なぜあなたは意地悪なのか?サディズムの心理と脳の働き

2023.12.19

 

「サディズムのすべての現れに共通したその核心は、・・・・生きているものに対して絶対的な制限の支配を及ぼそうとする情熱である。」

[エーリッヒ・フロム、『破壊―人間性の解剖』]

 

「サディズム」という言葉を聞いたことがあるだろうか。この言葉からは、他人の苦しみを楽しむ残酷な性格を想像するかもしれない。しかし、実際には、私達には多かれ少なかれ他人をいじめたり虐げたりすることに喜びを感じる心がある。小さな子供は好んで虫を殺し、大人の世界でも、いじめや誹謗中傷、パワハラは日常茶飯事である。しかし、なぜ私たちは他人を虐げることに喜びを感じるのだろうか。本稿では、嗜虐性の心理、サディズムについて掘り下げて考えてみたい。

 

サディズムの心理学

サディズムは、他人の苦痛を楽しむ性格特性とされている(Foulkes, 2019年)。英国の心理学者フォークス博士によれば、サディズムは大きく2つのカテゴリーに分けられる。一つは性的サディズムで、これは強姦や性的殺人といった性犯罪と深く関連したものである。もう一つは性的要素を含まない非性的サディズムで、その代表例として日常的サディズム(everyday sadism)がある。これは他人をからかったりいじめたりすることに喜びを感じる性格特性で、犯罪にはつながらないものの、日常生活の中で広く見られる嗜虐性である。

では、この嗜虐性はどのように発達してきたのだろうか。南アフリカの心理学者ビクター・ネルは、哺乳類の捕食行動がその起源ではないかと論じている。捕食行動には高いエネルギーが必要で、自分自身が怪我をするリスクもある。そこで、進化の過程で、獲物の血や苦痛、死といった刺激に対して喜びと興奮を感じるような感性が発達したのではないかと論じている。この興奮と喜びがあるからこそ、捕食者は高いリスクとコストを払ってでも捕食に励むだろうというのである。この傾向は人間にも引き継がれ、他者の痛みや苦しみに喜びを感じるサディスティックな傾向につながっているのではないかと論じている(Nell, 2006年)。仮説ではあるが、もし本当であれば私達人間は多かれ少なかれ、サディスティックな感性があるということになる。

ちなみに以下の質問票は日常的サディズムを評価するものである。評価方法は「1点:全くあてはまらない」から「5点:非常にあてはまる」の5段階評価である。逆転項目は点数を反転させて計算する(5点なら1点、1点なら5点など)。自分の良心に自身がある人はぜひやって欲しい。


ASP(The Assessment of Sadistic Personality)

(全く当てはまらないを1点、どちらともいえないを4点、非常に当てはまるを7点として計算)

  1. 私は冗談で人をからかうことで、自分が支配していることを知らしめている。
  2. 人をいじめまわすことに飽きることがない。
  3. 支配している条件であれば、人を傷つけるだろう。
  4. 人をからかうと、その人が動揺するのを見るのがおもしろい。
  5. 他人に意地悪をすることは刺激的である。
  6. 友人の前で人を馬鹿にして楽しむ。
  7. 人がケンカをするのを見ると興奮する。
  8. 自分をイライラさせる人を傷つけることを考える。
  9. 嫌いな人であっても、わざと傷つけることはしない。(逆転項目)

 

さて、あなたは何点だっただろうか。一般人を対象にした調査では、平均点(±標準偏差)は15.41±5.62で、全体のおよそ68%の人は9.79点から21.03点の範囲に入る(Plouffeら, 2017年)。平均点から全てが説明できるわけではないが、22点以上であれば、嗜虐性高めといえるのかもしれない。ちなみに私は19点、優しそうだと言われる割にそれほどでもないのだなというのを自覚できた。ちなみに日常的サディズムのスコアが高いものほど、いじめの加害経験が多く(特に言葉によるいじめ)、インターネット上の誹謗中傷行動も多くなることも報告されている(Buckels, 2018年)。

 

サディズムの脳科学

進化心理学的見地に立てば、私達は多かれ少なかれサディストである。とはいえ、その傾向がとりわけ高い人もいれば低い人もいる。犯罪神経心理学者であるハレンスキー博士はサディスティックな傾向が脳活動にどのような影響を与えるかについて調べている。この実験では被験者に、ある人物が痛みを感じている画像を見せ、その痛みを評価させ、加えてその時の脳活動をfMRIで計測している。

結果として、サディスティックな傾向が高いものほど、感受性に関わる島皮質の活動が高く、また他者の痛みを高く見積もっていることが示されている(Harenski, 2012年)。その意味ではサディストは他者の痛みに対して敏感な感受性を持っているとも考えられる。この点は他人の痛みに鈍感なサイコパスとは対照的である。

またサディストのホルモン分泌を調べた研究もある。ある研究では、性的サディズム傾向のある犯罪者にサディスティックな動画(誰かが苦しみを受けているもの)を見せ、その前後で血中ホルモンの変化を調べている。すると被験者はサディスティックな動画を見たあとは、攻撃性に関わる男性ホルモン、テストステロンが増加し、その傾向はサディスティックな傾向が高いほど顕著であることが示されている(Cazala, 2022年)。このことから性的サディズムには男性ホルモン、テストステロンが関係しているのではないかと論じられている。

 

サディズムと折り合いを付ける方法

サディズムが進化の歴史によるものであれば、それを完全に消し去ることは難しい。では、私たちはどのようにして折り合いをつけていけばいいだろうか。近年の研究から、サディスティックな感性をある程度抑制できる可能性が示唆されている。

 

一つは退屈させないことである。退屈は人間のサディスティックな傾向を高める。たとえば退屈な状況に置かれると残酷な行動を選びやすくなり、退屈を感じやすい人はサディスティックな傾向も高い。また、インターネット上の誹謗中傷や、軍隊内や子育て中の虐待行為も退屈と関連していることも報告されている。サディスティックな傾向は新たな刺激を追い求める新奇性とも関連しているともいう(Pfattheicherら, 2021年)。退屈させない環境作りはサディズムを抑制できるかもしれない。

もう一つは熟慮する機会を設けることである。サディズムと関連した行動に反社会的懲罰がある。これは集団のルールを外れた行動を取る人に対し、自らコストを払っても制裁を加える傾向で、サディスティックな人ほどその傾向が高い。ある研究では、即座に反社会的懲罰を加えられる条件と数分間の作業時間を挟んで反社会的懲罰を加えられる条件で、その違いを比較している。結果としては数分間の時間をおくことで懲罰行動が減っている(Pfattheicherら, 2017年)。行動経済学では人間の意思決定には2つの仕組みがあることが考えられている。一つは直感的に判断するタイプ1と呼ばれるもので、もう一つは様々な利害を熟慮して判断するタイプ2と呼ばれるものである。反社会的懲罰にはタイプ1の判断が働いている可能性があるため、時間をおくことでこのような行動を減らせるのではないかと議論されている。

また人間の性格傾向は遺伝だけでなく、遺伝と環境の相互作用で決まるという考え方がある。サディスティックな遺伝子を持っているからと言って必ずしもサディストになるわけではない。幼少期に虐待などを受けることでサディスティックな傾向が促される可能性がある。そのため健全な家庭環境の確保がサディスティックな傾向を抑える上で有効なのではないかと論じる向きもある(Foulkes, 2019年)。

 

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

 

  • サディズムは、他人の苦痛を楽しむ性格特性である。
  • サディズムは捕食行動に関わる心理と関連している可能性がある。
  • サディストは他者の痛みに対する感受性が高い点でサイコパスと異なる。
  • サディズムを抑制するためには、退屈させないことや熟慮する機会を設けることが有効である。

 

サディズムは他者の苦しみを喜ぶ本能である。そう考えれば、罪を犯すサディストも、そのサディストを叩くあなた自身も本質的には同じなのかもしれない。加えて言えば、こんな物言いをする私自身、結構なサディストなのかもしれない。私達は内なる獣とどう向き合うべきなのだろうか。口を閉じて、ペンを置いて、ゆっくりと考えたい。

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、大学院へ進学、コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から上場企業を対象に学術支援業務を行う。研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

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【参考文献】

Buckels, E. E. (2018). The psychology of everyday sadism (Doctoral dissertation, University of British Columbia). https://dx.doi.org/10.14288/1.0369056

Foulkes, L. (2019). Sadism: Review of an elusive construct. Personality and Individual Differences, 151, Article 109500. https://doi.org/10.1016/j.paid.2019.07.010

Harenski, C. L., Thornton, D. M., Harenski, K. A., Decety, J., & Kiehl, K. A. (2012). Increased frontotemporal activation during pain observation in sexual sadism: preliminary findings. Archives of general psychiatry, 69(3), 283–292. https://doi.org/10.1001/archgenpsychiatry.2011.1566

Nell, V. (2006). Cruelty's rewards: The gratifications of perpetrators and spectators. Behavioral and Brain Sciences, 29(3), 211–257. https://doi.org/10.1017/S0140525X06009058

Pfattheicher, S., Keller, J., & Knezevic, G. (2017). Sadism, the intuitive system, and antisocial punishment in the public goods game. Personality and Social Psychology Bulletin, 43(3), 337–346. https://doi.org/10.1177/0146167216684134

Pfattheicher, S., Lazarević, L. B., Westgate, E. C., & Schindler, S. (2021). On the relation of boredom and sadistic aggression. Journal of Personality and Social Psychology, 121(3), 573–600. https://doi.org/10.1037/pspi0000335

Plouffe, R. A., Saklofske, D. H., & Smith, M. M. (2017). The Assessment of Sadistic Personality: Preliminary psychometric evidence for a new measure. Personality and Individual Differences, 104, 166–171. https://doi.org/10.1016/j.paid.2016.07.043

エーリッヒ・フロム著  作田啓一 佐野哲朗訳(2001)破壊 人間性の解剖 紀伊國屋書店