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ときめきの対象は人によって様々だ。おもちゃのロボットを見て心が踊る男の子もいれば、海外の俳優に胸を焦がす女性もいる。中には私のように、学術論文を読んでは胸をキュンキュンさせる変わり種もいるだろう。しかし、このときめきとは一体どのようなものなのだろうか。今回の記事では、ときめきに関する知見について整理してみたい。
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広辞苑で「ときめく」と調べると「喜びや期待のために胸がどきどきすること」とある。その言葉の歴史は古く、平安時代の枕草子でもときめきについての記述がある。しかし英語圏でこれを探すと該当する言葉がなく、概念的には日本特有のもののようである。
ときめきについては、化粧品メーカーによって様々な研究が行われている。例えば、日本メナード化粧品は「ときめき」尺度を開発している。これによると、ときめきは「不満」、「平穏」、「動揺」、「幸福」、「強気」の5つの感情で説明できることが示されている(浅井ら, 2019年)。また、高級化粧品を眺めたり、手に塗布したりさせると、「動揺」、「幸福」、「強気」が増加し、「平穏」が減少することや(浅井ら, 2019年a)、性格別でみた場合、呑気な人ほど、ときめきが弱く、神経質な人ほどときめきが強くなることも報告されている(久世ら, 2019年)。このようにときめきは、ポジティブな感情とネガティブな感情が入り混じった複雑な感情で、性格による個人差もある。
そして、このときめき感はその対象により色彩を変える。例えば、異性に対するときめきと化粧品に対するときめきを比べた実験では、異性へのときめきの方が、「動揺」が大きく「強気」が小さいことが示されている(浅井ら, 2019年b)。
(浅井ら, 2019年b, 図7)
さらに、ときめきは人を美しくすることがわかっている。カネボウ化粧品の研究では、若い女性に男性俳優の動画を見せ、ときめいた瞬間の表情を調査している。結果として、ときめいた時の表情は、「明るい」、「優しい」、「華やか」と印象が増し、「クール」で「近寄りがたい」印象が低下することが報告されている(設楽ら, 2010年)。
設楽ら, 2010年, 図3)
ときめいている時には脳活動も変化する。日本メナード化粧品によって行われた研究では、化粧品がときめき感と脳活動にあたえる影響について調べている。実験では、女性被験者に魅力的な化粧品を見せた時のときめき感と脳活動を調べている。結果として魅力的な化粧品を見ることでときめき感が高まり、前頭眼窩野の活動も高まることが分かったのだ(Asai ら, 2022年)。
前頭眼窩野は価値判断に関わる脳領域である。解剖学的には、理性脳と感情脳のつながる場所に位置している。憧れの車を買うか買わないか、スイーツを買うか買わないかを吟味する時、感情と理性の間で心が揺れ動く状態を反映していると考えられている。
さらに化粧品は、欲望や自己意識に関わる脳の活動も高める。株式会社コーセーによる研究では、女性にアイシャドウをつけた写真を見せた時の脳活動を調べている。実験では様々な条件でアイシャドウをつけた顔を見せ、その時の脳活動をfMRIで計測している。結果として、好きな色のアイシャドウをつけた自分の顔を見ているときには、報酬系やデフォルトモードネットワークの活動が高まることが示されたのだ(木村ら, 2023年)。また、視覚障害者の女性が化粧をした時にも、同じように報酬系の活動が高まることが報告されている(Taomotoら, 2021年)。
報酬系とは脳の中にある欲望のコントロールセンターである。解剖学的には、進化的に古い脳(脳幹や大脳基底核)と新しい脳(前頭前野)が繋がってできている。ケーキが目の前にあれば手を伸ばしたくなるし、欲しいものがあればそれに向かって走り出したくなる。このように人を欲しいものに向かって駆り立てる仕組みが報酬系である。
一方、デフォルトモードネットワークとは自己意識に関わる脳領域である。下の図に示すように前頭葉と頭頂葉の内側部分で構成されており、喜怒哀楽といった主観的な感情や、自分に関する様々な情報(自分の顔や出身地、過去の出来事など)とも関連する領域である。好みのアイシャドウをつけた自分の顔は、欲望と自我の脳活動を高めるのだ。
また資生堂が行った興味深い研究の一つに、口紅をつけたときの脳活動を調べたものがある。この研究では、右脳と左脳の活動の違いに着目し、口紅の官能性が脳に与える影響を調査している。
一般的に、右前頭葉はネガティブな反応に、左前頭葉はポジティブな反応に関連していることが知られている。つまり、ある対象に対してポジティブな印象が強いほど、左前頭葉の活動が増加し、右前頭葉の活動が低下する。この研究では、被験者が、より官能的な触感の口紅をつけているときには、左前頭葉の活動が相対的に高まったことが示されている(Tanidaら, 2017年)。つまり高い官能性を持つ化粧品は右脳と左脳のバランスを変えることが示されたのだ。
このように化粧は外見を変えるだけでなく、モチベーションや自己意識、ポジティブ感情などに関わる脳活動を引き起こすことが分かっている。
ときめきは心と脳に様々な変化を引き起こす。この効果を利用して認知症患者やうつ病患者の治療に役立てようという「化粧療法」が注目を集めている。
カネボウ化粧品が行った研究では、中年女性に化粧を行わせた際の脳血流量の変化をfNIRSで調べている。活気が高い女性と低い女性を比較したところ、活気が低い女性では化粧によって前頭前野の血流量が大きく増加したことが示された(Ikeuchiら, 2014年)。これは、抑うつ症状によって前頭前野の活動量が低下している場合、化粧によって引き起こされる変化がより大きいためではないかと考えられている。
また、更年期女性にウェディングドレスを着用させ、その前後での変化を調べた研究もある。身体面での変化は少なかったものの、心理検査では怒りが減少し、活気が高まったことが報告されている(長谷部と齋藤, 2009年)。さらに、認知症患者に美容ケアを行うことで、問題行動が軽減し、日常生活能力が向上し、ストレスホルモンが低下することも明らかにされている(岩田, 2013年)。
このように、化粧品の使用やドレスの着用などを通じて引き起こされるときめきが、心理面だけでなく身体面でも様々な改善効果をもたらす可能性が示唆されている。
ではここまでの内容をまとめてみよう。
・ときめきとは、「喜びや期待のために胸がどきどきすること」である。
・ときめきは、「不満」、「平穏」、「動揺」、「幸福」、「強気」の5つの感情で説明できる。
・ときめくことで、モチベーションや自己意識、ポジティブ感情に関わる脳活動を引き起こす。
・ときめきを通じて、認知症の症状や抑うつ症状を緩和できる可能性がある。
ときめきの本質は、未知なる世界への期待と不安が入り混じったものかもしれない。禁断の果実に手を伸ばしたイブは、ときめきを感じたのだろうか。ときめきは人生を輝かせる。とはいえ、楽園から追放されては本末転倒である。私自身としては、程々のところで、ときめきと戯れて生きていきたい。
Asai, H., Yamamoto, A., Igarashi, T., Hirose, O., & Hasegawa, S. (2022). The Feeling of Tokimeki: Happiness Spice Stimulating Brain Activity. Journal of Society of Cosmetic Chemists of Japan, 56(1), 47-52. https://doi.org/10.5107/sccj.56.47
Ikeuchi, M., Saruwatari, K., Takada, Y., Shimoda, M., Nakashima, A., Inoue, M., ... & Haida, M. (2014). Evaluating “cosmetic therapy” by using near-infrared spectroscopy. World Journal of Neuroscience, 2014. http://www.scirp.org/journal/PaperInformation.aspx?PaperID=45935
Tanida, M., Okabe, M., Tagai, K., & Sakatani, K. (2017). Evaluation of pleasure-displeasure induced by use of lipsticks with near-infrared spectroscopy (NIRS): usefulness of 2-channel NIRS in neuromarketing. Oxygen Transport to Tissue XXXIX, 215-220. https://doi.org/10.1007/978-3-319-55231-6_29
Taomoto, K. et al., (2021). Makeup Activates Brain Activity in Visually Impaired Persons: Evaluation by Functional Magnetic Resonance Imaging. Journal of Cosmetics, Dermatological Sciences and Applications, 11(2), 140-154. https://doi.org/10.4236/jcdsa.2021.112014
浅井雛代ほか . (2019a). 女性の 「ときめき」 に関する研究 1―尺度の作成と高級化粧品による心理・生体変化―. 日本健康心理学会大会発表論文集 32 (p. 112). 一般社団法人 日本健康心理学会. https://doi.org/10.11560/jahpp.32.0_112
浅井雛代ほか . (2019b). 女性の [ときめき] 尺度の作成. 日本福祉大学健康科学論集, 22, 9-17. https://nfu.repo.nii.ac.jp/records/3209
岩田喜美枝. (2013). 化粧の力で高齢者を元気にする. 日本香粧品学会誌, 37(3), 187-191. https://doi.org/10.11469/koshohin.37.187
木村孝行ほか . (2023). アイシャドウの色の好みに関わる脳活動: fMRI による検討. 日本顔学会誌, 23(2), 69-80. https://doi.org/10.11459/kaogaku.23.2.69
久世淳子ほか. (2019). 女性の 「ときめき」 に関する研究 2―アイカラー使用による心理・生体指標の変化―. 日本健康心理学会大会発表論文集 32 (p. 134). 一般社団法人 日本健康心理学会. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jahpp/32/0/32_134/_article/-char/ja/
設楽茉梨絵, 河島三幸, 阿部恒之. (2010年). ときめきは表情にあらわれるか. 日本心理学会大会発表論文集 日本心理学会第 74 回大会 (pp. 3EV104-3EV104). 公益社団法人 日本心理学会. https://www.jstage.jst.go.jp/article/pacjpa/74/0/74_3EV104/_article/-char/ja/
長谷部ゆかり, 齋藤文子. (2010). ウエディングドレス着用が更年期女性に及ぼす心身への影響. 聖泉論叢, (17), 167-179. https://seisen-u.repo.nii.ac.jp/records/1058