植物をしっかり噛んで、消化しろ! ハドロサウルス科のくちばし、歯、そしてデンタル・バッテリー

2024.04.29

サウロロフス・アングスティロストリス Saurolophus angustirostris の実物の頭骨(筆者撮影)

こんにちは!恐竜好きな方へのサポートなどを行っているタレント「恐竜のお兄さん」加藤ひろしと申します。

皆さまは野菜や果物を丸かじりするのはお好きでしょうか?私は茹でたトウモロコシやリンゴやキュウリをそのままかじると、瑞々しさも感じることができるので好きです。

ところが、私たちが普段食べている野菜や果物でも、そのまま丸かじりしてしまうと歯を痛めてしまう程に硬いものがかなりあります。

そこで、人間はナイフなどの道具を使ったり料理をしたりして、硬い野菜や果物は丸かじりせずに、より食べやすく、より消化しやすくしています。

 

一方、人間以外の植物を食べる動物(植物食動物)に目を向けると、植物を食べたり消化したりするのに向いた多くの特徴を持っていて、植物食恐竜にもそれぞれのグループ(分岐群)毎にさまざまな特徴が見られます。

そんな植物食恐竜のなかでも、ハドロサウルス科に分類される恐竜は、ひときわ「植物をしっかりと咀嚼(そしゃく)することができた」と考えられている分岐群です(研究例[注1][注2]

 

 今回は【カモノハシ竜[: Duck-Billed Dinosaurs]とも呼ばれているハドロサウルス科が持つくちばし、歯、デンタル・バッテリーはどのような構造をしていたのか】をご紹介します。

 

1.ハドロサウルス科のくちばし

 ハドロサウルス科の別名がカモノハシ竜[: Duck-Billed Dinosaurs]なのは、文字通り、鳥類のカモやアヒルに似たくちばしを持っているためです。

 

彼らの頭骨を見ると、ハドロサウルス科のなかでも古くから研究されているエドモントサウルス・アネクテンス Edmontosaurus annectens の大人が、かつて“アナトティタン・コペイ Anatotitan copei [意味: コープ博士の大きなアヒル]”と命名・分類されていた[注3]のもうなずけます。

エドモントサウルス Edmontosaurus の成長過程
右下の個体が元“アナトティタン・コペイ”

引用元: Campione, N. E., and Evans, D. C., 2011. Cranial Growth and Variation in Edmontosaurs (Dinosauria: Hadrosauridae): Implications for Latest Cretaceous Megaherbivore Diversity in North America. PLoS ONE, 6(9): e25186.

 

 では、生きていた頃のハドロサウルス科のくちばしはどんな構造だったのでしょうか?今生きている鳥類やカメのくちばしと同じように、恐竜のくちばしについても「骨の上にケラチンでできた角質の鞘(さや)が被さっていた」と考えられています[注4]

 そしてハドロサウルス科の場合、この角質の鞘(さや)の痕跡が保存された化石も何頭か発見されています(研究例: [注5][注6])。

上くちばしの角質の鞘(さや)の痕跡[白い部分]が保存されていたエドモントサウルス・アネクテンスの頭骨レプリカ(筆者撮影)

 

 ハドロサウルス科の上くちばしの痕跡を見ると、この写真のとおり角質の鞘(さや)が骨から下に向かって下くちばしに覆いかぶさるように保存されているので、生きていたときのハドロサウルス科の恐竜のくちばしはカモやアヒルとは異なっていたのかもしれません。

餌を食べるコールダック(筆者撮影)

 

 さらに、ハドロサウルス科はハドロサウルス亜科(サウロロフス亜科とも)【サウロロフス Saurolophus やエドモントサウルス、ブラキロフォサウルス Brachylophosaurus などが分類される 】、ランベオサウルス亜科【ヒパクロサウルス Hypacrosaurus やランベオサウルス Lambeosaurus 、コリトサウルス Corythosaurus などが分類される】の大きく2つに分けられます(研究例: [注7][注8])。

 

このハドロサウルス亜科とランベオサウルス亜科が持つ“それぞれのくちばしの形態の違い”についても多くの研究論文が出版されています(研究例: [注9][注10])

そして、このテーマについて最も新しく出版された、2023年の研究論文で行われた解析では「ハドロサウルス亜科のくちばしは前方が尖る傾向があり、ランベオサウルス亜科のくちばしは前方が幅広くなる傾向がある」という結果が示されました[注10]

ブラキロフォサウルス・カナデンシス Brachylophosaurus canadensis【ハドロサウルス亜科(サウロロフス亜科)】、コリトサウルス・カスアリウス Corythosaurus casuarius 【ランベオサウルス亜科】の実物の頭骨(筆者撮影)

 

 

2.ハドロサウルス科の歯

サウロロフス・アングスティロストリスの実物の右下顎のデンタル・バッテリー

 

 ハドロサウルス科の歯の数は非常に多く、なかでもアメリカ・ニューヨークのアメリカ自然史博物館に所蔵されているエドモントサウルス・アネクテンスの成体(元“アナトティタン・コペイ”の種の基準となったホロタイプ標本)は上顎に1260(片側630)・下顎に812(片側406)と、合計で2072本もの歯を持っていました[注11]

 この、小さな歯がぎっしりとまとまって生え、一つの大きなまとまりになっている構造をデンタル・バッテリーといいます。

デンタル・バッテリーに対する研究については後述しますが、ハドロサウルス科の歯の構造についての研究も複数出版されています。

まず、ハドロサウルス科の歯の組織を調べた2012年の研究論文で「ハドロサウルス科の歯の組織は、4種類で構成されるウマやバイソンの歯の組織よりもさらに多く、6種類によって構成されている」ことが明らかになりました。

そして植物を噛み切ったりすり潰したりするのに適した歯を持つハドロサウルス科のなかでも、それぞれの種ごとの歯を構成する6種類の組織の割合の違いと上顎と下顎の噛み合わせの角度の違いによって、「プロサウロロフス Prosaurolophus とサウロロフス、およびヒパクロサウルスの歯はより噛み切るのに適し、一方でコリトサウルスとランベオサウルスの歯はよりすり潰すのに適していた」ことも明らかになったのです[注12]

ヒパクロサウルス・ステビンゲリ Hypacrosaurus stebingeri のホロタイプ標本(成体)の頭骨レプリカ(筆者撮影)

 

 この2012年の研究論文[注12]を踏まえ、2014年の研究では“ヒパクロサウルス・ステビンゲリの成長にともなう下顎の歯の形態と組織の変化”の記載が行われました。

その結果、「卵のなかに入っていた赤ちゃん()と生まれたての赤ちゃんの歯は恐らく噛み切ることや砕くことに向いており、組織はそれ以降の成長段階の歯と比べると単純である」、「成体になる一歩手前の成長段階であるサブアダルトの歯は主に噛み切る機能をしていたと考えられ、組織は胚や生まれたての赤ちゃんの歯よりも複雑である」、「成体の歯は噛み切ること・砕くことの両方に向いていたと考えられ、組織は最も複雑になっている」ことが明らかになりました[注13]

 

3.ハドロサウルス科のデンタル・バッテリー

ランベオサウルス・ランベイ Lambeosaurus lambei の実物の頭骨(筆者撮影)

 

 ハドロサウルス科のくちばしとデンタル・バッテリーの間には隙間があり、「植物を噛み取って集めるくちばしと口のなかに溜まった植物を咀嚼(そしゃく)するデンタル・バッテリーのそれぞれの機能を分ける役割を果たしていた」と考察されています(研究例: [注14][注15])。

 

デンタル・バッテリーは上顎と下顎合わせて4つありますが、上顎と下顎の歯が斜めに噛み合うことで植物を咀嚼(そしゃく)する構造になっています。

例を挙げると、エドモントサウルス・レガリス Edmontosaurus regalis の成体が顎を閉じると、上顎では縦列で1~2本ずつの歯が、下顎では縦列で34本ずつの歯が噛み合っていました([注16]

エドモントサウルス・レガリスのデンタル・バッテリー

Ⓐ・Ⓑが左上顎、Ⓒ・Ⓓが左下顎、水色の矢印で噛み合っていた歯を示す。

引用元: Xing, H., Mallon, J. C., and Currie, M. L., 2017. Supplementary cranial description of the types of Edmontosaurus regalis (Ornithischia: Hadrosauridae), with comments on the phylogenetics and biogeography of Hadrosaurinae. PLoS ONE, 12(4): e0175253.

 

 さらに「ハドロサウルス科の恐竜が顎を閉じ、上顎と下顎のデンタル・バッテリーが斜めに噛み合うと、顎の骨が正面から見てほんの少しだけ横方向に動いていた」と考えられています。

ほんの少しだけ横方向に動いていたのが、上顎の骨なのか(研究例: [注1][注17])、下顎の骨なのか(研究例: [注18][注19])は、研究によって分かれていますが、この顎の骨の動きも彼らが行う咀嚼(そしゃく)に貢献していたことは確かなようです。

 

まとめ

 ハドロサウルス科の口の動きについての研究から得られた情報を一言でまとめると、「まずくちばしで植物を噛み取り、噛み切ったりすり潰したりするのに適した歯がたくさんまとまったデンタル・バッテリーを持つ顎で植物を咀嚼(そしゃく)していた」と考えられています。

 冒頭で書いたとおり、植物食動物は植物を食べたり消化したりするためのさまざまな特徴を持っています。残念ながら「植物食恐竜などの古生物がどのように植物を食べていたかを観察する」ことはできませんが、彼らや今生きている植物食動物の特徴を見たり調べたりするのもとても興味深いのでおすすめします。

参考文献(本文登場順)

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【著者紹介】恐竜のお兄さん 加藤ひろし

恐竜についての難しい研究論文について、わかりやすく解説しています。
そのほかにも、動物園・博物館・恐竜イベント等をさらに楽しむ為に注目すべきポイントについて紹介します。幅広い知識を子供から大人まで、ご要望に応じた層に分かりやすく対応いたします!
出身地:東京都
誕生日:1993年10月28日
身長:167cm
資格:学芸員資格(博物館資料の収集・整理・保管・展示・調査など)
   大型特殊自動車免許(ブルドーザー・ショベルカー・クレーン・除雪車など)
   車両系建設機械(整地・運搬・積込み用及び掘削)運転技能講習修了

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