風と一緒にどこまでも──……。タンポポの戦略に迫る!

2024.04.22



 暖かい日が増え、日々の装いも薄いものを選ぶ事が増えてきた。街や山を彩る桜の木も着実に緑が増え、虫がウニョウニョうごめき、フワフワ、ブンブン飛んでいるのもよく目にするようになってきている。少し前まで茶色一色だった用水路も、種々の春草が繁茂し、今ではすっかり緑色だ。



 春を代表する野草に、タンポポがある。黄色い花と、柔らかくふわふわの綿毛の二面性を持つことでおなじみの花だ。ふぅっと綿毛を吹き飛ばしてみたことが、皆さん一度はあるだろう。しかしながら、そもそもタンポポはどのようにして、何のために綿毛を作るのだろう? ありふれた植物だが、あらためて問われると意外と知らない。そこで今回は、身近な春草・タンポポについて解説していく。

少し詳しく 〜綿毛を作る〜

 そもそもタンポポの綿毛はどのように出来るのだろう?

 まずはタンポポの花を一つだけ思い描いてほしい。



 多くの人が、黄色くて花弁はなびらがたくさんある、平べったい花を想像したことだろう。この黄色くて平たい花が、どのように白くて丸いフワフワの綿毛になるのはとても不思議だ。

 実は、タンポポが白くて丸い綿毛の姿に至るためにはまず、この「黄色くて平たい花」という認識を改める必要がある。どういうことだろう?





 タンポポの花は、たくさんの花弁を持つ花ではない。数百個程度の小さな花が、一つの大きなガクから咲く事で一つの花のように見えているに過ぎないのだ!

 この、無数の小さな花というのが、白く丸い綿毛の姿に至るのにとても重要だ。





 タンポポの個々の花には、『5枚の花弁』『雄しべ』『雌しべ』『ガク』が揃っている[注1][注2]

そして、タンポポのガクは元々、白くてフワフワの綿毛のような構造をしている。

 そう、私たちがよく知る白くて丸い綿毛の姿は、ガクの姿だったのだ!



 けれども開花中、私たちはガクを目にすることは無い。個々の花のガクは花弁の直下、大きなガクの中に収納されている場所にあるためだ。

 けれどもタンポポの花は個々が雄しべと雌しべを持ち、受粉する。そのため、花が受粉すると、当然果実をつける。この際に、雄しべや雌しべ、花弁は茶色く枯れてしまうが、ガクだけは残る。

 ガクは果実から伸びた柄とともにぐんぐんと上に伸びていき、存在感を発揮していく。果実に対して上に綿毛が付く形になるため、綿毛の事を冠毛かんもうという。



 やがて果実が十分に熟し終わると、大きい方のガクは開花時よりも大きく開く。果実は無数にあり、乾燥した冠毛は大きく広がるため、元々の黄色い花が、あたかも白くて丸いフワフワの球体になったように見えるというわけだ。





 タンポポは無数の小さな花が集まってできており、冠毛は元々、小さな花のガクだったという事が分かった。こうして出来た冠毛付きの果実が、風に乗り、拡散していくというわけだ。

 それでは、タンポポの拡散戦略は冠毛を作ることだけなのだろうか?

 続いて、タンポポの拡散戦略について解説していく。



さらに掘り下げ 〜綿毛を飛ばす〜

 突然だが紙飛行機を2機、全く同じように折ってほしい。

 これを1つは1階から、もう1つは屋上から外に向かって飛ばしてみよう。さて、どちらが遠くまで飛ぶだろうか?



 もちろん、同じ紙飛行機だからといって、投げた高さで距離が単純に比較できるものではない。それでも屋上から投げた方が遠くまで飛びそうだというイメージは出来る筈だ。



 さて、紙飛行機がタンポポとどう関係するのだろう?





 ご存知の通り、タンポポの綿毛は息を吹いた程度の風でも舞い上がる。それに伴い種子も運ばれ、数百メートルから長ければ数キロメートルも運ばれる。

 けれども、風というやつは気まぐれだ。ビュ~ビュ~吹いていたかと思えば、世界が止まったように凪ぐ事もある。そのため、タンポポとしては一つ一つの機会を有効に活かす必要がある。



 機会を活かす戦略の一つが、茎の長さだ。

 

 タンポポの花は、地上から10 15 cm程度の場所に咲く。あまり高い位置に花をつけると風雨の影響が大きく、種子をつける前にダメージを受けてしまう恐れがあるためだ。

 けれども、花が受粉して果実が熟す頃になると、タンポポの茎はぐんぐんと上に向かって伸びていく。そして冠毛が開く頃には、開花時の二倍ほどの高さになる[注3]



 紙飛行機だって綿毛だって、風に任せて飛ばすなら高い方から飛ばす方がよい。自由落下までの時間が長く稼げるからだ[注4]





 タンポポは開花後に茎を伸ばすことで、綿毛の位置を高くして風に運ばれやすくしていることが分かった。しかし発芽の主体はあくまでも種子の方だ。いくら植物体の方が頑張っても、種子自身が遠くに飛ばない事には意味がない。それでは、冠毛の方は遠くへ飛ぶためにどんな工夫がなされているのだろう?

 続いて、果実の工夫について解説していく。



もっと専門的に 〜綿毛が浮く〜

 果実の持つもっとも簡単な戦略は、冠毛が水に濡れるとくっついて細くなる事だ。

 何を当たり前な、と思われるかもしれない。けれども、冠毛に撥水性がないというのは重要な性質だ。



 確かに風の強い日は、綿毛が飛ぶには絶好の日だ。けれども風が強くとも、雨の日ばかりは少し勘弁願いたい。せっかく綿毛が飛んでも、雨に叩き落される可能性が高いためだ。そのため、雨に濡れた冠毛はくっついて細くなり飛びにくくなることで、雨の日に種子が拡散されるのを防いでいる[注5]





 しかしながら、そもそもタンポポの冠毛は200本程度しかない隙間だらけの構造だ。間がぴっちり詰まったパラシュートのような構造ならいざ知らず、これだけスカスカで果たして冠毛が開いたり閉じたりする意味がどれだけあるのだろうか?

 実は冠毛がどれだけどのように開いているかは、風の影響の受けやすさに大いに関係している。



 風が綿毛を運ぶとき、冠毛が充分に開いていると、冠毛の前方上部に低気圧の渦が発生して、冠毛を吸い上げる力が働く。

 対して冠毛が十分に開いていなかったり、まばらに開いていたりすると、渦は発生しなかったり後方に強い渦が発生したりする[注6]



 すなわち冠毛が充分に開いていることは、横向きの力だけでなく、上向きの力を得ることに繋がるのだ。

 横向きの風から上向きの力を得ることが出来れば、それだけ滞空時間が増える。滞空時間が増えれば、より拡散出来る距離が増えていくというわけだ。





 ここまで、タンポポの綿毛や戦略について解説してきたが、いかがだっただろうか? タンポポの語源の一つの説に「種子が舞い上がる様子を『タネポッポ』と呼んだ」というものがある。事実かどうかは不明だが、舞い上がる様子がなんらかの琴線に触れていたのは間違いないだろう。



 最後に、記事の趣旨からは少し外れるが毛に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。





ちょっとはみ出し 〜毛の科学〜

目は口ほどに、眉は目ほどに?

 日々のコミュニケーションを円滑に進めるためにも、互いの感情を理解するのはとても重要だ。私たちは言葉でやりとりをする生き物だが、相手の感情を理解するための手段としては音の羅列だけを意識しているわけではない。声色や表情といった言葉以外の情報を総合して、コミュニケーションを取っている相手が今どんな感情を抱いているのかを推測している。



 感情を発露するための材料の一つとして、私たちはよく眉の形状を利用する。これに着目して、表情の変化が難しい人に向けて、感情の反応して形状が変化する人工眉毛型のデバイスが研究されている。楽しいときは楽しいように、怒っているときは怒っているように人工眉毛が変化することで、装着者に代わって表情を作ってくれるというわけだ。



毛で掻き出す

 汚れは私たちの気分を損なうだけでなく、健康を害する恐れのある存在だ。けれども、日々の生活を送るうえで、あらゆる汚れを全て回避することはまず不可能である。そのため、付着した汚れを落とす必要があるのだが、その際に汚れを掻き出すために毛を利用する事がある。外壁や、シミのついた衣類、そして私たちの口腔内などだ。ご存知、歯ブラシである。



 歯ブラシの毛の状態が、口腔内の汚れの除去にどれだけ影響を与えるのかを調べた研究がある。同一形状の歯ブラシに、形状が異なる毛を装着した歯ブラシを3種類作り、実際に歯磨きをすることで影響を比較した研究だ。細い毛よりも太い毛の方が、毛先が滑らかな毛よりも粗い毛の方が除去効果は高かったが、使用感に関しては不明という事だ。



参考文献

参考文献

・中西 弘樹. 『タネは旅する 種子散布の巧みな植物』. 八坂書房.

・嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.

・一般社団法人 日本植物生理学会(https://jspp.org/

Cummins C, et al. “A separated vortex ring underlies the flight of the dandelion”. Nature. 2018 Oct;562(7727):414-418.

Chen Y, et al. “Light-driven dandelion-inspired microfliers”. Nat Commun. 2023 May 26;14(1):3036.

・高橋 琉佑, 長谷川 裕晃. 『タンポポ冠毛の隙間が飛行にもたらす効果』. 実験力学, 2023, 23 , 3 , p. 214-219.

・増井 元康ら. PerformEyebrow:装着者の感情表現を拡張できる人工眉毛形状制御デバイス』. 情報処理学会論文誌 62 (11), 1817-1828, 2021-11-15.

・竹下 萌乃. 『歯ブラシにおける毛先形状の違いがプラーク除去に及ぼす効果』. 口腔衛生学会雑誌, 2022, 72 , 2 , p. 84-91.





[注1] この1セットが揃った花の事を完全花といい、そろっていない花の事を不完全花という。また、別の分類として、雄しべだけ、あるいは雌しべだけの花の事を単性花といい、両方ある花の事を両性花ともいう。花の構成一つでも、色んな分け方があるんだなぁ。本文に戻る

[注2] ちなみにタンポポは、花弁がすべて繋がった合弁花類という分類に属す。すべて繋がっているので花弁の枚数は1枚なんじゃないのか、と思われる方もいると思うが、合弁花でも分けた時の花弁の数をカウントするようだ。本文に戻る

[注3] 開花後に茎が高くなる植物として、フキノトウでおなじみのフキも知られている。開花時は10 cm程の茎が、冠毛が開く頃には1 mにまで伸びているというのだから驚きだ。10倍って……!!本文に戻る

[注4] 自由落下速度を遅くするために、果実自体の重量を軽くしたり、冠毛の数を増やしたりする種もいる。セイヨウタンポポという外来種に見られる特徴で、この特徴のため在来種に比べて拡散しやすい。本文に戻る

[注5] タンポポの綿毛と同じくらい小さな蚊は、雨の日でも元気に飛び回ることが出来る。蚊の体は撥水性があり雨粒を弾くとともに、蚊自身に飛行能力があることで当たった雨粒を受け流すことが出来るためなんだとか。雨という現象一つでも、植物と動物の対応の違いが現れるようだ。本文に戻る

[注6] この風と渦の仕組みは、2018年に報告された。タンポポの綿毛が飛ぶ仕組みなんて、とっくのとうに研究されつくされていると思っていたが、そうではなかったようだ。最先端の不思議を血眼になって探さなくとも私たちの身の回りの事は案外、誰も知らないことだらけなのかもしれない。本文に戻る

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

このライターの記事一覧