肝臓再生を促進するが、ガン細胞は抑える薬剤の開発(3月14日 Cell オンライン掲載論文)

2024.04.08

肝臓は2葉に分かれているが、生体肝移植のドナーでは、大きい方の右葉を切除してレシピエントに提供する。凡人ならドナーを優先して左葉にしておこうと躊躇するのを、過小グラフト症候群を防ぐためにも右葉と決意した開発者の田中先生はさすがだと思う。

 

いずれにせよ、この時ドナーもレシピエントも、肝臓の再生が促進できれば、術後の肝不全の心配は大きく減る。

 

本日紹介する論文

移植だけでなく、肝臓再生を促進する方法の開発は最も重要な課題の一つだが、今日紹介するドイツ・チュービンゲン大学と米国メイヨークリニックからの論文は、MKK分子阻害剤を開発し、肝切除に伴う問題解決に大きく近づいた研究で、3月14日 Cell にオンライン掲載された。

 

タイトルは「First-in-class MKK4 inhibitors enhance liver regeneration and prevent liver failure(MKK4阻害剤として最初に認可された薬剤は肝臓の再生を促進し肝不全を予防する)」だ。

 

解説と考察

元々このグループは肝臓特異的に存在する map-kinase の一つ MKK4 に着目して研究し、全身でこの分子の発現を siRNA で阻害すると、他の臓器や正常肝臓には全く影響なく、肝臓再生だけが促進されることを明らかにしていた。

 

MKK4 はキナーゼなので当然阻害化合物を開発できる可能性がある。そこで、MKK4nと結合し機能を阻害する、現在メラノーマの治療に使われている B-Raf 阻害剤 vemurafenib をスタートに、様々な化合物を設計し、主に NMR を用いた構造解析にもとづいて、MKK4 特異的な化合物を開発し、最終的に HRX215 と名付けた、他のキナーゼと比べて MKK4 への結合が数十倍高い、経口可能な化合物を開発している。

 

この薬剤を投与すると、肝臓切除後の再生細胞数をほぼ3倍に増加させることが出来る。一方、正常肝臓に対してはほとんど増殖効果がない。また、肝臓切除だけでなく、四塩化炭素による肝障害からの回復も促進できる。

 

次に安全性、特に細胞増殖を誘導するので発ガン性などについて注意深い研究を行っている。正常マウスに1年半薬剤を投与し続ける実験でも、特別な副作用は認められていない。

 

面白いのは、脂肪肝が誘導されるシステムでこの薬剤を投与すると、脂肪肝が改善する。また、この系で発生する腫瘍や、メタピラジア(化生)を起こした前ガン状態発生を調べると、この薬剤により発生が抑えられる。

 

最後に、ブタでなんと85%の肝臓を切除する実験を行い、ほぼ全てのブタにおこる急性肝障害をこの薬剤が抑えることを明らかにしている。

 

この結果を受けて、既に安全性を確かめる第一相の試験も行っており、現在のところ副作用は認められないようだ。

 

まとめと感想

以上、どのような症例で治験を行うか重要になるが、おそらく腫瘍による肝切除などを対象に、治験が行われるように思う。動物実験と同じ効果が確認されると、移植や腫瘍外科、さらには脂肪肝抑制など、これまであまり存在しなかった肝臓特異的な薬剤として大きく発展しそうな気がする。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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