DNAメチル化阻害による乳ガン増殖抑制メカニズム(1月5日 Nature Structural & Molecular Biology オンライン掲載論文)

2024.02.14

エストロゲン受容体(ER)発現が見られる乳ガンでは長期に ER阻害治療が行われるが、その間に腫瘍も薬剤耐性を獲得することが知られている。ER標的遺伝子は多岐にわたるので、耐性の獲得は特定の遺伝子の突然変異より、DNAメチル化などのエピジェネティックな変化によると推定されている。

 

本日紹介する論文

今日紹介するオーストラリアの Garvan医学研究所からの論文は、DNAメチル化を阻害するデシタビンが ER を発現しているにもかかわらず治療抵抗性を獲得した乳ガン治療に有効である可能性とメカニズムを調べた研究で、1月5日 Nature Structural and Molecular Biology に掲載された。

 

タイトルは「The potential of epigenetic therapy to target the 3D epigenome in endocrine-resistant breast cancer(三次元エピゲノムを標的にするホルモン治療抵抗性乳ガンのエピゲネティック治療の可能性)だ。

 

解説と考察

この研究ではまず、ER陽性(ERに変異が起こった腫瘍も含む)乳ガンをマウスに移植して、比較的低容量のデシタビンを投与すると、腫瘍の増殖を抑えられること、ガンDNAのメチル化の程度が全体に低下し、特にエンハンサー周りの脱メチル化の結果、活性が上昇することを明らかにする。

 

効果がよりエンハンサー特異的である理由を調べる目的で、染色体のトポロジーを調べると、DNAメチル化の低下に呼応して全般にクロマチンが緩んでいる。メチル化の程度と3Dトポロジーを比較すると、閉じたクロマチンから開いたクロマチンへと変化している領域で特にメチル化が低下している。すなわち、メチル化自体もトポロジー維持に関わり、これが変化するとトポロジーの維持能が低下する。

 

その結果、ER陽性ホルモン治療抵抗性ガンでは、エンハンサーとプロモーターの相互作用が高まり、特にER結合領域のエンハンサーがデシタビン処理で活性化されることがわかる。実際、転写される遺伝子饒辺かと対応させてみると、エストロジェン反応性遺伝子や、アンドロジェン反応遺伝子、そしてスーパーエンハンサを形成する Myc反応遺伝子の転写が上昇している。

 

これを確認するため、クロマチン沈降法を用いて ER結合サイトを調べると、デシタビン処理で300近くの ER結合サイトが解放されることがわかる。

 

後は、デシタビン処理後の脱メチル化が薬剤をやめることで回復する過程を調べ、ほとんどの領域が再メチル化されるが、一部はメチル化されずに残ることも明らかにしている。

 

加えて、これまで示されてきたように、脱メチル化によりトランスポゾンが活性化され、腫瘍特異的免疫機能反応が起こりやすくなることも示している。

 

まとめと感想

結果は以上で、デシタビンは選択的な脱メチル化剤ではないが、腫瘍のコンテキストによっては、選択的に働くこともあり、特にER標的がメチル化で失われた乳ガンでは、もう一度ガンをER依存性にしてホルモン治療に感受性を回復させることが出来るという話だ。

 

加えて、スーパーエンハンサー依存性を高めたり、さらにはトランスポゾンを活性化して免疫治療が使えるように出来る可能性もあり、ホルモン治療が効かなくなった再発患者さんでは是非治験を進めて欲しいと思う。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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