悪いとされる食物も良いこともあるし、良いとされる食物も悪いことがある:1)トランス脂肪酸(11月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023.12.09

今日から2日間、食物について考えてみたい。取り上げるのはトランス脂肪酸と食物繊維で、それぞれ健康に悪い、健康に良いの代表として考えられている。ただ、これはあくまでも一般的な話で、逆のケースも数多く存在するが、科学的に突き詰めた研究は少ない。幸い、今週そんな論文に2報も出会ったので、順番に紹介する。

 

本日紹介する論文

今日紹介するはシカゴ大学とSt.Jude小児病院からの論文で、身体に悪いとされている脂肪、トランス脂肪酸の一つが CD8T細胞のキラー活性を高めているという研究で、11月22日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Trans-vaccenic acid reprograms CD8 + T cells and anti-tumour immunity(Trans-vaccenic acid はCD8T細胞をリプログラムして抗ガン免疫を高める)」だ。

 

解説と考察

この研究では最初からトランス脂肪酸に着目していたわけではなく、T細胞免疫を高める血中の代謝物を探索していた時、調べた633種類の代謝物の中でT rans-vaccenic acid (TVA) がトップにリストされ、この作用の研究を始めている。

 

元々トランス脂肪酸というのは不飽和脂肪酸を溶けにくくする目的で人工的に水素化した脂肪酸で、多くの食品に使われている。必須脂肪酸の代謝を阻害し、ERストレスを高め、自然炎症を高めることで、動脈硬化を促進することから、多くの国で規制されている。ただ、自然の食品の中にもトランス脂肪酸は存在し、TVAはその一つで乳製品に多く含まれている。当然多くの人の血中に存在している。

 

腫瘍を移植したマウスに TVA を摂取させると、それだけで腫瘍の増殖が一定程度抑えられるが、シス型の Vaccenic acid (CVA) には全くこの効果はない。

 

TVA の細胞への効果は、細胞内に取り込まれた後代謝を変化させるか、細胞外の受容体を介して作用するかだが、ラベルした TVA を用いた実験から、細胞内で他の分子へと代謝されることがないので、細胞外の受容体を介して効果を発揮していることがわかる。

 

そこで、脂肪酸の受容体になりそうな G共役型受容体で CD8T細胞で発現している分子をノックダウンにより探索し、通常は短鎖脂肪酸と結合して CD8T細胞の増殖抑制に関わる GPR43 が TVA の作用に関わることがわかった。具体的には、TVA は低い濃度で GPR43 と結合することで、短鎖脂肪酸の刺激をブロックし、ネットの効果として細胞内の cAMP を高め、PKA-CREB というオーソドックスな回路を介して、T細胞の細胞増殖やエフェクター機能に関わる遺伝子の転写を誘導していることがわかった。

 

まとめと感想

最後に臨床応用する可能性については、試験管内ではあるがヒトリンパ腫にヒトT細胞を加え、CD3 および CD19 を認識する2重特異性抗体を用いたキラー検出(一種の CAR-T )で、キラー活性を VTA が高めること、また CAR-T治療を受けた患者さんの血清VTA量を調べ、VTAが高いほど効果が高かったことを示し、なんらかの形で臨床応用が可能であることを示唆している。

 

以上が結果で、自然にできたトランス脂肪酸には我々の健康を助ける脂肪酸も存在することがわかった。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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