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とある理由で、10月23日は化学の日だ。なぜだか分かるだろうか?
それでは正解の発表といこう。答えは「アボガドロ定数にちなんで」だ。
アボガドロ定数……日常生活では聞き馴染みのない言葉だが、現代化学の基礎となる数字でもある。個数を表す定数で6.02214067 × 1023 /molという、とても大きくそして細かな数字だ。一体どのような経緯で、こんな数になったのだろうか? そこで今回は、アボガドロ定数がどのようにして決まったのかについて解説していく。
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あなたが体重を量る時、どのような所で量るだろう?
部屋の明るさや温度、室内の電圧にちゃんと気を配っているだろうか? そんな事していないって? 令和の世に何を言っているんだろう。体重測定の環境に神経を尖らせるのは、いたって普通のこと……では、もちろんない。体重を量るのに、明るさや温度や電圧などは無関係だからだ。体重計が水平に置かれているかさえ気をつけておけば、問題なく量る事ができる。あなたの体重が部屋の環境に影響を受けたりしないし、与えたりしない。体重と部屋の環境は独立したものだ。
実は2023年10月23日現在において、アボガドロ定数も何かに影響を受けたり与えたりしていない独立した定数である。2019年5月20日の国際度量衡総会の定義では、6.02214067 × 1023 /molは何らかの実験の結果求められた値ではなく、「この個数をアボガドロ定数とする」という定義によって決められた値なのだ[注1][注2]。そして、アボガドロ定数個の粒子を1とする値がmolだ[注3]。
molの導入によって、化学反応の系の構築や理解が容易になった。現代化学においては無くてはならない単位である。
国際度量衡総会の定義では、アボガドロ定数が定義値であるということはわかった。しかしながら、ここで一つの疑問が湧く。定義に実験が必要のない値なら、そもそもなぜ作られたのだろうか?
続いて、アボガドロの唱えた仮説について解説していく。……ダジャレじゃないよ?
3つのビーチボールがある。同じ気温、同じ気圧の条件の下、これら3つをそれぞれ次の方法で同じ体積に膨らませてほしい。
① あなたの呼気。必死にぷ〜ぷ〜して膨らませてほしい。
② 空気入れ。何度もシュコシュコして頑張ってもらいたい。
③ パーティ用のヘリウムガス。人差し指一つで楽チンだ。
3つのビーチボールが膨らんだ所で一つ質問をしたい。3つのビーチボールのうち、気体分子の個数が最も多いのはどのビーチボールだろう? 少し考えてほしい。
それでは正解の発表だ。答えは「全て同じ個数」だ。
二酸化炭素CO2をたくさん含んでいそうな①も、フワフワと浮いていってしまいそうな③も同数だ。
実はこれこそがアボガドロの唱えた仮説だ。
アボガドロは気体の種類によらず、同じ気温、同じ気圧の条件であれば、同じ体積の気体は同じ個数の原子や分子からなるという仮説を唱えた。そして後年の実験により、0 ℃, 1気圧で22.4 Lの気体は約6 × 1023個の粒子からなると証明された[注4]。この法則をアボガドロの法則という[注5]。
約6 × 1023個の粒子……どこかで見た覚えのある数字だ。そう、アボガドロ定数は気体中の粒子の個数を示す値として出発したのだ。
気体の体積が22.4 Lの時は約6 × 1023個、44.8 Lなら約12 × 1023個と比例して増減するためわかりやすい。一方で、約6 × 1023個といちいち表記するのは面倒臭い。そこで誕生したのが、アボガドロ定数を1とする単位molというわけだ。
アボガドロの法則を実証する事で、約6 ×1023個という数値が登場したことがわかった。しかしながら、原子や分子は肉眼では見る事もできない微小な粒子である。一体どうやって数を数えたのだろうか?
続いて実際にアボガドロ定数がどのような方法で求められてたのかについて解説していく。
最初に触れたように2023年10月23日現在、アボガドロ定数は定義値化された固有の数値だ。実験技術の進歩で大きくなったり、変更されることはない。
しかしながら、そもそもアボガドロ定数は様々な手法で測定された実験値であった。放射性崩壊を利用した方法や、電気的な性質を利用した方法など様々な方法が取られていた。中でも定義値とされる直前まで使用された、最も精度の良い方法が28Siの結晶を使った方法だ[注6]。
どのような方法かを考える前に、こんな例を考えてほしい。
箱いっぱいに詰め込まれたみかんがある。箱の中のみかんの数を、秤を使って求めるにはどうしたら良いだろう?
方法はたった3ステップだ。
みかん全部の質量を量る。(A)
みかん1個の質量を量る。(B)
次の式で計算する。(C)
A [g] ÷ B [g/個] = C [個]
すなわち、全体の質量を1個あたりの質量で割れば良い。とても単純だ。
この単純な方法を、28Siの単結晶に対しても行なった。すなわち、結晶全体の質量を、結晶中のあるSiの数あたりの重さで割ったのだ。これにより、結晶全体で幾つのSiが存在するかが分かる。あとはこの結晶が何 molあるのかがわかれば、アボガドロ定数が導けるというわけだ。この実験により、アボガドロ定数は小数点以下第9位まで測定する事ができた。
しかしながらこの値は、質量の定義と密接に関係してしまっている。質量の定義が変更されてしまえば、連動して影響を受けるという側面も持っていた。そういった事情もあり、国際度量衡総会は、物質量mol等7つの基本単位を定義する定数を、互いに独立したものに変更したというわけだ。
ここまで、アボガドロ定数がどのような定数なのかについて解説してきたが、いかがだっただろうか? ちなみにアボガドロ数6.022 × 1023を指数を使わずに言うと、6022垓になる。何かの必要がある際にはドヤ顔で披露してみよう。
最後に、記事の趣旨からは少し外れるが単位に関する変更や研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。
いま、科学界、いや単位を必要とする全ての場面でげんきが無くなっている。世界のあらゆる場面で活力が失われている……と言う訳では無い。
2019年の国際度量衡総会の新定義によって変更されたのは、実は物質量molだけではない。長さの単位mや絶対温度の単位Kなど、基本となる7つの単位全てが何らかの形で見直された。中でも重さの単位kgは、従来使っていた1 kgの基準となる物体・キログラム原器を使用しない定義となっている。これにより7つの基本単位すべてが、人工物に依存しない定義へと変更されたのだ。
この変更により、実験結果が単位の定義に与える影響が無くなり、より優れた手法や原理の実験が期待されている。原器の無い世界は、科学を活発にさせる元気に満ちた世界だ。
SI単位系は世界のどこでも使用可能な国際的な単位群だ。国際的な単位群とわざわざ言うということは当然、非国際的な単位群もある。尺貫法やヤードポンド法だ。尺貫法は古代中国で生まれた単位群の考え方で、紀元前1000年ごろの商国の時代にはすでに成立していたと考えられている。現在でも建築物を作る際には、寸や尺という単位を使用するのでご存知の方も多いだろう。
実はこれらの単位の値もこっそりと変わっているのではないかという研究がある。現在広く使われているのは1寸 = 3 cm、1尺 = 30 cmというものだ。しかしながら、同身寸法という体のある2地点の距離を測ると言う方法によって調べると、1寸 が約2 cm、1尺が約23 cmになるのだという。一般販売されている差し金の寸法が変わる訳では無いが、知っておくと少し世界が広がる話だ。
Rob Lewis, Wynne Evans. 『基礎コース 化学』. 東京化学同人.
数研出版編集部. 『改訂版 視覚でとらえるフォトサイエンス 化学図録』. 数研出版.
数研出版編集部. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 化学図録』. 数研出版.
アダム・ハート=デイヴィス 総監修、日暮雅道 監訳. 『サイエンス大図鑑【コンパクト版】』. 河出書房新社.
池内 了. 『知識ゼロからの科学史入門』. 幻冬舎.
小山慶太. 『科学史年表 増補版』. 中公新書.
[注1] 「アボガドロ定数」と「アボガドロ数」という言葉も聞き覚えがあるかもしれない。この2つ、実はAvogadro constant, Avogadro numberというれっきとした定義のある言葉なのだ。が、ざっくり言ってしまえば、アボガドロ定数は単位も含めた全体で、アボガドロ数はアボガドロ定数の数字部分だ。 (本文へ戻る)
[注2] 「国際度量衡総会の決議により」と聞いてもピンとこないかもしれないが、「SI単位系の定義が変更になった」と言われれば納得される方も多いだろう。つまりは、国際的な単位を取り決める委員会で再定義されたという事だ。当然、尺貫法やヤード・ポンド法の定義については触れられていない。 (本文へ戻る)
[注3]molやアボガドロ定数について「12Cがどうのこうの」というような話を朧げに思い出された方もいるかもしれない。実はmolの旧定義は「0.012 kgの12Cに含まれる原子の数」であり、アボガドロ定数という単語は含まれていなかった。調べてみて初めて知った。 (本文へ戻る)
[注4] と、ここだけ抜き出せば提唱後すぐに証明されたかのようだ。しかしながら実際には、半世紀近く日の目を見ることなく、証明されるのはさらに半世紀近く経ってからだった。都合1世紀近くの間、アボガドロの説は立証されなかったというわけだ。科学史に待ち時間あり。 (本文へ戻る)
[注5] アボガドロのもう一つの功績は分子説だ。アボガドロの活躍した19世紀初頭、H2やCO2ように一種の分子に同一種の原子が複数関わるとは考えられていなかったため、体積2の水素と体積1の酸素で体積2の水蒸気、などは説明できなかった。アボガドロは分子説を示して、この矛盾を解消した。 (本文へ戻る)
[注6]様々な方法があるということは、様々な値が発表されたということでもある。葉月の周囲にある資料だけでも、6.0221367 × 1023(2007年)、6.02214179 × 1023(2014年)、6.022145 × 1023(2016年)など様々な値で表記されている。調べるまで、一つに決まった値だと思っていたのでとても混乱した。 (本文へ戻る)