脊髄損傷で脳と脊髄が切り離された患者さんでも、脊髄での感覚運動に関わる電気活動を記録し、それを用いて自分の足を動かせるようにするローザンヌ大学からの論文についてはこのブログでも何回か紹介し、YouTubeでも解説した。
このような方法を可能にしているのが、運動に必要なインプット、アウトプットを脳から切り離された脊髄レベルで完成させることができるからだ。従って、このような技術をさらにレベルアップするためには、脊髄に形成されている感覚、運動神経回路の解明が重要になる。
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今日紹介するベルギー・ルーベンにあるフランダース神経電子研究所からの論文は、刺激により足を引っ込める反応を学習により変化させたときに起こる神経回路変化を詳しく調べた研究で、4月12日Science に掲載された。
タイトルは「Two inhibitory neuronal classes govern acquisition and recall of spinal sensorimotor adaptation(脊髄の感覚運動適応の獲得と再現には2種類の抑制性神経が関わる)」だ。
研究では脳から切り離した足の動きをカメラで記録し、足のポジションがほんの少し変化すると刺激が入るようにして学習をさせ、足先を刺激して起こる足の反射への効果を見ている。
元々反射は存在するので、学習効果をどう調べるのかと思って読んだところ、なんとスローモーションカメラで63種類の運動パターンデータを記録して、動きのパターンが学習によって全く異なることを形態の主成分解析で行っている。まさに解剖学と生理学が統合された検出方法だ。
おそらく脳のように学習の長期固定化という過程はないと思うが、短期間学習効果は維持できる。次にこれを検出する系を作って、学習した短期記憶に関わる神経回路を、様々な遺伝子改変マウスを用いて調べ、まず感覚を受け取る神経のうち Ptf1α 陽性細胞が足の運動学習パターン形成に関わることを明らかにしている。
学習に関わる感覚インプット細胞が明らかになったので、その神経興奮パターンを調べると、学習によって Ptf1α 細胞の興奮が高められ、これが刺激への反応性を作っていることがわかる。
次に、インプットを受ける神経細胞活動を調べていくと、Aδ/C 神経細胞の興奮に学習効果が出ていることがわかる。ただ、カンデルらが研究した有名なアメフラシの水管反射に関わる単純な回路とは全く異なり、Aδ/C 神経細胞でも学習した神経は前シナプスレベルで閾値が高めてノイズを下げていることがわかる。
次にこの効果の持続は、おそらく運動神経の興奮を調節する抑制性神経の調節によるのではと考え、発現分子が異なり、相互に抑制しあう2種類の抑制性神経が学習によって全く逆の興奮性を獲得することで、通常なら抑制的に調節されている運動の刺激閾値が調節されていることを明らかにしている。
以上が結果で、単純に見えても、複雑な神経回路が成立することで、一本の線では決して描けない多数の神経でできている回路が調節されているのがよくわかる。こうして回路を明らかにすることは、今後 AI を用いた脊髄損傷患者さんの治療に大きく役立つことは間違いない。
加えて、回路の複雑性、合目的性を明らかにすることで、現在使われている深層ニューラルネットのさらなる進化にも大きく役に立つと思う。
人工知能で遅れた我が国はキャッチアップすることを主に投資をしているが、さらに先を考えると実際の脳神経回路の研究に力を入れ、常に脳科学と人工知能の研究が相互作用することで、全く新しい回路設計などを開発することも重要になると思う。
この研究は竹岡さんという外国で独立して頑張っている女性研究者の研究室からの論文で、人工知能の後れを取り戻すためには、少し回り道でもこのような脳科学の人材が我が国で活躍できることが重要になると思う。