マンボウ博士の奈良探索~宇陀市の又兵衛桜~

2024.04.24

 今年は暖冬と言われていたが、桜の開花は去年より1週間ほど遅かった。皆さんは桜の花見に行かれただろうか? 私は去年、奈良県の桜の名所・吉野山のヤマザクラを見に行ったので、今年は違う桜の名所に行ってきた。202446日に行ってきた桜の名所は……宇陀市大宇陀本郷にある枝垂れ桜・通称『又兵衛桜』だ!

『又兵衛桜』の伝説

 時は江戸時代前期。槍の名手とされる武将・後藤又兵衛(後藤基次)は一般的に1615年に起きた大阪夏の陣・道明寺の戦いで戦死したことになっているが、宇陀市大宇陀本郷には大阪夏の陣で敗れた後藤又兵衛がこの地に逃れ、僧侶となって余生を過ごしたという伝説がある。実際に又兵衛の屋敷なのかどうかは不明だが、後藤家の屋敷跡に大きな桜の木があることから、この桜は『又兵衛桜』と呼ばれるようになり、今に伝わっているという。

 いやー、歴史には詳しくないので、桜の木にまつわるそんな伝説が奈良県にあったことを今更知った。最初は自転車で現地に行こうかと考えたものの、片道6時間ほどかかるようなので、ちょっと遠い。結局、電車で向かうことにした。

 朝8時頃に近鉄榛原駅に到着! 近鉄榛原駅前は奈良によくある少し田舎の町並みであった。『又兵衛桜』のある場所までは通常バスで向かうのだが、今回はダイエットがてら歩いて向かうことにした。Google地図によると、近鉄榛原駅⇔『又兵衛桜』間の距離は大体8.3 km、徒歩で片道約2時間ほどであった。桜はそんな何時間も見ないので、ちょうどいい距離感だと私は思った。駅前はほどほどに建物があるが、少し離れると田んぼと山が広がる。しかし、季節はちょうど桜が見頃の時期、川沿いを歩いていると、満開の桜が待っていてくれた。

宇陀市名物探訪

 流石に駅を降りた後、2時間歩いて『又兵衛桜』に向かおうという人は私以外にいなかったが、徒歩は気軽に寄り道もできるので楽しいものである。私は寄り道として、行きたい場所が2つあった。まずは宇陀市の銘菓と名高く、基本的に現地の店でしか食べることができない松月堂の『きみごろも』を買いに行った。松月堂は『又兵衛桜』より25分ほど手前にある店で、明治35年(1902年)からある伝統的なお店だ。『きみごろも』は製造日より3日以内に食べなければならない卵の和生菓子。農林水産省の伝統食にも掲載されている知る人ぞ知る奈良県宇陀市の名物である。

『きみごろも』は一見するとただの厚揚げか卵焼きにしか見えない。しかし、中を切ってみると、ふわふわした白いメレンゲが現れる。メレンゲ(鶏の卵の白身)に砂糖、寒天、蜂蜜を入れて固め、卵の黄身で包んで焼いたシンプルで優しい甘さの菓子。1130円程度で、お店では1個単位から買える。私は家に帰ってから食べてみたが、このふわふわ感は台湾カステラに似ているなと思った。トースターで少し温めてから食べても、冷蔵庫で冷やしてから食べても美味しかった。『又兵衛桜』に観光に行く機会があれば、是非、松月堂に寄って、本家の『きみごろも』も食べてみて欲しい。

 もう一つ立ち寄った場所は、道の駅宇陀路大宇陀である。どうもブルーベリーが特産品のようだった。道の駅は一般的なスーパーでは売っていない地元オリジナルの商品が売っているので、私は結構好きである。奈良県にブルーベリーが特産品のところがあることは知らなかった。この道の駅は、レストランや足湯、生鮮農作物販売所も併設されていたので、お土産で買うべきものは大体ここで揃う。道の駅では『きみごろも』も売っていたが、それは松月堂とは別のメーカーのようだ(こちらは買っていないので詳細不明)。

いざ『又兵衛桜』へ!

 2ヵ所立ち寄って少し遠回りしたが、いよいよ目的地の『又兵衛桜』へと向かう。道路標識にも書いているくらい有名な場所だった!

 目的地が近くになるにつれ、観光客が増えていくので分かりやすい。結構海外の人も多かった。私は徒歩なので特に問題は無かったのだが、駐車場の数が限られているようで、車の渋滞は結構長く大変そうだった。

 さて、目的地の目の前に着くと、入り口で100円を支払って観光地に入ることになっていた。桜まつりという小さなイベントをやっており、出店も3つほど出ていた。


 いよいよ目的地到着! 着いたのは11時頃だった。寄り道していたので3時間かかってしまった。こちらが『又兵衛桜』だ! 確かにこの木だけすごく大きい! 一般的には樹高13m、幹周り3.1m、樹齢300年とされているが、天野ら(2009)が調査したところ、20088月時点では樹高8.5m、幹周り2.0mだったらしい。天野ら(2009)の調査によると、当時、『又兵衛桜』は根系不良と病害虫による枝枯れを起こしていると判断され、そのまま放置すると徐々に衰退していくと考えられていた。早急な樹勢回復処置の必要性が提言されていたが、その後処置が行われたのかどうかはわからない。しかし、天野ら(2009)発表時から15年後の現在まで『又兵衛桜』は生きて花を咲かせていた!

 とりあえず、現地に来たことを証明するために、記念に一枚パシャリ。

『又兵衛桜』の品種分類

 さて、『又兵衛桜』は枝垂れ桜であるが、枝垂れ桜は枝が垂れている桜の総称である。しかしながら、「‘枝垂桜’」という品種もあったようだ(栽培品種の和名表記はカタカナ以外で、シングルクォーテーションで括ることが勝木(2017)で推奨されている)。言い方が過去形なのには複雑な理由がある。天野ら(2009)では、『又兵衛桜』の種名や和名は、「エドヒガンPrunus pendula f. ascendens系枝垂れ桜」と書かれていた。生物の学名がころころ変わるのは植物も同じで、植物の学名に詳しい高橋俊一氏のサイト「小石川植物園の樹木」によると、一般的にエドヒガンの枝が垂れたものが‘枝垂桜’、とこれまで別の変種・品種とされてきたようだ(植物学の分類単位の詳細は勝木(2017)を参照)……が、しかし、2018年にアメリカ農務省の植物データベースGRIN(Germplasm Resources Information Network)によって、エドヒガンと‘枝垂桜’は遺伝的に同種と判断され、2つの植物の学名はPrunus itosakuraに統一されたようだ。つまり、‘枝垂桜’は単なるエドヒガンの形態変異個体ということになると思われる。まとめると、20244月現時点での『又兵衛桜』の和名はエドヒガン、学名はPrunus itosakuraとなる。

 では、『又兵衛桜』がエドヒガンであることを分類形質で確かめてみよう。サクラ属の形態分類は勝木(2017)が写真付きでとても分かりやすいが、よく目にする桜の見分け方はニュースサイトに載っていたので、これを参考にした。桜は花の表側を見て楽しむものだが、同定のポイントは花の裏側と樹皮にある。『又兵衛桜』は人が近付かないようにされているため、やや遠方からスマホで撮影するしかなかったので画質は悪いが、エドヒガンの特徴である壺型の花床筒と、縦に浅く裂け目が入った樹皮が確認できた! 一方、比較として別の桜も同じポイントで比較してみよう。『又兵衛桜』の近くで咲いていたソメイヨシノ(もし間違っていたら教えてね)は、花床筒基部が少し膨らんでおり、カサカサした横筋が多い樹皮で、パッと見は気付かないが、よく見ると形態が全然違うのだ。エドヒガンもソメイヨシノ同様、その辺に咲いていることがあるので、観察してみるのもいいだろう。

花見の終わりに

 桜まつりの出店エリアでは、『又兵衛桜』の名物と書かれた草餅が売られていた。ここでしか食べられない名物と言われたら買うしかない。

餡子が入ったヨモギ?の焼き餅をもらった。焼きたてのお餅は柔らかくて美味しい。

 今年も奈良探索をしながら、身近なものの知識も広げていきたい所存である。

 

 宇陀にある

  又兵衛桜

   エドヒガン

    枝垂れ長寿や

     徒歩三時間

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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参考文献

天野孝之・三家昌興・石井良易.2009.又兵衛桜(枝垂れ桜)の枝枯れ原因調査.樹木医学研究,13(3): 139-144

勝木俊雄.2017. サクラの分類と形態による同定.樹木医学研究,21(2): 93-104.