アルツハイマー病を調べ尽くす。2,クロマチン解析 (9月28日号 Cell 掲載論文)

2023.10.14

ADシリーズ論文2番目は single cellレベル のエピゲノム解析になる。実は今回紹介する4編の論文の全てはMITからの論文で著者もオーバーラップしており、ADについての一種の班研究のまとめを読む感がある。おそらく連携しながら、ADを網羅的に調べ尽くすグループ研究のように思える。

 

本日紹介する論文

今日紹介する論文のタイトルは「Epigenomic dissection of Alzheimer’s disease pinpoints causal variants and reveals epigenome erosion(アルツハイマー病のエピゲノムは病気発生に関わる多様性とエピゲノム浸食をあきらかにした)」だ。

 

解説と考察

この研究では、single cell RNA sequencingで遺伝子発現レベルを調べるとともに、single cellレベルのATAC-seqにより、転写を調節領域のクロマチン状態を調べている。これにより、遺伝子発現を転写調節領域のクロマチン状態と統合した上で、転写領域の活性を、遺伝子発現の強さとして推察することが出来る。

 

大変な作業だが、これが出来ると、ADリスクと相関するとしてこれまでリストされてきたゲノム領域の機能を特定できる可能性がある。ADリスク遺伝子には、蛋白質をコードしている遺伝子変異が当然存在し、AD理解に重要な役割を果たしてきた。

 

例えばAβの蓄積と病態が一致しないというデータを聞きかじって、Aβ仮説が間違っていると唱える声をよく聞くが、アミロイド遺伝子や、それを切断する酵素の変異がアルツハイマーリスク遺伝子として特定されていることは、Aβ蓄積がAD進行に関わることを明確に示している。

 

ただ、このような蛋白質をコードしている領域のAD関連変異は多くなく、ADと相関が示されている多くの遺伝子のほとんどは、コーディング領域外に存在している。このようなADリスク領域の機能を調べるためには、この研究のように遺伝子調節領域と遺伝子発現が統合され、調節領域の活性を推定する方法が必須になる。

 

研究ではまず、これまで特定されてきたAD関連調節領域の多型を、この研究で特定した遺伝子調節領域と比べ、ADリスク多型領域の機能を探っている。こうして遺伝子発現調節と関連付けられたADリスク領域は69種類に及び、期待通り多くのADリスク領域が転写調節の増減を介してADに関わることを示している。

 

こうして遺伝子発現領域と関連付けられたADリスク領域の中で、最も明瞭な相関を示した領域の多くは、ミクログリアで働いていることがわかった。これら19種類のADリスクとして遺伝できる領域の半分は他の細胞でも遺伝子調節に関わっているが、残りの半分はミクログリアだけで働いており、インターフェロン刺激遺伝子のような炎症に関わる遺伝子発現に関わっていることがわかった。

 

最後に、ADの進行により変化が見られる遺伝子発現モジュールを探索すると、進行したADではせっかく統合したクロマチン情報と遺伝子発現情報の関係の明瞭さが失われることに気がつく、この原因を探ると、基本的にATAC-seqで得られるOpen/Closeの差が不明瞭になり、クロマチン状態の正確な維持が出来なくなっていることが明らかになった。この背景には、核内の3次元構造の崩壊が関わることもLaminB1染色を使って明らかにしている。

 

まとめ

以上、エピジェネティックスからはあまりはっきりした結果は出ないのではと思いながら読み始めたが、最後の結果は面白い。明日はDNA損傷の論文を紹介するが、このクロマチン構造の崩壊とDNA損傷とは深く関わるのではないかと思うが、明日をお楽しみに。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

このライターの記事一覧