笑顔の下から溢れる感情! 涙はどうして流れるの?

2024.03.05

 春は涙の多い季節だと思う。努力の報われた喜びに、手が届かなかった悔しさに、旅立ちへの期待に、離別の悲しみに、私たちは様々な感情を涙に込めて流している。あとは、ワシャワシャと花粉を元気にまき散らす杉への怒りとか憎しみを込めている人もいそうだ。幸いにして現在のところ葉月には無関係なのだけど。ちなみに葉月が最近波を流したのは、ハンバーグのために玉ねぎをみじん切りした時です。

 涙と聞いて最も連想される場面は、言わずもがな悲しいときだろう。けれども私たちは嬉しくても、悔しくても涙を流す。それどころか、感情が全く動かない場面でも涙を流す。いつ、なんのために私たちは涙を流すのだろうか? そこで今回は、涙がどのようにして出るのかについて解説していく。

 

 

少し詳しく 〜涙の種類

 突然だが、皆さんは最近いつ、どんなことで涙を出しただろう?

 卒業式や送別で別れを惜しんで流したという人は少なくないだろう。今の時期なら、花粉症で毎日流しているという人もいるだろう。葉月のように料理をしている時という人もいるかもしれない。最後に涙を出したのなんて忘れちゃったよ、という人もいる筈だ。

 しかしながら実はこの質問、老若男女、時代や国籍、人種や生活習慣を問わず、誰に対しても得られる結果は一つに決まる。どういうことだろう?

 一口に涙といっても、実は涙には種類がある。……悔し涙とか男泣きとかそういう意味じゃなくて。

 一つ目は感情の起伏に起因する情動性の涙。涙と聞いて最初に連想するものといえば、これだろう。

 二つ目は目に対する様々な刺激に対する反射性の涙。例えば花粉症で出る涙や、玉ねぎに反応して出る涙はこれに該当する。

 けれども、情動性の涙や反射性の涙が出る頻度は、人によってまちまちだ。

 感動してもあまり涙が出ない人は頻度は少なめだし、花粉症に悩む人は今の時期瞬間的に頻度が上がっていることだろう。毎年お疲れ様です[注1]

 それではなぜ、涙を出す頻度が人によらず一律に決まるのだろう?

 実は情動性の涙と反射性の涙の他に、涙にはもう一つ種類がある。24時間365日、常に分泌され続ける、基礎分泌の涙だ。この基礎分泌の涙こそが、涙の頻度を一律にしている涙だ。

 基礎分泌の涙の主な目的は、眼球表面の乾燥を防ぐ事だ[注2]。また、涙には殺菌成分を含んでおり、病気の原因となる異物を排除する事も出来る。これによって眼球の保護を行なうことが出来る

 それだけではない! 基礎分泌の涙には、眼球表面の細胞に必要な栄養素も含まれており、栄養補給の役割も担っているのだ。……涙、恐るべし!

 涙には、情動性の涙、反射性の涙そして基礎分泌の涙の三種類があることが分かった。基礎分泌の涙は保護や栄養補給に欠かせない存在だ。それでは、その大切な存在である涙はどこからどのように分泌されるのだろう?

 続いて涙が分泌される仕組みについて解説していく。

 

 

さらに掘り下げ 〜涙を出す

 突然だがクイズだ!

 皆さんご存知のように、涙は舌やつま先からではなく目から出る。それでは、具体的に目のどこから出ているのだろうか?

 次の3つから考えてほしい。

 

①眼球そのもの ②眼球の上 ③眼球の下

  •  当然だが、涙も重力に従って流れ落ちる。さて、流れ落ちる涙で眼球を保護するために濡らし続けられるのはどれだろう?

 

 それでは正解の発表といこう。正解は、「② 眼球の上」だ。

 涙は目じりのやや上方、瞼の裏の辺りにある涙腺るいせんという器官で産生される。涙腺は、涙の産生だけでなく分泌も担っており、副交感神経の刺激に応答して分泌される[注3]

 まばたきをすると眼球が瞬時に潤うのは、瞼の裏側で常に涙が用意されており、まばたきによって涙腺が圧迫されるためだ。

 さて、分泌された涙だが、出しっ放しというわけにもいかない。どこかで回収しなければ、常に泣いている状態になってしまう。これを回避するため、分泌された涙は眼球の表面を濡らしながら、涙点るいてんという目頭の上下に開いた小さな穴に吸収される。

 ちょうど蛇口と排水口の関係だと思ってもらえば良い。

 それでは涙点で吸収された涙は、どこに流れ着くのだろう?

 涙点で吸収された涙は、鼻涙管びるいかんという管を通って、鼻の穴に流れ出る。通常の場合、鼻の穴まで流れた涙はそこで蒸発して無くなる[注4]

 

 涙は副交感神経の働きによって、涙腺から分泌されることが分かった。けれども、少し待ってほしい。副交感神経は、主にリラックス状態の時に働く神経系だ。しかしながら、情動性の涙を流すとき、私たちの情緒は良しにせよ悪しきにせよ興奮していることが多い。それでありながら、なぜ私たちは情動性の涙を流すのだろうか?

 続いて私たちが涙を流して泣く仕組みを解説していく。

 

 

もっと専門的に 〜涙を流して泣く

 意外なことに、泣くという情動的な行動がどのように引き起こされるのかについては、まだ明らかになっていない部分が多い。特に、感情の中枢である脳の働きとの関連はほとんど進んでいない[注5]。神経の働きと泣くという行為の関連性を可視化した研究があまり無いからである。

 しかしながら、分かっていることもある。

 脳は大きく3つの部位から構成されている。

 意思決定を担う大脳、運動のコントロールを担う小脳、そして生命維持を担う脳幹だ。

 それでは泣くという行為は、どこが担っているのだろうか?

 私たちが何かを感じて、何かを決めて、何かを行動に移すとき、主に大脳が働く。もちろん嬉しい、悲しい、悔しいといった種々の感情についても大脳(より詳しく言うなら右大脳の前頭葉)が働いている。

 それでは私たちは大脳で泣いているのだろうか? 実は、どうやら違うようだ。

 私たちがこの世界に生まれ出てくるとき、必ず涙を流しながら「オギャー」と産声をあげる。人生最初の肺呼吸をするためだ。けれども全ての赤ちゃんが、健康な体で生まれてくる訳ではない。

 無脳症と呼ばれる状態で生まれる赤ちゃんがいる。書いて字のごとく、大脳を欠損した状態で生まれる赤ちゃんの事だ。そのような状態で生まれた彼らだが、それでも同じように「オギャー」という産声と共に涙を流しながら生まれる。

 そう、涙を流して泣くという行為の決定に、大脳は本質的には必要ないのだ。

 このように、涙を流して泣くという行為が感情理解を司る大脳ではなく、生命維持の中枢である脳幹によってコントロールされているという考え方を脳幹モデルという[注6]

 

 ここまで、涙が出る仕組みについて解説してきたが、いかがだっただろうか? 涙は副交感神経の働きによって分泌されるため、涙を流すことは間接的にリラクゼーションや休息にも役立っている。気持ちを切り替えたい時など、思いっきり泣いてみるのもよいかもしれない。

 最後に、記事の趣旨からは少し外れるが感情に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。

 

 

ちょっとはみ出し 〜感情のチカラ

感情を作り出す

 突然だが皆さんに質問だ。人工物は感情を持つだろうか? 多くの方が「NO」と答えるだろう。葉月もNOの立場だ。エアコンや冷蔵庫が実際に感情を持っているのは想像しがたいからだ。

 それではもう一つ質問をさせていただこう。ドラえもんや鉄腕アトムは、感情を持っているだろうか? 今度は多くの方が「YES」と答える筈だ。もちろん彼らはキャラクターなので実在しないが、人工物であるという前提は先の質問と同じだ。そう、私たちは人工物が感情を持つ可能性をどこかで信じているのだ。しかしながら、そもそも感情とはなんのだろう?

 

 感情が何なのかを理解するため、感情を抱く人工知能を開発しようという試みがある。情報工学のみならず、心理学や生理学も巻き込んで、感情とは何かを表現しようとしているようだ。

理想の姿を演じる

 突然だが皆さんの想像する看護師さんは、どんな表情をしているだろうか? キリっと目じりを上げて周囲を威嚇するようなイメージだろうか。それとも、いつもニコニコで笑顔が絶えない感じだろうか。多くの人が、後者をイメージするだろう。けれども、看護師さんだって人の子だ。当然、常に笑っている訳ではない。彼らは、そうであろうという思いで振舞っているにすぎない。つまり、職務の一つに、感情のコントロールを課しているのだ。

 このように職務に求められる感情を表層、深層でこなすことを、感情労働という。

 感情労働が、働く人のストレスや疲労にどのように影響するのかを調べた研究がある。実際に感情労働を求められる人に対するインタビュー調査による調査で、心的にどんな影響があるのかを調べたものだ。過度な感情労働は、働き方に対するギャップを招いてしまうようだ。

参考文献

  • 嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.

  • Abraham L. Kierszenbaum, Laura L. Tres. 『組織細胞生物学 原書第5版』. 南江堂.

  • 岡田 泰伸ら. 『ギャノング生理学 原書26版』. 丸善出版.

  • 中田 光俊. 『脳機能入門』. メディカ出版.

  • Lauren M Bylsma, et al. “The neurobiology of human crying”. Clin Auton Res. 2019 Feb;29(1):63-73.
  • 日永田 智絵. 『 Deep Emotion:感情理解へ向けた深層感情モデルの開発』. 人工知能 2021年 36 巻 1 号 43-50.
  • 三輪 卓己. 『知識労働と感情労働の増進とその労働者への影響』. 京都マネジメント・レビュー 38 103-122, 2021-03-31.

脚注

[注1] 花粉症というと個人的に思い出すのが、小学校5, 6年生の時の担任だ。ひどい花粉症の先生だったのだが、春先になるとキムワイプを教室に常備させてメガネを拭いていた。ほこりが出ないからという理由だった気がするが、いま思えばキムワイプってガッサガサだけどメガネ拭いていいのかな? (本文へ戻る)

[注2] まばたきをどれくらい我慢できるか、というような遊びを子供のころにやったことはないだろうか? 実はあの遊び、失明の危険を孕んでいる。基礎分泌の涙はまばたきによって眼球を湿らせているのだが、まばたきを我慢することによって乾燥が進み、最悪失明に至るのだ。やりすぎず程々にしとこう。 (本文へ戻る)

[注3] 涙腺はさらに、基礎分泌の涙を産生・分泌する副涙腺と、それ以外の涙を産生・分泌する主涙腺に分けられる。なぜ基礎分泌の涙の方が「副」なんだろう? 調べてないので、誰かぜひ調べて教えてほしい。 (本文へ戻る)

[注4] たくさん涙を流した時に、鼻水が止まらなくなった経験が誰しもあるだろう。泣くなどして涙の分泌量が増えると、蒸発が間に合わず涙が鼻の穴から流れ出る事になる。この流れ出た涙こそが、泣くときに出る鼻水というわけだ。 (本文へ戻る)

[注5] 「泣く」という行為全般で見ればもちろん分かっていることはある。例えば「ワンワンという泣き声は、どのようなプロセスで引き起こされるのか」とか「クシャっとした泣き顔に関与する顔面筋は何か」といった具合だ。ただ、今回は涙がテーマなので、割愛させていただいた。 (本文へ戻る)

[注6] とはいえ、大脳が全く必要でないと決まったわけではない。あくまで泣くという行為のトリガーが脳幹にあると考えられているだけで、トリガーを刺激する誘導中枢は大脳にある。大脳からどのように脳幹に誘導しているかは明らかになっていないだけだ。今後の研究に期待だ。 (本文へ戻る)

 

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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