慢性閉塞性肺疾患に、細胞移植治療がひょっとしたら可能かもしれない|興味深い臨床治験研究(2月14日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024.03.02

皮膚の幹細胞を培養して調整した皮膚や、角膜から調整した幹細胞の移植治療はすでに臨床応用が進んでいる。とすると、現在研究が進む肺胞や気管上皮の幹細胞を移植する治療が考えられてもいいはずだ。

 

しかしながら、細胞を局所に移植する方法や、対象となる領域の広さから、肺機能不全の幹細胞治療は進んでいなかった。

 

本日紹介する論文

今日紹介する上海同済大学からの論文は、ひょっとしたら慢性閉塞性肺疾患(COPD)の幹細胞治療が可能かも知れないと思わせる臨床治験研究で、2月14日 Science Translational Medicine に掲載された。

 

タイトルは「Autologous transplantation of P63 + lung progenitor cells for chronic obstructive pulmonary disease therapy(慢性閉塞性肺疾患のP63陽性自家肺幹細胞移植)」だ。

 

解説と考察

慢性気管支炎や肺気腫では肺組織の自己再生が低下していることが知られている。このグループは、自己再生に必要な幹細胞を COPD治療に応用できるのではと研究を進めてきて、前臨床では P63陽性幹細胞移植が効果があることを明らかにしていた。

 

そして今回20人の COPD患者さんを対象に肺から調整した P63陽性幹細胞移植治験に踏み切っている。

 

P63陽性細胞の採取だが、肺ガンの診断に使われる気管支鏡下ブラッシングを用いている。私が臨床医の時代からブラッシングは重要な検査だったが、いつも診断に必要なだけの細胞が取れているか心配だった。そのぐらい少量の細胞しか採取できない方法でも、全員で移植が可能な細胞数が培養出来ている点に驚いた。

 

次に移植だが、20カ所に気管支鏡を挿入、洗浄後細胞を移植している。COPDの患者さんにはかなり負担の大きな治療になると思う。

 

結果だが、気管支鏡による細胞採取や移植に伴う副作用を除くと、移植後24週まで重大なイベントは起こっておらず、第一相治験の目的はクリアしている。

 

12週目と24週目で一酸化炭素を用いる肺拡散試験で評価している。実際には一秒率なども測定しているが、このような effort dependent な機能測定法では効果は検出できていない。しかし、肺拡散試験では12週目で7割の患者で改善が認められ、24週でも53%で改善が維持されている。

 

もともと炎症など様々な問題が存在した上での自己再生不全なので、長期の維持が難しいとすると、進行を抑えるには毎年移植が必要になるかも知れない。この改善は、単位時間の歩行距離や、自覚症状としても確認でき、クオリティーオブライフ改善でも期待できる。

 

とはいえ、細胞移植の効果が全く見られなかった人が1−2割は存在している。この研究で感心したのは、効果が見られなかった細胞と、見られた細胞について遺伝子発現を調べ直している点で、効果が見られなかった細胞では培養中に分化が進んでしまっていることも明らかにしている。この結果は重要で、今後移植前に細胞のクオリティーを確かめることが出来る。

 

まとめと感想

以上が結果で、COPDに細胞治療という、私が臨床で働いていた頃には考えられない可能性が生まれたと驚いている。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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