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かつてマンボウ Mola mola は世界で一番重い硬骨魚だと考えられていた。しかし、今やその知見は更新され、2023年11月現在は、ウシマンボウ Mola alexandrini が世界最重量硬骨魚として学術的に記録されている。
マンボウ類に世界記録があるということは、ギネス世界記録も関わってくるということである。ギネス世界記録は様々な世界一の記録を収集・記録する組織だ。ギネス世界記録は毎年9月に世界一の記録をまとめた本を出版している(日本語版は数ヶ月遅れる)。
2022年、世界最重量硬骨魚の記録が更新された。アゾレス諸島沖で捕獲された 2744 kgのウシマンボウである。この記録は1年経った現在でも更新されていない。2744 kg のウシマンボウを計量した論文(私も著者の一人である)は2022年10月に出版されたが、ギネス世界記録の新刊が出た直後だったので、去年の本には収録されなかった。
参考:
現ギネス世界記録を破った2744kgのウシマンボウ、硬骨魚類王としてさらなる高みへ!
しかし、今年のギネス世界記録の本(英語版)『Guinness World Records 2024』を確認したところ、2744kgのウシマンボウの記録が収録されていた! 私的には非常に嬉しい。今年のギネス世界記録の本の表紙にも注目して欲しい。右上にマンボウが描かれているのだ。せっかくなら、ウシマンボウで描いて欲しかったところだが……その辺のこだわりを持つのはマンボウ研究者だけかもしれない。
私は学術的な世界最重量硬骨魚の記録を明確にするために、可能な限り幅広くギネス世界記録の本を調べたことがある。その結果、ギネス世界記録とマンボウ類は古くから関係があることがわかった。
今回はその歴史について簡単に振り返ってみたいと思う。
CONTENTS
私の子供の頃は、本はギネス世界記録ではなく、ギネスブックと呼ばれていた。実際、1955年に出版された初版の本のタイトルは『The Guinness Book of Records』だった。調べてみると、出版元の変遷の都合で2002年度以降、本のタイトルがギネスブックからギネス世界記録に改称されたようだ。
1955年に出版されたギネス世界記録の本の初版は5万冊しかないため、現在は入手困難になっている。しかし、研究用にギネス世界記録に協力して頂いて初版を確認させてもらったところ……そこにはなんと、マンボウ類の記録が掲載されていた!
1955年の初版でマンボウ類は、魚類の中の「Smallest Young(最小の子)」のカテゴリーで掲載され、
『体重が最大 1/2 トン、長さが8フィートのマンボウ Mola mola は、長さ 1/10 インチ、直径 1/20 インチの卵を最大3億個産む。 子と大人の間の推定体重増加は 6000 万倍である (人間の増加は 22 倍)。』
と書かれていた。英語のニュアンスが少し分かりづらいが、“魚類の中で最も小さな子を産む” というカテゴリーで掲載されていたようだ。当時は現在とはカテゴリーが異なり、世界最重量硬骨魚として掲載されている訳ではなかった。
しかし、ギネス世界記録の本の初版からマンボウ類が掲載されていたのは、何だか嬉しい。マンボウ類は何かしらの世界一の称号を昔から持っていたのだ。ちなみに、卵数は3億個と書かれているものの、1955年の時点では魚類最多の卵数とは認知されていなかったようである。
では、一体いつからマンボウ類は世界最重量硬骨魚としてギネス世界記録に認知されたのだろうか?
断片的であるが、ギネス世界記録の本を年代順に調べていくと……1972年であることが特定できた(マンボウ類が掲載されていない年もあった)。1972年のギネス世界記録の本には、
『世界で最も重い硬骨魚は、熱帯、亜熱帯、温帯のすべての海域に生息するマンボウ Mola mola である。1908年9月18日、オーストラリアのニューサウスウェールズ州シドニーから約 40 マイル離れたバード・アイランド沖で、巨大な標本が S.S.フィオナに偶然衝突され、ポートジャクソンに曳航された。臀鰭と背鰭の間の長さは 14 フィート、重さは4,928 ポンド(2.24 トン) であった。』
と書かれている。一方、前年の1971年のギネス世界記録の本には、
『イギリスの海域で見られる最大の硬骨魚は、マンボウMola molaで、背鰭と臀鰭の先端の間で最大10フィートの長さに成長し、1トン以上の重さがある。』
と書かれており、この時点ではまだイギリス最大の硬骨魚レベルで、世界最重量硬骨魚としては認知されていなかった。
なぜ 1972 年でマンボウ類の体重に対する認識が切り替わったのだろうか?
実は 1972 年に、動物の記録のみを対象とした『The Guinness book of animal facts and feats』という、言わば動物版ギネス世界記録の本が出版されていたのである。この本にはいくつかミスも見られたが、引用文献も明記されており、結構学術的に動物の記録を調査した本であった。
1972年のギネス世界記録にも掲載されたバード・アイランド沖で捕獲された個体(※実はこの個体は実際に計量されておらず、種もマンボウではなくウシマンボウだった)は、1972 年から 46 年間ずっと世界最重量硬骨魚の個体としてギネス世界記録の中で君臨していた。しかし、2018 年9月 14 日にギネス世界記録のオンライン版で、千葉県鴨川市沖で漁獲された2300kgのウシマンボウに記録が更新された。この記録が有効となる紙媒体での更新は、『Guinness World Records 2020』からである。
鴨川の個体の記録はしばらく破られないものと考えていたのだが、冒頭に書いた通り、アゾレス諸島沖で捕獲された2744kgのウシマンボウに記録はアップデートされ、ギネス世界記録のオンライン版では2022 年 10 月 31 日に更新された。この記録が有効となる紙媒体での更新は、今年出版の『Guinness World Records 2024』からである。オンライン版は更新時に前の記録の情報が上書きされて消されるため、世界記録の更新日はしっかり押さえておくことが重要である。
この5年間に出版されたギネス世界記録の本は、まさに世界最重量硬骨魚の記録の変遷、ウシマンボウの存在価値を刻んでいる。将来、重要視される本となるだろう。
このように、ギネス世界記録とマンボウ類は数奇にも古くから関わり合いが深いのである。マンボウ類の世界記録は、マンボウ研究者の方が情報を掴むのは早いが、その知見を大衆向けに広報するには、ギネス世界記録のような世間的に話題になる組織の方が影響力は大きい。科学は研究成果を大衆に還元してこそ価値があるものなので、今後も世界最重量硬骨魚の記録更新があった場合は、ギネス世界記録にも反映していただき、より多くの人にその驚きの記録を共有していきたいと思う。
今日の一首
最重量
硬骨魚歴史
始まりは
1972
ギネスが紡ぐ
Guinness Superlatives. 1955. The Guinness Book of Records. Guinness Superlatives Ltd, London, 210pp.
McWhirter N, McWhirter R (eds). 1971. The Guinness book of records (18th edition). Guinness superlatives ltd., Middlesex, London, 317pp.
McWhirter N, McWhirter R (eds). 1972. The Guinness book of records (19th edition). Guinness superlatives ltd., Middlesex, London, 317pp.
Wood GL. 1972. The Guinness book of animal facts and feats. Guinness Superlatives, Middlesex, 384pp.
Guinness World Records. 2018. Guinness World Records 2019. Guinness World Records, London, 256 pp.
Guinness World Records. 2019. Guinness World Records 2020. Guinness World Records, London, 256 pp.
Guinness World Records. 2023. Guinness World Records 2024. Guinness World Records, London, 256 pp.
Gomes-Pereira JN, Pham CK, Miodonski J, Santos MAR, Dionísio G, Catarino D, Nyegaard M, Sawai E, Carreira GP, Afonso P. 2023. The heaviest bony fish in the world: a 2744 kg giant sunfish Mola alexandrini (Ranzani, 1839) from the North Atlantic. Journal of Fish Biology, 102: 290-293.