100年に一度の芳醇な出来?! お酒はどう出来る!?

2023.11.15

 11月の第3木曜日と言えば、毎年心待ちにしている方も多いのではないだろうか? そう、フランス産ワインの新作ボジョレー・ヌーボーの解禁日だ。「110年ぶりの当たり年(2003年)」や「ボジョレー史上最悪の不作(2011年)」など、少しばかり大げさなキャッチコピーが度々話題になる事でご存知の方もおられるだろう。滅多にお酒を飲まない葉月は、むしろこっちのイメージの方が強い。

 ワインと言えば、言わずと知れたブドウから作られるお酒だ。しかしながら、米から作る日本酒や大麦から作るビールなど、お酒はブドウ以外の作物からも作ることができる。そして、そのいずれにも言えることだが、元の作物を口にしても酔ったりはしない。原料が違っても出来て、元々酔う訳でもないのに出来るお酒とは、なんと摩訶不思議まかふしぎな飲み物だろうか。そこで今回は、お酒がどのように出来ているかについて解説していく。

 

 

少し詳しく 〜アルコールを作る

 日本酒の原料は言わずと知れたお米だが、お米からは普通お酒は出来ない。な〜んでだ?

 なぞなぞの様な語り口で始めてしまったが、どういうことだろう? 少しだけ考えながら、読んでほしい。

 そもそもアルコールは何から出来るのだろう。まずお酒の原料を挙げてみよう。

 ワインを作るブドウ、ビールを作る大麦、日本酒を作るお米に、シードルを作るリンゴ等、お酒の材料は実に多種多様……に思えて実はそうでもない事にお気づきだろうか? お肉やお魚、塩といった物が含まれていないのである。先に挙げた原料はいずれも植物の果実の部分だ。これらの共通点を考えてみよう。

 植物の果実、すなわち果物を口に含んで、多くの人が真っ先に思うことは「甘い」だろう。実際、果物には多量の糖が含まれている。一方のお肉やお魚なども、糖を含んではいるがその量は決して多いとは言えない。

 糖をたくさん含んでいるものからは、お酒が作られる。糖をあまり含んでいないものからは、お酒が作られない。つまり、アルコールとは糖が変化したものだったのだ。

 しかしながら、この説明では冒頭の問いかけと矛盾が出る。

 確かに、お米に含まれる糖、すなわち炭水化物の多さはよくご存知の方も多いだろう。しかしながら、お米の甘さは、果物の甘さと同じ様に口に含むと同時にやってくるようなものだろうか? 噛んでいくうちにジンワリと広がるはずだ。

 実はお米の甘さは、デンプンという無数の糖がひも状につながった物質を、唾液中の酵素の働きで1〜3個程度ずつの小さな形に分解した状態にすることで感じている。そしてアルコールは、このような小さな形の糖を材料にして作られているのだ[注1]。このようにデンプンを糖に分解する過程を糖化という[注2]

 ブドウなどには元々小さな形の糖が多量に含まれているため、アルコールが作られる。一方で、デンプンの結合は強力なため、自然に分解されることはほとんどなく、人為的に分解させる必要がある。冒頭で「お米からは普通お酒は出来ない」と言ったのはそういう事だ。

 アルコールは糖から作られている事が分かった。しかしながら、糖は自然にアルコールになるのだろうか? もちろんそんな訳はない。そんな事があっては、世界中の台所や糖研究者から悲鳴が上がっているだろう。それではどうして糖はアルコールになるのだろう?

 続いて、糖をアルコールにする因子について解説していく。

 

 

さらに掘り下げ 〜糖を分解する

 何が糖をアルコールにしているのかを説明する前に、こんな疑問にお付き合いいただきたい。

 2人1組でやる仕事があるとしよう。内容自体はとても簡単で、速度や精度を無視すれば老若男女問わず誰でも出来る様なものだ。

 さて、あなたはこの仕事の相手として、一体誰を選ぶだろう? 長年連れ添った片腕の様な存在だろうか。あるいは偶々視界に入った名前もよく知らない様な相手かもしれない。選び方の基準は十人十色で、選び方の数だけ成果がバラけるだろう。

 それではアルコール作り、いや、お酒造りのパートナーとは一体なんなのだろう? 答えはズバリ、微生物だ。

 微生物とは菌類や細菌類などの総称だ。生物であるから、当然生きていかなければいけない。生きていくためには当然、栄養を摂ってエネルギーに変える必要がある。この、「栄養を摂る」という行為こそ糖類の吸収であり、「エネルギーに変える」という行為の過程で作られるものこそエタノール(すなわちアルコール)というわけだ[注3]

 このように、微生物の力を借りて糖類からアルコールを作る工程を発酵といい、これを担う微生物を酵母という[注4]

 とは言え、一言で酵母といってもその種類は千差万別だ。アルコール産生に限っても、糖類をハイペースでエタノールに変える酵母もいれば、ほとんどエタノールを作らない酵母もいる。どんな酵母を使うのかは、どんなお酒になるのかと同義といっても過言ではない。

 例えば、ボジョレー・ヌーボーのキャッチフレーズに代表されるように、ワインの評価は年式で表される事が多い。これはブドウそのものに起因する理由の他に、元々ブドウに付着していた酵母に任せている為でもある。一方で日本酒や大量生産のお酒などは、銘柄で格付けされる事がほとんどだが、これは酒造やメーカーが銘柄専用の酵母を培養して使用している為だ。

 

 酵母が原料中の糖を分解して、エタノールを合成している事が分かった。これでどのようにお酒が出来ているのかお伝え出来た……とはならない。お酒をお酒足らしめているのは、アルコール分だけではないからだ。お酒に欠かせないもう一つの重要な要素、それは香りだ。これらは一体どのように作られているのだろう?

 続いて、お酒の香りについて解説していく。

 

 

もっと専門的に 〜香りを作る

 アルコールは糖を使って作られる。元々、原料の果実にアルコールは存在しないからだ。

 しかしながら、香りは違う。ブドウにはブドウの、リンゴにはリンゴの、桃には桃の香りが元々香っている。お米や大麦でさえ、炊いたり挽いたりすると特有の香りが私たちを刺激する。

 こうした香りは、もちろんお酒にも風味を与える。

 それでは、お酒の風味は原料の香りだけなのだろうか? もちろんそんなことは無い。酵母の活動に伴って、アルコールだけでなく香気成分も産生されるからだ[注5]

 このように、発酵に伴って産生される香りを二次香という。対して、原料に由来する香りを一次香といい、二次香と合わせて大切な要因だ。

 また、お酒は発酵後すぐに出荷されるわけではない。数ヶ月から数年程度、カメや樽などの保存容器で貯蔵することで、香味を整えられる。この工程を熟成という。熟成によって生成される香りというのも存在し、一次香、二次香に次いで熟成香と呼ばれる大切な香りの要素となる[注6]

 しかしながら、熟成中にお酒の中で起きる変化については不明な点が多く、熟成香がどのように生成されるのかについても明らかになっていない。

 

 嗅覚というのは不思議な感覚で、単体では鼻をつまみたくなる様な悪臭も、複数種類集まるといつまでも嗅いでいたくなる様な香りに変化したりする。そのため、お酒の評価には一次香、二次香、熟成香のバランスが大切な要素となっている。

 ここまで、お酒が出来る仕組みについて解説してきたが、いかがだっただろうか? ボジョレー・ヌーボーの美味しい飲み方があれば皆さん教えていただきたい。出来ればあんまり辛くない飲み方で。

 最後に、記事の趣旨からは少し外れるがおつまみに関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。

 

 

ちょっとはみ出し 〜おつまみを科学する

香りを伝える

 ワインのお供として欠かせないものといえば、そうチーズだ。酒と同じくチーズも原料や製法により様々な種類がある食品だが、チーズの最も大切な要素といえば、何と言っても香りだろう。香りの強いもの・弱いもの、刺激的なもの・まろやかなもの、世界では多種多様なチーズが作られている。しかしながら匂いの好みは千差万別で、嗅いだことのない人に匂いを伝えるのはとても難しい。

 匂いのイメージを色彩を使って評価しようという試みがある。被験者にチーズブレッドの匂いを嗅いでもらい、感じた匂いのイメージに合致する色のカードを選んでもらうという研究だ。官能評価なのでバラつきは見られたが、試料によって票が集まりやすい色、集まりにくい色というのは存在した様だ。私たちは案外、匂いを目でも感じているのかもしれない。

塩辛を守る

 梅干しに塩ジャケ、それにイカの塩辛などは塩蔵食品と呼ばれる保存食だ。塩分濃度を高くすることで雑菌の繁殖を抑え、食品を保存してきた。しかしながら、近年の健康志向に伴う減塩化により、減塩で加工されたものが主流になってきている。当然ながら、塩分濃度が低くなれば、それだけ保存効果が薄くなってしまう。

 保存が効かないせいで保存食が食べられないという、保存食にあるまじき事態に対応するための研究が行われている。バクテリオファージと呼ばれる種類のウィルスは、細菌に感染して細菌を溶かしてしまうことで知られている。このバクテリオファージを利用して、付着した雑菌をやっつけてもらおうという試みだ。

参考文献

  • 吉澤 淑. 『シリーズ《食品の科学》 酒の科学』. 朝倉書店.

  • アダム・ハート=デイヴィス 総監修、日暮雅道 監訳. 『サイエンス大図鑑【コンパクト版】』. 河出書房新社.

  • 森田 亜紀ら. 『色彩を用いたチーズブレッドの香りの評価』. 日本食品科学工学会誌 2020年 67 巻 5 号 149-162.

  • 山木 将悟, 山﨑 浩司. 『新しい食品微生物制御の展開─バクテリオファージの利用』. 日本食品科学工学会誌 2020年 67 巻 10 号 352-359.

脚注

[注1] 映画『君の名は。』で「口噛み酒」というのが出てきたのをご存知だろうか? アレは映画オリジナルのお酒ではなく、お米の中のデンプンを糖に分解する方法が見つかるまで作られていた実在した酒なのだ。今でも作られているかは知らないけど。ちなみに葉月は劇中歌だと『スパークル』が好きです。 (本文へ戻る)

[注2] 日本酒やビールなどの穀物酒は、ワインやシードルなどの果実酒に比べて糖化の手間がかかるため、酒造りは複雑になる。こうじという微生物を使った方法や、麦芽という植物を使った方法など、様々な方法が用いられている。 (本文へ戻る)

[注3] 微生物が生きていく過程で作られるのは、何もアルコールだけではない。細胞を作るのにはアミノ酸が必要だし、細胞を機能させるにはビタミン類が必要だ。こうした成分が作られる事で、そのお酒に特有の味が生まれる。 (本文へ戻る)

[注4] より正確にいうなら、微生物に人々の暮らしを豊かにする物を作ってもらう事を総称して発酵というのだが、今回はお酒の話題なのでお酒に特化してみた。なお、微生物による活動の結果を示す言葉で腐敗もあるのだが、こちらは発酵の反対で人々にとって有害な物を作られる事だ。 (本文へ戻る)

[注5] そのため、より高い香気成分を醸し出す酵母というのも育種され、利用されている例もある。見えないけれど、香りだって重要な要素なのだ。 (本文へ戻る)

[注6] 「三次香じゃないのかよ!!」とツッコンではいけない。葉月はツッコンだけど。だってこんなの、ツッコミ待ち以外の何者でもないじゃないですか! (本文へ戻る)

 

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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