標高6739mに生息するネズミ「フィロティス・ヴァッカルム」は自力で山頂に到達することが判明! "登山" もしている?

2023.11.02

(画像引用元番号①②)

 

みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!

 

今回の解説は、最も高所に生息する哺乳類「フィロティス・ヴァッカルム (Phyllotis vaccarum)」が、自力で高山山頂に登ってきたことを示す証拠を発見したという内容だよ!

 

フィロティス・ヴァッカルムはアンデス山脈にある標高6739mのルーヤイヤコ山頂で生きていることから、生息という観点で言えば最も高所で生きることができる脊椎動物であるとも言えるね![注1]

 

フィロティス・ヴァッカルムやその仲間がどのように高山に辿り着いたのか。かつては人為的に運ばれたのでは?という説もあったけど、今回の分析結果はそれを否定するものだったよ。

 

しかも、高山にずっと暮らしているのではなく、麓と積極的に交流する "登山" の可能性も見えてきて、予想以上にとんでもない生態を持っているかもしれないことが分かってきたよ!

 

最も火星に近い環境「アタカマ高原」

地球は生物を宿していることが知られている、今のところ唯一の天体だけど、それでも全域が穏やかな環境とは限らず、生物にとって過酷すぎる環境というのがあちこちに存在するよ。

 

その1つが南アメリカ大陸にある「アタカマ高原」だね。ここはアンデス山脈に付随した高地で、広義の意味でアタカマ砂漠の一部にも含まれることから、低くても3000m台の標高の高さと極度の乾燥気候で知られているよ。

 

薄い空気、低い気温、極度の乾燥は、NASAが火星有人探査を見据えての訓練地に選ぶくらいであり、地球上で最も火星に近い環境と表現されるほどの過酷な環境だよ。

 

もちろん、一部の生物は信じられないほどタフなので、こういう環境にも根付いている生物というのは存在するよ。ただし、標高が上がれば上がるほど環境は厳しくなり、着実に生物は少なくなっていくよ。

 

例えばアタカマ高原は標高5200mまで低木が生えており、これは世界一高い森林限界だよ。しかし一部の山は標高6000mを超えているので、これより上で目に見える大きさの生物を見つけるのはとても難しくなるよ。

 

このような場所では昆虫と地衣類がわずかに見つかる程度で、特に見つかることが期待されていなかったのは小型の哺乳類だったんだよね。これは哺乳類の身体の仕組みが大きく関わっているよ。

 

アンデス山脈の山頂は極度の低温乾燥気候と薄い空気、それに由来する適応した生物の少なさに由来する食料と水分の不足から、小型哺乳類が生きるには厳しすぎる環境だよ。 (画像引用元番号①②)

 

まず、哺乳類のほとんどは「恒温動物」だよ。私たちがそうであるように、恒温動物は体温を常に一定に保とうとするよ。体温を維持するには、代謝でエネルギーを熱に変換する必要があるよね。

 

体温維持のための熱生産はかなりのエネルギーを必要とするので、体温維持をしない変温動物と比べ、同じ体重で30倍ものエネルギーを必要とするとも言われているくらいだよ!

 

このため、恒温動物は変温動物よりも多くの食糧を必要とするので、どんな種類の生物であれ生きるのに苦労する極端な高地に哺乳類がいるとは到底思えない、と言うわけ。

 

これに加え、小型と付けばそれはますます怪しくなるよ。これは、小型の生物ほど体温維持が難しくなり、ますます多くの食糧を必要とするからなんだよね。

 

身体の小さな生物は、身体の大きな生物と比べて身体の体積当たりの表面積が大きくなるので、より熱が逃げ出しやすいよ。これは生物とか以前に物理の法則でそのような不利な条件に晒されていると言うわけだね。

 

暑い砂漠のような環境ならこちらが有利だけど、寒い高山では逆効果。逃げていく一方の熱を生産するためにますます多くの食糧を必要とするので、小型な哺乳類は大型な哺乳類と比べて寒い環境では生きづらくなるよ!

 

それに加え、アンデス山脈の山頂では海抜0mと比べて酸素濃度がたった45%しかないので、呼吸するだけでも大変になってしまうよ!

 

このため、これまで哺乳類の限界高度は約5000mと見られていて、実際、今までの哺乳類の最高高度記録は、ヒマラヤ山脈の標高5182mで採集された「オオミミナキウサギ (Ochotona macrotis)」だったよ。

 

5000mをはるかに超える高度で複数種のネズミの仲間を発見!

これまで哺乳類の生息限界高度は約5000mであると見られていたけど、最高記録を更新したフィロティス・ヴァッカルムを初め、5種類ものネズミの仲間が標高5000mを超える場所に生息していたよ! (画像引用元番号①)

 

ネブラスカ大学のJay F. Storz氏などの研究チームは、このある意味で当然とも言える状況を覆す大発見をしたよ。その最初のきっかけは2020年にあったよ。

 

Storz氏は、恐らくフィロティス属 (Phyllotis) に分類されると見られるアフリカネズミ亜科 (Sigmodontinae) のネズミが標高6205mの高地を歩いている様子を撮影したビデオをきっかけにアンデス山脈の調査を行ったよ。

 

そして、標高が6739mのユーヤイヤコ (Llullaillaco) の山頂付近を調査中、まさにフィロティス属のネズミである「フィロティス・ヴァッカルム」を発見したよ!

 

調査はその後も続けられ、2022年にかけて5回行われたんだよね。調査の結果多数の個体を捕獲することに成功したので、正確な種を同定するために捕獲された個体のDNA検査が行われたよ。

 

その結果、標高5200mより上で捕獲されたネズミはフィロティス・ヴァッカルムを含めた5種類にまたがるなど、アンデス高地ではこれまで認識された限界高度を超える哺乳類が広く生息している可能性が上がってきたよ!

 

しかしそうなってくると、次の疑問は、なぜこのネズミたちはこれほど高所に生息しているのか?ということになるね。食料も水もない高山山頂付近は、好き好んで移動するような場所でもないよね。

 

この疑問への答えとなる可能性があるのは2つあるよ。1つは、本当に長いこと山頂付近に生息しているという可能性。この場合、より標高の低い麓付近の個体とは遺伝子の特徴が異なることになるよ。

 

ただしその場合、食糧にも水分にも乏しいこの不毛の地で、長期間生存して棲めるのか?という別の疑問が生まれてくるよ。

 

もう1つは偶然に運ばれた可能性だよ。これほどの高山に登る動物はヒトくらいなもので、ヒトが意図して、もしくは荷物に紛れ込む形で偶然に、ネズミを高山に輸送した可能性があるよ。

 

実は、生きた個体の発見よりずっと以前に、極度の乾燥でミイラ化したネズミの死骸が山頂付近で見つかっており、古代インカ文明の人々との関連性を考古学者が指摘していたんだよね。

 

インカの人々が儀式を目的として登山をしていた証拠は見つかっているので、ネズミが儀式の一環で意図的に、あるいは偶然に運ばれたことで山頂に輸送された、は十分考えられる可能性だよ。

 

もしこの場合、ネズミのミイラはインカ文明の時代に死亡した証拠が見つかるはずだけど、いままではこの種の調査が行われておらず、真相ははっきりしていなかったんだよね。

 

フィロティス・ヴァッカルムは自力で6000m以上の高山に登ってきた!

Storz氏らの調査と研究によれば、ネズミは人為的な輸送に由来せず、長期間生息しているというのも正確な答えではない、という驚くべき結果が出てきたよ!

 

Storz氏らは生きた個体の調査中に、サリン山 (Volcán Salín / 6029m) 、プラル山 (Volcán Púlar / 6233m) 、コピアポ山 (Volcán Copiapó / 6052m) で合計13個体分のフィロティス・ヴァッカルムのミイラを発見したよ。

 

このネズミたちがいつ死亡したのかを知るために、ネズミのミイラに含まれる炭素14の濃度を調べる「放射性炭素年代測定法」を使って調べてみたよ。その結果は中々驚くべきものだったよ!

 

まず、サリン山の8個体とコピアポ山の1個体は、高い確率で1955年以降に死亡したものであることが分かったよ。つまり、死からせいぜい数十年しか経ってないことになるね。[注2]

 

プラル山の4個体はもう少し古いものの、どんなに古くても1670年から1675年のどこか、つまりおよそ350年前に死亡したことが明らかになったよ。

 

この年代は、インカ文明の最後の帝国がスペイン帝国によって滅ぼされてから1世紀以上後の時代の話。なのでどのミイラもインカ文明の儀式が関わっているとは到底言えないということになるよ!

 

そしてミイラのDNAを分析してみると、一部の個体は親子または兄弟であることを示す近い遺伝的特徴を有することが判明したよ。そして、生きた個体も含め、オスとメスの個体数は大体同じなことも分かったよ。

 

山頂のミイラの死亡年代、遺伝的な近さ、雌雄が同数という結果は、ヒトや捕食者が高地に偶然運んだのではなく、ネズミが実際に山頂付近で暮らして繁殖している可能性が高いことを示しているよ!

 

この主張を強化する発見として、ネズミの巣穴らしき場所のDNAも調査した結果もあるよ。通り道の土壌には、ネズミに関連付けられる微生物のDNAが見つかったけど、そこから外れた場所では一切見つからなかったよ。

 

ネズミに関連付けられる微生物の発見は、実際にこのネズミたちが巣穴を利用しており、そこに長期間棲んでいることを別の方向から裏付ける証拠となるよ。

 

まだ調査が不完全な限定的な証拠としては、胃内容物に地衣類が見つかったというのもあるよ。これは植物すら生えない厳しい高地でもしっかりと食糧を得ている予備的な証拠となるよ。

 

フィロティス・ヴァッカルムは高山に暮らすだけでなく “登山” もしているらしい!?

高山の山頂で採集された個体と麓で採集された個体は、遺伝的な特徴が重なっていたよ。普通ならここで遺伝的な特徴に差ができて亜種や別種となるところだから、これは驚くべき発見だよ! (画像引用元番号③)

 

さらに面白いのは、見つかったネズミの遺伝的特徴の比較だよ。これほど高地に生息している生物の場合、麓に生息している似た生物とは遺伝的特徴が異なっていて、別種や別亜種が生まれることも珍しくないよ。

 

しかし今回の山頂のミイラの調べでは、確かに山頂同士の個体同士の方が、山頂と麓 (5100m以下) と比べると遺伝的には近いけれども、種や亜種が分かれるほど大きな変化をしていないことが分かったんだよ!

 

つまりフィロティス・ヴァッカルムは、山頂と麓で遺伝的に違いが出るほど隔絶されておらず、山頂と麓の数千mもの高度差を行き来している可能性がある、ということになるよ!

 

これほどの高度差を行き来するというのは驚きだし、なぜ食糧や水に乏しく、酸素は麓の半分もなく、気温が低い山頂にわざわざ登る行動をしているのか、というのは全く意味が分からないね。

 

今回の研究では、残念ながら登山をする理由までは分からなかったよ。あくまで1つ考えられることとして挙げられるのは、捕食者から逃げるため、というのは考えられるよ。

 

アンデス高地に適応した捕食動物であっても、さすがにアンデス山脈の山頂は高すぎて近寄れないよ。フィロティス・ヴァッカルムを含むネズミたちは、捕食者が寄り付かない山頂に逃げている、と考えることはできるね。

 

とはいえ、餓死や凍死のリスクが高すぎる高山山頂が、捕食者に捕食される殺害リスクに比べて釣り合うのかは疑問で、この推定は間違っている可能性も大いにあるよ。

 

また、高山のネズミたちがどの程度高所に適応しているのかも調査が必要だよ。関連する話として、ロッキー山脈の標高4350mに生息するシロアシネズミの仲間は、特に高所での生存に役立つ遺伝的特徴は見つかってないよ。

 

フィロティス・ヴァッカルムが6000mを超える高所に適応するのに遺伝的特徴を持つのか持たないのか次第では、これほどの高所に生息する哺乳類というのは実は珍しくない可能性すら出てくるよ!

 

高山は一部の人々や登山家以外は寄り付きがたく、調査がほとんど進んでいない地域だよ。これに加えて小さなネズミは見逃しやすいため、これまで生物学者の目を逃れてきたとも考えられるよ。

 

アンデス山脈に生息するネズミたちの研究が進むことで、火星に似た環境とすら言われる厳しい環境でも思った以上に豊かな生態系が明らかになるかもしれない、という点で注目度の高い研究だよ!

 

また、しばしば微生物のみが当てはまるゆえに "微生物" とついている「極限環境微生物」の枠に、フィロティス・ヴァッカルムを含めたネズミたちが入ってもいいんじゃないか、って感じはするよね!

注釈

[注1] 脊椎動物の高度記録 ↩︎
一部の鳥類は8000m以上を飛行する例もあり、記録上の最高高度は、1973年にバードストライクが発生したことによってそれが実証されたマダラハゲワシ (Gyps rueppellii) の1万1300mである。とはいえこれはその高度を長時間飛行できることを証明しているだけに過ぎず、生息とは異なる意味合いとなる。

[注2] 1955年以降 ↩︎
放射性炭素年代測定法は、大気中で発生する炭素14の発生量が一定であるという前提の元に成り立っている。しかし1950年代から大気内核実験が増加したことにより、人工的な炭素14の発生源が生じたことから、概ね1950年から1955年より以降の時代について、正確に年数を測ることはできなくなる。

文献情報

<原著論文>

  • Jay F. Storz, et al. "Discovery of the world’s highest-dwelling mammal". Proceedings of the National Academy of Sciences, 2020; 117 (31) 18169-18171. DOI: 10.1073/pnas.2005265117
  • Jay F. Storz, et al. "Extreme high-elevation mammal surveys reveal unexpectedly high upper range limits of Andean mice". bioRxiv, 2023. DOI: 10.1101/2023.08.22.554215
  • Jay F. Storz, et al. "Genomic insights into the mystery of mouse mummies on the summits of Atacama volcanoes". Current Biology, 2023; E33 (20) PR1040-R1042. DOI: 10.1016/j.cub.2023.08.081

 

<参考文献>

 

<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)

  1. Phyllotis vaccarumの生きた個体: University of Nebraskaのプレスリリースより。 (Image Credit: Marcial Quiroga-Carmona)

  2. サリン山の山頂からの眺め: University of Nebraskaのプレスリリースより。
  3. 遺伝子の違いを表したグラフ: 原著論文Fig1よりトリミング。

 

 

彩恵 りり(さいえ りり)

「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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