セルロース分解菌を基礎にした文化人類学(3月15日号 Science 掲載論文)

2024.03.27

腸内細菌叢は人間の環境や食の影響を強く受けているため、文化人類学にも利用されている。ただ、これまでは細菌叢の多様性や量と言った指標が中心で、工業化した社会で我々が失ってきた野生性を示すのに使われる程度だった。

 

本日紹介する論文

これに対し今日紹介するイスラエル・ベングリオン大学からの論文は、セルロース分解系システムを持つ細菌だけに焦点を当てることで、これまでとは違う文化人類学に仕上げることに成功している研究で、3月15日号 Science に掲載された。

 

タイトルは「Cryptic diversity of cellulose-degrading gut bacteria in industrialized humans(工業化社会の人間に見られる隠れたセルロース分解性腸内細菌多様性)」だ。

 

解説と考察

我々の身体はセルロースを代謝する能力がない。このため、セルロースは全て腸内細菌叢に依って分解される以外に方法はない。私もこの点についてよくわかっていても、セルロース分解はいくつかの細菌が酵素を分泌して行われるのだろうぐらいの理解しかなかった。

 

この論文を読んでよく理解できたが、細菌には、セルロースに接着し、マトリックスのようなスキャフォールドを形成し、そこでセルロースを分解するシステムが存在している。そして、このシステム全体を有する細菌は Ruminococcus(R) 属に限られている。

 

この研究ではまず scaC と呼ばれるスキャフォールド分子の遺伝子配列を、人間、類人猿、サル、動物などの細菌叢ゲノム解析データから拾い出し、さらに分解酵素の解析も合わせて、人間や動物に存在する R属を分類した。

 

すると、これまで分類されていたより詳しい分類が可能になり、また人間に存在する R属はほぼ3種類で、ホミニン型、サル型、反芻型に大きく分けられること、そしてそれぞれは独自に多様化していることを発見する。他にも動物には Champanellensis と名付けた属が存在するが、現在の人間には存在しない。

 

まず、R属の細菌叢に占める割合を見ると、ゴリラ、サル、そして古代人の便の細菌叢では大体4割ぐらいを占めるが、現代人では、狩猟民や農村で2割ぐらい、さらに都市の人間では4%に低下する。すなわちセルロースを壊す必要がなくなってきている。そして、古代人には現代人に見られないChampanellensisも存在する。

 

R属の系統樹と反芻動物、サル、人間の系統樹を重ね合わせると、サル型が最も先祖に近く、ホミニン型はまず反芻動物で進化し、家畜化とともに人間に入ってきたことがわかる。すなわち、人間のR属はサル型と反芻型がまじりあっており、まさに生活の歴史を反映していることがわかる。

 

あとは、他のセルロース分解や糖分解に関わる遺伝子について詳しく調べ、他の細菌の遺伝子も取り込んで、それぞれの生活圏に適応した多様性を獲得しているのがわかる。例えば、人間では米や麦の含むヘミセルロース分解システムを取り入れているし、サルではキチン分解システムを取り入れており、これらは他の動物では見られない。

 

まとめと感想

以上が結果で、細菌叢全体ではなく、食に関わる一つの属に絞ったことで、これまで以上のことが見えたという面白い例だ。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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