マンボウの未知の能力を撮影した可能性がある動画が大反響! 興味深い動画を考察してみた。

2023.10.13

 2023年10月7日、池袋にあるサンシャイン水族館がマンボウの動画を X(旧Twitter)に投稿した。その動画は、水槽の底で体を横たえているマンボウが、飼育員が水槽の上に来たことを察知すると起き上がり、水面の方に泳いでいって顔を出し、餌を催促するという動画だ。サンシャイン水族館がこの動画を投稿した理由は、「来館客からマンボウが水槽の底で横になっているが大丈夫なのか?」と聞かれることが多いからであった。

 

 私がこの記事を執筆している時点で16,000リポスト(旧リツイート)、58,000いいね、1,400万回以上再生されているほど大きな反響があった。特に動画の後半で、マンボウが水面から顔を出し、口から水鉄砲を吐いて必死に餌を欲する姿に「カワイイ」「結構よく動く」などのコメントが多数寄せられていた。

 

私はこの動画を最初に見た時、マンボウの未知の能力が映像に収められている可能性があるなと感じた。今回はこの動画から考察された興味深い点について私見を述べたいと思う。

 

 

マンボウが水底で体を横にしていることについて

まずは一度動画をご覧頂きたい。

 


 最初、マンボウは水槽の底で、体の側面を横にして過ごしている。まるで横になって寝ているようだ。

 

 普段は水底に対して垂直な体勢で泳いでいるマンボウが、水底に対して平行な体勢になっている状態を見ると、具合が悪いんじゃないかと心配してしまうのも無理はない。しかし、ひれは一定のリズムで動かしているので、実際は具合が悪いわけでもなさそうだ。

 

 なぜ、そんなことが言えるのか? それは死の直前に撮影されたマンボウの動きと全然違うからである。2018年10月29日、サンシャイン水族館で飼育されていた別個体のマンボウが死亡した。死亡した日のまだ生きている時に撮影された動画があるので、見ていただきたい。

 

 

ひれが全然動いておらず、エラの開閉も弱々しく、水槽内の微弱な水流に流されている。今回の動画と死にかけのマンボウの動画を比較すると、動きが全然違うのがよく分かって頂けることだろう。

 

 マンボウが体を横たえる行動は、水面で行うことが有名で、「マンボウの昼寝」とも呼ばれる。マンボウが水面で体を横たえる行動は、深海に餌探しに潜った後で、冷えた体温を回復させることが主な目的であると考えられている(つまり睡眠ではない)。水族館の水槽は基本的に水温が一定であるため、マンボウが体を横たえる必要は無いのだが……今回の動画のように、マンボウは水槽内でも体を横たえる行動を行う時がある。

 

 水槽内で体を横たえる行動は、今回の動画のように水底でやる時もあれば、水面でやる時もあり、また水面と水底の間で体を横たえる時もあることを、私は観察している。死にかけの時以外で、どのような理由でマンボウが水槽内で体を横たえるのかは、正直よく分からない。

 

 今回の動画を見て頂いたら分かるように、水底で体を横たえていても、その後、普通に起き上がって水面に泳いでくることができるので、特段具合が悪いようでもなさそうだ。サンシャイン水族館のポストで「実は、横に寝転がってエサ待ちしているだけなんです」と書かれていた影響で、マンボウが怠けているという印象を受けた X ユーザーも多かったが、実際に怠けているかどうかは私には分からない。

 

 X 上で流れてくる他種の飼育魚の動画を見ていると、野生の個体より緊張感が無く、水底に寝転がる行動をする個体もいるようだ。

 

 

 しかし、主に外洋で暮らすマンボウが、外敵のいない環境に置かれたからといって、体を休めるために横倒しになるものなのだろうか? 他の魚と違って、マンボウは臀鰭しりびれが著しく高いので、お腹を水底に着けることができず、水底で横倒しになった場合、眼と胸鰭むなびれが傷付くデメリットしかないような気がする。しかし、このマンボウが水底で横になったり起きたりする行動は、サンシャイン水族館だけではなく、他の水族館でも観察されている。

 

餌待ちで水面を見るために体を横にしているのか?

 マンボウが水槽の上から餌がもらえることに対応して、水面を見るために体を横にしている(餌をもらうまで寝転んで過ごしていて賢い)というコメントがいくつか見られた。確かに合理的な意見だが、実際マンボウは一日の中で体を横にしたり、普通に泳いだりしているので、これはサンシャイン水族館のポストが誤解を招く表現をしていたと私は考えている。餌を待つために体を横にしていたのではなく、体を横にしていたら餌の時間が来た、が正しいと思われる。餌にすぐありつきたければ、水面付近で滞在していればいい話だが、実際はそうしていない。

 

 

マンボウはどうやって飼育員を感知したのか?

 今回の動画で私が一番気になったのがこの疑問である。飼育員はカメラを持って、段差を上って水槽の上からマンボウを写す。すると、マンボウは少しバックに泳いで体を立て直した後、水面に向かって泳いでくる。

 

 水底からどうやって飼育員を感知したのだろうか? 

 

 サンシャイン水族館のマンボウ水槽の深さは 2.2m。それほど深くはないが、水底から水面までマンボウは眼で見て飼育員の存在を捉え、水面に上がって来たのだろうか? 確かにマンボウは魚の中では視力は悪い方ではなく、眼が体の側面にあるので人間より視野も広い。水面に姿を現した飼育員を眼で捉えていた可能性は考えられる。

 

 もう一つは聴力だ。私が知る限り、マンボウの聴力に関する知見は見当たらず、未知の能力である。飼育員が段差を上る時、ガタッと音が鳴っている。人間でも急にガタッと物音がすれば周囲を見渡すだろう。同様に、通常と異なる異音が水中にも伝わっているのであれば、マンボウがそれを餌の合図として学習し、その音が聞こえたら水面の方に向かうかもしれない。

 

 もしくは聴力と視力の両方、または全く別の器官で飼育員を感知していたのかもしれない。水底からどうやって飼育員を感知したのかについて、聴力か視力かについては簡単なテストを行うことができる。マンボウが気付いていない状態で水槽の上に行き、絶対に水面に姿を現さない状態で足音を鳴らして、マンボウが水面に来れば、聴力で感知していると言えるだろう。視力のテストについては、水槽の上に行き、しばらく音を鳴らさない時間を作ったのち、音を立てないように水面に姿を現して、マンボウがそれに反応すれば、視力で感知していると言えるだろう。どの説が正しいか、動画に撮りながら確かめて欲しいところである。

 

 

マンボウの水鉄砲に関する考察

 マンボウが水面から顔を出し、立ち泳ぎしながら口から水鉄砲を吐き出しているのは、餌を求めているからだと思われる。多くのコメントにもあったように、その姿はまさに池で餌をあげると寄って来るコイのようだ。私的にはマンボウが水を吐き出す量と、水鉄砲を飛ばす距離が気になる。これも具体的な研究例が無い未知の能力である。

 

 動画の中で、マンボウは最後の11秒間、一度も水中に戻らない状態で、水面から顔を出し、合計3回の水鉄砲を放っている。面白いのが、1回目から徐々に水鉄砲を吐き出す高さが高くなっていっていることだ。


 

 



 口の中に溜めていた水なのか、消化管からの水も吐き出しているのか、分からないことはまだまだある。少なくとも11秒間は空中に顔を出し、息をしなくても問題がないことが分かった。動画は途中で終わっているが、最終的に何秒間水面から顔を出し続けることができるのかも気になる。素朴な疑問に対し、明確に答えられないということは分かっていないということだ。

 

 わかっていないということは、どんなことであれ、調べる価値があると私は思う。

 

 今回撮られた動画には興味深いマンボウの行動がたくさん詰まっている。この動画にはマンボウの未知の能力がまだまだ記録されているかもしれない。

 

 

今日の一首

 マンボウの
  人間感知
   どうやった
    視力聴力
     未知の能力

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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参考文献

Kino, M., Miayzaki, T., Iwami, T., and Kohbara J. 2009. Retinal topography of ganglion cells in immature ocean sunfish, Mola mola. Environmental Biology of Fishes, 85: 33-38.

澤井悦郎.2017.マンボウのひみつ.岩波書店.東京,208pp.

澤井悦郎.2019.マンボウは上を向いてねむるのか:マンボウ博士の水族館レポート.ポプラ社.東京,207pp.