「許し」の脳科学:そのメカニズムとカウンセリング手法

2023.11.20

人を許すことは難しい。とりわけ自分の人生を変えた加害者を許すことは容易ではない。しかしなぜ許すことは難しいのだろうか。今回の記事では許しに関わる心理学的・脳科学的メカニズムについて探ってみたい。


許しの心理学:許しに関わる3要素とは?

許すことには3つの要素が関係しているという(Fourieら, 2020年)。

まず一つ目は認知的コントロールである。これは感情を理性で制御し、冷静に状況を再考する力である。

次に視点取得がある。加害者や第三者の視点から状況を見直すことで、相手を許しやすくなる。

そして最後に社会的評価がある。許すか否かは社会的な判断でもある。許すことが社会的に妥当か、再び被害を受けるリスクがないかを熟考する必要がある。

Fourieら, 2020年、table 1を参考に筆者作成


性格傾向も許しやすさに影響を与える。人間の性格因子を6つに分けると、正直性・謙虚性や外向性が高い人は他人を許しやすいが、情緒が不安定な人は許しにくいと報告されている(ShepherdとBelicki, 2008年)。

 

自身の許しやすさは、「許しの可能性尺度(Forgiveness Likelihood Scale)」で測定できる。

以下の10項目のシナリオに対し、自分がどの程度許せるかを回答してほしい (1:全くない – 5:非常に高い)。

 

  • あなたの秘密を守ると約束した友人が、その約束を破り、他の人にあなたの秘密を話した。あなたはその友人を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • あなたについての噂を流した友人のために、人々はあなたを過去よりひどく扱うようになった。あなたはその友人を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • 付き合っていたパートナーが、あなたの親友と付き合い始めたためにあなたと別れた。あなたはそのパートナーを許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • 家族の一員が、あなたの秘密を他人に話してあなたを辱めた。あなたはその家族を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • パートナーがあなた以外の人と一夜限りの関係を持った。あなたはそのパートナーを許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • うそをついている友人を問い詰めると、その友人はうそをついていないと否定した。あなたはその友人を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • 大切な物を借りて紛失した友人が、それを代わりに購入することを拒否した。あなたはその友人を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • 知人があなたの念願の仕事の話を聞き、あなたに知らせずに自分でその仕事を得た。あなたはその知人を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • あなたの家に押し入って多額の金を盗んだ見知らない人がいた。あなたはその見知らない人を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

  • フォーマルなダンスパーティーに誘ってくれた人が、あなたではなく他の人と行くと約束を破った。あなたはその人を許す可能性はどの程度あるか。
    全くない(許さない)(1)  非常に高い(許す)(5)

合計:30

アメリカの大学生を対象にした調査では、平均点±標準偏差は、27.2±7.2点あることが報告されている(Rye ら, 2001年)。つまり、68.2%の人は20点から34.4点の範囲に該当することになる。

私自身の点数は驚くべきことに14点であった。自分の寛容さに自身がある人はぜひ一度採点してみてほしい。

参考・標準偏差とは

 

許しの脳科学:許しに関わる脳領域

許しには、認知的コントロール、視点取得、社会的評価の3つの要素が関わっている。以下にこれらの機能に関わる脳科学的知見について説明したい。

認知的コントロール

認知的コントロールには、背外側前頭前野はいがいそくぜんとうぜんや背側前帯状皮質はいそくぜんたいじょうひしつが関与している(Fourieら, 2020年)。

これらの領域は認知的判断や心理的葛藤に関連しており、不公平な行為を許す際に活性化することが知られている(Haesevoetsら、2018年)。

背外側前頭前野の活動低下は、相手を許そうという意欲を弱める可能性も指摘されている(Sebastianら, 2011年)。お酒が前頭前野の働きを弱めることを考えると、揉め事の話し合いはシラフの場がよいのかもしれない。

Fourieら, 2020年、figure 1を参考に筆者作成

 

視点取得

視点取得には、側頭頭頂接合部が重要視されている。この領域はミラーニューロンシステムを構成し、相手の気持ちを感じ取ることに関わっている。許しに関連する研究では、この領域の活動が高いほど、相手を許す傾向にあることが示されている(Fourieら, 2020年)。相手の立場に立つことが、許しの重要な要素であるようだ。

社会的評価

社会的評価には、前頭眼窩野ぜんとうがんかやや腹内側前頭前野が関わっている。

これらは感情と理性を調整し、適切な判断を促すはたらきがある。許しの判断も理性と感情のバランスが必要であり、同様の脳領域が活動すると考えられている(Fourieら, 2020年)。

 

許しを促す方法

誰かを憎み続けることは心身に負担をかける。怒りや憎しみが長引くと心疾患や精神疾患の発症リスクが高まることが報告されている(SulsとBunde, 2005年)。

許しを促すカウンセリング手法として、「許しのプロセスモデル」というアプローチがある(AkhtarとBarlow, 2018年)。これは次の4つの段階で行われる。

・掘り下げの段階: 加害行為とその結果が自身の人生に与えた影響を理解する。
・決意の段階: 許しの本質を理解し、許そうと決心する。
・作業の段階: 加害者を新たな視点から見ることで感情が変化し、肯定的な変化が起きる。
・深化の段階: 苦しみから新たな意味を見出し、他者との繋がりを感じ、ネガティブな感情が軽減する。

 

これらの段階は20のステップに分けられ、数ヶ月以上の時間をかけて実施される。

許しのプロセスモデルは、うつ病の症状を緩和し、怒りやストレスを軽減する効果があるとの研究結果が示されている(AkhtarとBarlow, 2018年)。

・うつ病:小さいが有意な効果量
・不安:有意な効果は見られない
・怒り/敵意:中程度の効果量
・ストレス/苦痛:大きな効果量


まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・許すことには認知的コントロール、視点取得、社会的評価が関わっている。
・背外側前頭前野や背側前帯状皮質、側頭頭頂接合部、前頭眼窩野、腹内側前頭前野など高次の認知機能に関わる脳領域が許しに関与している。
・「許しのプロセスモデル」は許しを促す有効なカウンセリング手法である。

誰かを許すことは容易なことではない。しかし生きるべき人生は今であり、未来である。過去に囚われることなく、過去に寄り添い、手を取ることで、一度限りの意義深い物語を紡いでいきたい。

 

【参考文献】

Akhtar, S., & Barlow, J. (2018). Forgiveness therapy for the promotion of mental well-being: A systematic review and meta-analysis. Trauma, Violence, & Abuse, 19(1), 107-122. 

Fourie, M. M., Hortensius, R., & Decety, J. (2020). Parsing the components of forgiveness: Psychological and neural mechanisms. Neuroscience and biobehavioral reviews, 112, 437–451. 

Haesevoets, T., De Cremer, D., Van Hiel, A., & Van Overwalle, F. (2018). Understanding the positive effect of financial compensation on trust after norm violations: Evidence from fMRI in favor of forgiveness. Journal of Applied Psychology, 103(5), 578–590. 

Rye, M. S., Loiacono, D. M., Folck, C. D., Olszewski, B. T., Heim, T. A., & Madia, B. P. (2001). Evaluation of the psychometric properties of two forgiveness scales. Current Psychology: A Journal for Diverse Perspectives on Diverse Psychological Issues, 20(3), 260–277. 

Sebastian, C. L., Tan, G. C., Roiser, J. P., Viding, E., Dumontheil, I., & Blakemore, S. J. (2011). Developmental influences on the neural bases of responses to social rejection: implications of social neuroscience for education. NeuroImage, 57(3), 686–694. 

Shepherd, S., & Belicki, K. (2008). Trait forgiveness and traitedness within the HEXACO model of personality. Personality and Individual Differences, 45(5), 389-394. 

Suls, J., & Bunde, J. (2005). Anger, Anxiety, and Depression as Risk Factors for Cardiovascular Disease: The Problems and Implications of Overlapping Affective Dispositions. Psychological Bulletin, 131(2), 260–300. 

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

【主な活動場所】 X(旧Twitter)はこちら

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