多様なガン・肺ガン:組織転化のメカニズム(2月9日 Science 掲載論文)

2024.02.24

肺ガンほど多様なガンはない。短い臨床医の経験でも、扁平上皮ガン、腺ガン、小細胞ガン、大細胞ガン全てを経験することが出来た。この多様性については、現在ガンが発生する細胞の違いを反映していると考えられているが、ガンのドライバー変異から見てもそれぞれ特徴がある。

 

例えばEGFR変異は腺ガン、Myc 変異は小細胞性未分化ガン、FAM135B は大細胞ガン、扁平上皮ガンは PIK3CA などだ。これは元の細胞とドライバー変異の相性を反映しているが、なかなかそれ以上のことはわかっていない。

 

このガン遺伝子と細胞の相性を研究するのに最適のシステムがガンの組織転化と呼ばれる現象で、EGFR変異をドライバーにする腺ガンの標的治療抵抗性が発生する過程で、かなりのケースで小細胞肺ガンへと組織転化する現象だ。

 

本日紹介する論文

今日紹介するコーネル大学からの論文は、変異型EGFR と Myc の細胞特異的発現を操作できるようにして、腺ガンと小細胞ガンを誘導できるようにしたマウスを用い、変異EGFRを発現して腺ガンになった肺胞細胞(AT2)が、EGFRドライバーを失ったときに起る組織転化を調べている。

 

解説と考察

期待通り、このマウスでは何もしないと Myc の発現のために小細胞ガンが発生するが、変異型EGFR を発現させると悪性の腺ガンが発生する。そこで、腺ガン発生後のガン末期段階で変異型EGFR のスイッチを切る、あるいは標的薬を投与すると、一度ガンが縮小した後、小細胞ガンが発生することがわかった。

 

しかも、ガンのドライバーが変異EGFR から Myc へと変化していた。すなわち、期待通り組織転化が起こった。

 

そこで組織転化過程を詳しく調べると、変異型EGFRの阻害により、増殖出来ない段階が続き、その間に Myc の発現の上昇が始まることがわかった。しかし、Myc が上昇してきてもすぐに増殖へのスイッチが起こらない。

 

すなわち、Myc は元の肺胞細胞との相性が悪いため、組織転化へと進むためのボトルネック状態が生じる。実際、気管上皮に Myc を発現させるとすぐに小細胞ガンが発生するが、肺胞細胞に発現しても全くガンは出来ず、Myc が強く発現すると逆に増殖できないことがわかった。

 

すなわち組織転化では、まず肺胞細胞自体が持つ Myc発現との相性の悪さを解消する必要がある。そこで、いくつかの候補シグナルを検討した結果、PTENをノックアウトして PI3K経路を高めると、Myc への拒否反応が低下し、EGFR の代わりに Myc を使って増殖が始まることがわかった。

 

さらに、この間にガン抑制遺伝子Rb1 の変異が重なることで、転化がさらに促進されることも明らかにしている。

 

まとめと感想

以上が結果で、エピジェネティックランドスケープと呼ばれる分化の袋小路を越えることが簡単でないことを示している。しかし、この障害も結局ガンの方が新しい細胞へと変身して乗り越えるわけで、まさにやっかいな話だ。

 

しかし、標的薬を組みあわせたり、転化までのボトルネックを標的にすることで、一網打尽にすることで、これまでの標的薬の問題を解決できることも期待できる。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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