説得の脳科学:脳から考える説得の仕方

2024.03.19

 

人を説得するのは難しい。説得は強制させることではない。その人の考え方を変え、世界観を変え、行動を変える必要がある。では、説得されている時には頭の中で何が起こっているのだろうか。今回の記事では説得に関する仕組みについて心理学と脳科学の立場から説明する。

 

 

説得の定義と原理

説得について考える前に、まずその定義について確認しておこう。説得研究の第一人者、Cacioppoは説得を以下のように定義している。

「説得とは、個人、集団、または社会的実体(政府、政党、企業など)が、情報、感情、論理を伝達することによって、個人または集団の信念、態度、行動を変えようとする能動的な試みを指す。」Cacioppo, 2018年)

また説得に応じさせるためには、6つの大事な原理があるとの議論もある。

1つ目は相互性の原理で、いわゆる返報性の原理と言われるものである。何かをしてもらったら、お返しをしなければいけないと思う心理である。しばしばマーケティングでは無料サンプル提供などが行われるが、これは相互性の原理から考えると理にかなっている。

2つ目は一貫性の原理である。これは人は自分の行動に一貫性を持ちたがるという原理で、最初に「イエス」というと、次も「イエス」と言いたくなるような心理を指す。営業では小さなイエスを獲得することころからはじめなさいといわれるが、これは一貫性の原理を応用したものになる。

3つ目は、社会的妥当性の原理である。これは社会的に評価されているものには間違いがないだろうと思う心理である。この原理に従えば、説得に際しては、「みんな、そうしてますよ」といったアプローチが有効になる。

4つ目は好意の原理で、好きな人の意見を受け入れやすい傾向である。その意味では、説得するにはまず好かれた方が良いし、最低限、嫌われるようなものいいは避けたほうがいい。

5つ目は権威の原理である。同じ説得であっても、一般の人よりも権威がある人のほうが説得効果は高い。

6つ目は希少性の原理である。これは手に入りにくいものは価値が高いと感じてしまう傾向で、期間限定だとか、在庫がないだとかという情報で心が動きやすくなるものである。

 

これらの原理は一見不合理にも見える。しかし、共同体の中で暮らすためには、これらの原理で動いたほうが有利になる。

そのため、進化の歴史でこのような気質が形作られたのではないかと考えられており、説得にあたってはこれらの特性に働きかけることが有効だと論じられている(Cialdini, 2001年)。


説得理論:精緻化見込みモデル

説得理論で重要なものに精緻化見込みモデル(Elaboration Likelihood Model)がある。これは、説得には以下の二つの経路があるという仮説である(PettyCacioppo, 1986年)。

中心ルート:論理的で詳細な情報処理に基づく説得の経路。提示された情報を慎重に吟味し、その内容の質や妥当性に基づいて態度を形成する。

周辺ルート:表面的な手がかりや感情的な反応に基づく説得の経路。情報源の魅力や信頼性、メッセージの提示方法などの周辺的な要因によって態度が形成される。

中心ルートを通った説得が成功するためには、相手がテーマに対して高いモチベーションと知識、時間があることが必要になる。例えば、就職活動や転職活動では、企業の雰囲気や評判だけでなく、給与水準、福利厚生、離職率などの具体的な情報を収集し、慎重に判断する。

一方、モチベーションがない、知識がない、時間がないといったような状況では、周辺ルートによる説得が働きやすい傾向がある。例えば、医師は患者を治療するときには中心ルートを通った判断をするかもしれないが、保険や不動産の取引では周辺ルートを通った判断をするかもしれない。

感情的な働きかけで説得しやすいという点では、中心ルートよりも周辺ルートのほうがアプローチしやすいが、これにも問題点がある。周辺ルートを通った説得は、その後考え方も変わりやすいのだ。それに対して十分吟味して考え方を変える中心ルートは、その後も考え方が変わりにくい。

この二つのルートについては、以下の図を参考にされたい。

(藤原と神山, 1988年, Fig. 1)

 

説得に関わる脳領域

説得される場面では、周辺ルートにしても中心ルートしても心が動き頭が働く。この時の脳の様々な領域の活動が変化することも分かっている。以下にその代表的な脳領域を示す。

前帯状皮質:一人ぼっちを感じる脳

人の意見を変えさせるためには、いくつかの勘所がある。一つは、皆と同じでありたいという欲求である。皆がラーメンを頼んでいるような時にステーキを頼むというのは座りが悪い。

脳の中では、この居心地の悪さを感じさせる脳領域がある。これは前帯状皮質と呼ばれており、矛盾した情報を検出する働きがある。皆がやっていることを自分だけやっていない状況では、この前帯状皮質が活動する。これは自分だけが「浮いている」ことに反応すると考えられている。

また、磁気刺激を与えて、この前帯状皮質周辺の活動を下げると、周囲の判断とは関係なく自分の好みを貫く判断がされやすくなることも分かっている(Cascio, 2015)。空気を読む脳、それが前帯状皮質である。

腹側線条体:仲間意識を感じる脳

脳の奥深くに側坐核と呼ばれる領域がある。この領域はモチベーションをコントロールする働きがあり、側坐核周辺の領域は腹側線条体とも呼ばれている。

ケーキにしてもお金にしても、私達が「欲しい!」と思うときには、頭はランランとし、胸は高鳴り、足は前に一歩出そうになる。このようなときには腹側線条体からドーパミンが放出されて、脳活動を大きく変化している。

「皆と一緒」というのは、実はそれ自体がケーキやお金のように報酬になりうる。お揃いのユニフォームを着ていたり、同じ鉢巻を巻いて応援したり、流行りの格好をしていると心地が良い。このような報酬は社会的報酬と呼ばれていて、腹側線条体はこのようタイプの報酬にも反応するのだ(Cascio, 2015)

周りのみんながやっているということは、それ自体がケーキやお金のように価値を持つ。そのため、誰かを口説きたかったら実績を積んで、その業界でメジャーな存在になることが有効となる。

扁桃体:不安や恐怖を感じる脳

誰かを説得するには、相手に不安や恐怖を与えることも有効である。脳の中には生き延びるために重要な情報を検知する領域がある。これは扁桃体と呼ばれていて、蛇やライオン、死体など、命の危険を感じさせる情報に反応するものである。

喫煙者を対象にした研究では、禁煙広告を見たときの扁桃体の活動が高い人は、禁煙行動に繋がりやすいことが報告されている (Dore, 2019年)。実際、タバコにはショッキングなメッセージが記載されているが、扁桃体に働きかけるという意味では正しいのかもしれない。

腹内側前頭前野:意志を司る脳

いくつかの研究から、意見が変わるときには腹内側前頭前野の活動が変わることが報告されている。この領域は脳の内側にあって、広く「こころ」と関連して活動する。例えば喜びを感じている時、自分のことを考えている時、何かを決める時などである。

先に紹介した禁煙広告の研究でも、腹内側前頭前野の活動が高いほど、禁煙行動に繋がったことが報告されている(Dore, 2019年)。説得というのは相手の心を変えることである。それゆえ、心が変わる時には腹内側前頭前野の活動も変わっているのではないかと考えられている。

背外側前頭前野:説得に抗う脳

世の中には簡単に説得できないタイプの人がいる。感情論や仲間意識が通じず、理詰めて反対してくる人たちである。脳の中には感情を抑えて理詰めで考える領域がある。この領域は背外側前頭前野と呼ばれており、この領域の活動が高まると感情的な説得アプローチの効果が弱まることが報告されている(Ramsay, 2013年)。

 

説得できない相手を説得するには?

私達が説得に応じな理由としては、大きく3つの要因がある。一つは自分の自由が脅かされるという不安、もう一つが自分が騙されているのではないかとの懸念、さらにもう一つが変化するのが嫌だというものである (Fransen, 2015)

そして説得に応じない方法としては、説得を回避したり(娘の婚約者に会うことを避ける、など)、反論したり(聖書には論理的な矛盾点があるから改宗しない、など)、自己強化したり(頑なになる、同じ意見の人で固まる)、バイアス処理したり(我が社に限って問題はない、など)などがあり、その関係性は以下に示すものと考えられている。

メディアコミュニケーションの専門家であるフランセン教授は、自由への脅威を強く感じている人には、物語を介したアプローチが有効だと述べている。特に、登場人物に感情移入しやすい物語は、不安感を和らげる効果が高いそうである。

一方、欺瞞への懸念が高い人に対しては、情報の正確性や客観性を高めることが説得効果を上げるカギになる。十分な準備を行い、あえてネガティブな情報も提示することで、説得力を高められる。

そして、変化を嫌がる人に対しては、褒めることや相手のプライドを高めるようなアプローチが有効だと言う。変化を拒む人は自己防衛的になっているため、その防衛感を下げることで、変化への抵抗を弱められるのだ。このように説得に際しては相手の心理的背景を探り、それにあったアプローチを行うことが有効になる。

 

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

 

  • 説得とは相手の信念を変え、行動を変える行為である。
  • 説得力を高めるためには、相互性、一貫性、社会的妥当性、好意、権威、希少性への配慮が必要。
  • 説得されるときには、十分に吟味する中心ルートと雰囲気で判断する周辺ルートがある。

  • 相手の心理的背景に合わせたアプローチで説得力が高まる。

 

説得が上手な人はこれらのことを無意識で行えているとは思うが、知識を整理することでまたブラッシュアップを図っていただきたい。

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

【主な活動場所】 X(旧Twitter)はこちら

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【参考文献】

Cascio, C. N., Scholz, C., & Falk, E. B. (2015). Social influence and the brain: persuasion, susceptibility to influence and retransmission. Current opinion in behavioral sciences, 3, 51-57. https://doi.org/10.1016/j.cobeha.2015.01.007

Cacioppo, J. T., Cacioppo, S., & Petty, R. E. (2018). The neuroscience of persuasion: A review with an emphasis on issues and opportunities. Social neuroscience, 13(2), 129172. https://doi.org/10.1080/17470919.2016.1273851

Cialdini, R. B. (2001). The science of persuasion. Scientific American, 284(2), 76-81.https://www.jstor.org/stable/26059056

Doré, B. P., Tompson, S. H., ODonnell, M. B., An, L. C., Strecher, V., & Falk, E. B. (2019). Neural mechanisms of emotion regulation moderate the predictive value of affective and value-related brain responses to persuasive messages. The Journal of Neuroscience, 39(7), 12931300. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.1651-18.2018

Fransen, M. L., Smit, E. G., & Verlegh, P. W. (2015). Strategies and motives for resistance to persuasion: an integrative framework. Frontiers in psychology, 6, 1201. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2015.01201

Petty, R. E., Cacioppo, J. T., Petty, R. E., & Cacioppo, J. T. (1986). The elaboration likelihood model of persuasion (pp. 1-24). Springer New York.

Ramsay, I. S., Yzer, M. C., Luciana, M., Vohs, K. D., & MacDonald, A. W. III. (2013). Affective and executive network processing associated with persuasive antidrug messages. Journal of Cognitive Neuroscience, 25(7), 1136–1147. https://doi.org/10.1162/jocn_a_00391

藤原武弘, 神山貴弥. (1989). 説得における Elaboration Likelihood Model についての概説. 広島大学総合科学部紀要. III, 情報行動科学研究, 12, 45-54. https://doi.org/10.15027/30356