正義感の脳科学

2024.01.26

 

正義とは、それあるがゆえに、各人は自分のとるべき利益だけを、しかも法の命ずる仕方で持つことになる徳である。これに対し不正とは、それゆえに、他人のとるべきものを、 法の命ずる仕方に背いて持つことになるものである。

―アリストテレス

 

私たちは日常で、不公平や不正を目の当たりにすることがよくある。そんな時、強く憤りや怒りを覚えるが、これが「正義感」と呼ばれる感情である。正義感は社会の公平性を担保する上で重要な働きがある半面、集団リンチのような形でエスカレートし、破壊的な影響も及ぼしうる。このように正義感とは、建設性と破壊性の両面を併せ持つ、扱いにくい感情だが、わたしたちはこれに対してどう向き合えばいいのだろうか。本稿では、この感情の心理・脳科学的側面に着目し、掘り下げて考えてみたい。

 

正義感の進化的起源と4つのタイプ

正義感とは、公平性が損なわれた際に感じる憤りの感覚である。しかしこの感覚は、人間特有のものではない。カラスやハチなどの動物でも、公平性を乱した個体への攻撃行動が確認されている。生物学的には、この「罰」の行動は、自分の適応度を下げる個体を攻撃することで、自分の適応度を守ろうとする本能的なものだと考えられる(Levy, 2022年)。チンパンジーの社会で仲間の防衛を拒否したり、カラスの群れで餌を奪う個体は、共同体の適応度を下げる。こうした「規範破り」への攻撃は、動物にも広く見られる反応である。つまり人間の正義感も、このような進化的起源を持つ社会的本能の一種と捉えることができる。公平性を乱した個体への怒りは、自分や共同体の利益を守るための反応なのである。

しかしながら、人間社会は動物のそれと比べて遥かに複雑である。人間には過去や未来を見据える能力、他者への高い共感性など、他の動物にはない特殊な認知能力が備わっている。このような特異な存在である人間の正義感とは一体どのような性質を持つのだろうか。

ドイツの心理学者シュミット博士によれば、人間の正義感には大きく4つのタイプがあるという。1つ目は被害者感受性で、自分自身が不当な扱いを受けた際に沸き起こる正義感である。2つ目は観察者感受性で、他者が不当な扱いを受けているのを目の当たりにした時に感じる正義感である。3つ目は受益者感受性で、自分だけが特別扱いされ利益を得た場面で感じる正義感である。最後に、加害者感受性は自分自身が他者に不当な行為を行った後に生じる自責の念に基づく正義感である(Schmitt, 2005年)。以上のように、人間の持つ正義感には多様な側面が存在し、単純に特徴づけることが難しいことが分かる。


正義感の評価方法

正義感の評価方法はいくつかあるが、ここではJSS-8という簡単なものを紹介する。これは、正義感の4種類の感受性を1~6点(全くそうではないを1点、全くそのとおりであるを6点)で答える質問で測るものである(Groskurth, 2023)。各感受性ごとに平均点を求める。

被害者感受性

  • 他人が自分よりも不当に良い立場にあるとき、怒りを感じる。
  • 他人には楽に手に入ることが、自分は一生懸命努力しなければならないとき、気になる。

 

観察者感受性

  • 誰かが他人よりも不当に悪い立場にあると知ったとき、動揺する。
  • 他人には楽に手に入ることが、誰かは一生懸命努力しなければならないとき、気になる。

 

受益者感受性

  • 自分が他人よりも不当に良い立場にあるとき、罪悪感を感じる。
  • 自分には楽に手に入ることが、他人は一生懸命努力しなければならないとき、気になる。

 

加害者感受性

  • 自分が他人の不利を利用して得をするとき、罪悪感を感じる。
  • 自分が何らかの手練手管を使って目的を達成する一方で、他人はそれに苦労しているとき、気になる。

 

ちなみにドイツ人を対象にした調査では、各感受性の平均点と標準偏差は以下の通り。

  • 被害者感受性:3.54±1.34
  • 観察者感受性:4.01±1.15
  • 受益者感受性 :2.83±1.35
  • 加害者感受性:平均点:4.23±1.40

 

この結果から判断する限り、各感受性において平均点が5点以上であれば上位15-25%程度を示す値といえるのかもしれない。私自身の感受性は以下の通りであったが、全体的には平均的な水準と判明した。ただし加害者感受性が高めである点は、商売を行ううえで必ずしもメリットにならないのではないかと感じている。

  • 被害者感受性: 2
  • 観察者感受性: 4.5
  • 受益者感受性: 3
  • 加害者感受性: 5

 

ただし、正義感が高ければ高いほど良いわけではない。被害者感受性は他の3つと比較して、ネガティブな性格特性と関連が強いことが指摘される。具体的には被害者感受性が高い人は、妄想性や復讐心、猜疑心、嫉妬心などが強く、時に非現実的な思考を示すことが多い。それに対して、観察者感受性・受益者感受性・加害者感受性が高めな人は、共感性や社会的責任感、自分の役割の自覚など、建設的な性格特性を示すことが多いという報告がある(Groskurth, 2023)。つまり正義感はある程度必要だが、バランスが大切だということができる。

 

 

正義の脳科学

正義感にはしばしば懲罰行動を伴うことが多い。いわゆる「懲らしめる」行為である。心理学的にはこの懲罰行動には、不公平感、費用対効果、共感が関係しているとされている(Du Chang, 2015年)。

実際、経済ゲームを行わせているときの脳活動を調べてみると、ゲームの中で懲罰行動を取っている時には不公平感、費用対効果、共感に関わる脳領域が活動していることが報告されている。具体的には不公平感に対して、扁桃体と前部島皮質が、費用対効果に関連して腹内側前頭前野が、共感に関連して前帯状皮質吻側部などが活動することが示されている(Du Chang, 2015年)。

ちなみに扁桃体はネガティブな刺激に対して反応する領域であり、前部島皮質は高次の情動を司る領域である。腹内側前頭前野は感情と理性をつなぎ合わせて最適な判断を下すときに活動し、前帯状皮質吻側部は他人の痛みを自分の痛みとして感じるときに活動することが知られている。

また懲罰行動でも自分が直接被害を受けて復讐する場合と、他者が被害を受けて懲らしめる場合があるが、この二つでも脳活動が異なることがわかっている。具体的には自分が直接被害を受けた場合の懲罰行動(第二者懲罰)では、高次の情動に関わる前部島皮質が、他者が被害を受けた場合の懲罰行動(第三者懲罰)では、心の理解に関わる右側頭頭頂接合部が活動が高くなる傾向があることが示されている(Bellucci et al., 2020)。このように正義の感覚に基づく懲罰行動には、様々な脳領域が関与している。

 

正義感に対する介入方法

教育現場におけるいじめの問題を考えても、正義感の不足は問題であるし、またネットリンチに見られる過剰な正義感、報復感情は独善主義的な問題をはらんでいる。いくつかの研究から、正義感を適正なレベルに調整するいくつかのアプローチが検討されている。

 

実験的研究によると、不公平な状況を経験したり、不公平な出来事を想起したりすることで、公平さへの感覚が高まることが示唆されている(Giovannelli, 2018年)。また、マインドフルネス瞑想によって自己内省能力を高めることで、無意識の偏見に気付き、公平性が向上するとの報告もある(Heisterkamp, 2019)。

一方で、愛着障害を抱える人は被害者意識が強く、報復行動をとりやすい傾向にある。この被害者意識の背景には、他者への信頼の欠如や見捨てられ不安などの愛着面の問題がある。認知行動療法やスキーマ療法によってこうした愛着の困難さを改善することで、過剰な被害者意識を緩和できる可能性が示唆されている(Gabey, 2020年)。スキーマ療法は、子ども時代のつらい経験から生じた無意識的な認知構造(スキーマ)が現在の行動パターンや感情反応を規定していると捉え、スキーマの改変を試みるアプローチである。

つまり、適度な正義感は必要であるが、偏りすぎると問題を引き起こしやすい。過剰または不足している正義感をコントロールするために、経験の振り返り、瞑想、認知行動療法、スキーマ療法などのアプローチが有効であると考えられる。これらによって自己理解を深め、建設的な対人関係を構築することができれば、適正な正義感が身に付いていくだろう。

 

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

 

  • 正義感とは、公平性が損なわれた際に感じる憤りの感覚である。
  • 正義感には、被害者感受性、観察者感受性、受益者感受性、加害者感受性がある。
  • 被害者感受性の高さはネガティブな心理特性と関連している。
  • 内省や自己理解を通して適正な正義感を身につけられる。

 

正義感は公平性を求める感覚である。しかし人生には不確定性があり、完全な平等は実現困難である。人は生まれつきの能力や家庭環境、時代背景によって状況が異なるため、公平性を100%担保することは不可能に近い。養鶏場のニワトリのように全てをそろえることもできるが、それはディストピアといえる。また、社会の公平性を求める一方で、自分の地位向上をも欲するというねじれがある。この2つの欲求を同時に満たすことは難しく、個人的野心がある限り完全な公平社会は望めない。

それでは、このようなねじれを抱える私たちは正義感とどう向き合えばよいだろうか。一つの答えは「ためらいを持った正義」であろう。万人にとっての正義が何かは不明確で、時に誰かを傷つけることもある。しかし、それでも慎重に正義を追求することはできる。抜け落ちそうな板の上を進むように、足取りを軽くして正義を探っていけば、弊害は少なくて済むだろう。正気を保ち、中庸の心を持って、正義のありかを探っていきたい。

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

【主な活動場所】 X(旧Twitter)はこちら

このライターの記事一覧

 

【参考文献】

Bellucci, G., Camilleri, J. A., Iyengar, V., Eickhoff, S. B., & Krueger, F. (2020). The emerging neuroscience of social punishment: Meta-analytic evidence. Neuroscience and biobehavioral reviews, 113, 426–439. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2020.04.011

Du, E., & Chang, S. W. (2015). Neural components of altruistic punishment. Frontiers in neuroscience, 9, 26. https://doi.org/10.3389/fnins.2015.00026

Gabay, R., Hameiri, B., Rubel-Lifschitz, T., & Nadler, A. (2020). The tendency for interpersonal victimhood: The personality construct and its consequences. Personality and Individual Differences, 165, Article 110134. https://doi.org/10.1016/j.paid.2020.110134

Giovannelli, I., Pacilli, M. G., Pagliaro, S., Tomasetto, C., & Barreto, M. (2018). Recalling an unfair experience reduces adolescents’ dishonest behavioral intentions: The mediating role of justice sensitivity. Social Justice Research, 31(1), 23–40. https://doi.org/10.1007/s11211-017-0299-9

Groskurth, K., Beierlein, C., Nießen, D., Baumert, A., Rammstedt, B., & Lechner, C. M. (2023). An English-Language adaptation and validation of the Justice Sensitivity Short Scales-8 (JSS-8). PloS one, 18(11), e0293748. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0293748

Heisterkamp, B. (2019). Self-reflection and communication: Experiences in social justice and compassion. Western Journal of Communication, 83(5), 537-541. https://doi.org/10.1080/10570314.2019.1600010

Levy D. A. (2022). Optimizing the social utility of judicial punishment: An evolutionary biology and neuroscience perspective. Frontiers in human neuroscience, 16, 967090. https://doi.org/10.3389/fnhum.2022.967090

Schmitt, M., Gollwitzer, M., Maes, J., & Arbach, D. (2005). Justice sensitivity. European Journal of Psychological Assessment, 21(3), 202-211. https://doi.org/10.23668/psycharchives.8771

アリストテレス著、戸塚七郎訳(1992).弁論術 岩波文庫