言語野の人間特異的特徴を探して(10月13日号 Science 掲載論文)

2023.11.04

私の個人的印象だが、我が国のサル学は人間もサルという点を重視する傾向にあり、一方欧米では人間とサルは違うという点を重視するように感じている。チンパンジーのゲノムが解読されたとき、人間のゲノムと1.2%しか違わないことが強調されたが、逆に1.2%も違っているとも言える。

 

私たちが最も知りたいのは、脳の発生や機能に関わる分子の働き方の差で、研究が進めば進むほど、人間とサルには様々なレベルで大きな差があることが明らかになり、この大きな差をどう統合して機能の違いを説明するかが21世紀の重要な課題の一つになった。

 

本日紹介する論文

今日紹介するシアトルにあるアレン脳研究所からの論文は、人間の言語野に相当する領域の皮質組織から分離した核内RNAを single cell level で解析した snRNA sequecing を、人間、ゴリラ、チンパンジー、アカゲザル、そしてマーモセットで比較し、人間とサルの差を細胞レベルで際立たせようとした研究で、10月13日号 Science に掲載された。

 

タイトルは「Comparative transcriptomics reveals human-specific cortical features(遺伝子発現の比較により大脳皮質の人間特異的な特徴を明らかにする)」だ。

 

解説と考察

この研究ではトータルで60万個に及ぶ質のいい核のデータを集めており、言語野という限られた皮質領域だけでも、150種類近くの細胞に分類することが出来る。それを、個体間、種間で詳しく比較し、個体間の差を差し引いた上で、それぞれの種を代表するデータに転換し、それを各細胞レベルで比較している。

 

まず、この領域の細胞の種類や皮質内での分布はほぼ共通と言えるが、マーモセットと比べると大きな変化を認めることが出来る。すなわち、皮質構造が広鼻ザルから狭鼻ザルへの進化で大きく変化する。

 

細胞レベルで比較したとき、人間とゴリラ/チンパンジーの差が最も見られるのは神経細胞ではなくグリア細胞で、中でもミクログリアは大きな差が存在する。

 

しかし似ているとは言え、100を超す遺伝子発現の違いが神経細胞で見られ、この違いはまずシナプス形成に関わる、マトリックス分子や細胞接着因子に集中している。

 

これまで人間への進化の過程で変異が促進したゲノム変化がデータベースとして整理されているが、まさにこの違いの多くが、今回細胞レベルで特定された人間とサルの違いを説明できることも明らかになった。

 

まとめと考察

いくつかの個々の遺伝子の差についても議論しているが、省略する。要するに、特定の皮質で見たとき、細胞は似ていても、詳しく見ると人間とサルの差として何百もの遺伝子発現の差が厳然と存在すること、さらにこの差はそれぞれの細胞レベルの差を生み出していることが改めて明らかになった。

 

そう考えると、自閉症や統合失調症のメカニズムと比べても、遙かに膨大な差が存在すると言え、人間とサルが似ていることを強調するのは簡単だが、その違いを説明するのがいかに難しいかわかる。

 

このために、脳の病気も含めて膨大だが質のいいデータを集め続けているアレン研究所の活動には頭が下がる。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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