日本周辺におけるマンボウ類の実際の年間漁獲量の変動~岩手県を主として~

2023.10.03

 2023年9月末、ウツボ類の資源量が減少しているという話が、インターネット上で話題になった。私達が直接観察することが難しい、海の中の生物の資源量は、想像しているよりもあちこちで減少しているようだが、海洋生物の資源量の調査は基本的に水産重要種に限られ、ほとんどの種の資源量はよく分かっていない。

 

 今回は、日本周辺におけるマンボウ類の年間漁獲量について、全国の水産試験場への聞き取り調査や岩手県水産技術センターが公開している「岩手大漁ナビ」にて調査した結果を共有したい。

 

 結論を先に述べると、岩手県のみのデータであるという前提ではあるが2000年から緩やかに減少傾向にあることがわかった。それではその内容について、詳しくお伝えしていこうと思う。

 

 

日本近海にマンボウ類がどのくらいいるのか、わからない。

 先述の通り、海洋生物の資源量について詳細に把握されているのは水産重要種に限られている。マンボウ類も資源量がよく分かっていない魚類の一群で、「日本近海にマンボウ類がどのくらいいるのか?」という素朴な疑問に私はうまく答えられない。

 

 私は2021年に全国の水産試験場該当機関に直接電話を掛け、マンボウ類の漁獲データを持っていないか聞き取り調査を行ったが、なんらかのデータを得られたのは海に面する39県中12県にとどまった。マンボウ類を食べる主要な県からは大体データをもらえたものの、網羅はできなかった。しかも、データは種レベルではなく科レベルで、可食部の重量と魚体丸ごとの重量が混在しているなど、様々なバイアスがかかっている漁獲データしか得られなかった。

 

得られたデータを見てみると

 とはいえ、少しでもデータが得られただけマシである。定置網の年間漁獲量のデータが得られたのは12県のうち太平洋側7県(岩手県、宮城県、茨城県、千葉県、三重県、高知県、宮崎県)、日本海側4県(富山県、石川県、福井県、島根県)の11県だ。 これら11県を合計したマンボウ類の過去20年の年間漁獲量の範囲は、40,410~158,746 kg(平均108,220 kg)であった(参考文献に詳細あり)。

 

 実際はもっと多く漁獲されていると思われるが、少なくとも毎年平均で108トン分のマンボウ類が日本近海で漁獲されているということになる。普段水族館でマンボウ1個体しか見る機会がない人からすると、そんなにいるの?と驚かれたことだろう。

 

 それでは次に、この20年間の11県の平均年間漁獲量を多い方から見ていこう。

 

岩手県 65,223 kg 太平洋側
宮城県 29,520 kg 太平洋側
高知県 11,461 kg 太平洋側
千葉県 3,090 kg 太平洋側
三重県 2,695 kg 太平洋側
福井県 1,508 kg 日本海側
茨城県 734 kg 太平洋側
富山県 239 kg 日本海側
島根県 92 kg 日本海側
石川県 39 kg 日本海側
宮崎県 9 kg 太平洋側

 

 マンボウ類を伝統的に食する地域が漁獲量も多い傾向になった。太平洋側と日本海側を単純に比較すると、圧倒的に太平洋側の方が漁獲量が多い。これはマンボウ類の食する地域が多いこととも関係がありそうだ。マンボウ類を食べるから漁獲も多いのか、漁獲が多いからマンボウ類を食べるのか……食との関りは興味深い。

 

 この20年間の11県のマンボウ類の年間漁獲量は、県別に見ると、他の魚類同様増える年があれば減る年もあって、増減を繰り返していた。しかし、岩手県と宮城県の年間漁獲量の緩やかな減少に引きずられて、全体的に緩やかな減少傾向にあった。

 

 この年間漁獲量の減少がどういった要因で引き起こされているのかについては、環境要因なのか人為的要因なのかよく分からない。しかし、人為的要因の可能性の一つとして、日本全体における定置網の経営体数の減少が挙げられる。マンボウ類を漁獲する漁師が減れば、そりゃ漁獲量も減るよねという話だ。2003年で 5,426 もあった定置網の経営体は、2018 年で 3,236経営体に減少していた。

 

 逆説的に考えると、マンボウ類的には漁獲する人が減るので、生き残りは多くなるはずだが……実際はどうなのか全く分からない。

 

 

「いわて大漁ナビ」で、2000年からの漁獲量推移を調べる

 マンボウ類の漁獲量データについて、岩手県水産技術センターは「いわて大漁ナビ」というサイトを公開していて、市況検索の「水揚日」、「市場」、「漁業種」、「規格」、「魚種」を選択して検索すると、岩手県の漁獲における結構細かいデータを引き出すことができる。

 

 このサイトでマンボウ類は「マンボウ類」として種がまとめられているが、他県にはこのシステムが無いので、かなり有用だ。市況検索は1994年から現在までのデータを出すことができるが、今回は2000年から最新の2022年までの定置網におけるマンボウ類のデータを引き出してみた。

 

 選択した項目ごとに分けられた細かい情報が一覧で検出されるので、それをエクセルにコピペするなどして自分の必要とするデータを取捨選択していく。県レベルなので「市場」の項目はすべて合算、重さの形態は問わないので「規格」の項目もすべて合算して、年ごとの岩手県の定置網によるマンボウ類の年間漁獲量を棒グラフにすると、以下のようになった。また図には各市場の年間水揚日数の合計値(マンボウ類が漁獲された日ではなく市場が開いていた日)も加えた。


 年間漁獲量は年によって大きく増減していることがお分かり頂けることだろう。このグラフでは個体数は分からないが、マンボウの卵数と生残率のトピックでも書いたように、毎年2個体しか生き残らない訳ではなく、日々変動しながら滅びずにいることを何となく感じ取って頂ければ嬉しい。

 

 年間漁獲量を見てみると、2011年と2020年に著しく低下している。2011年に年間漁獲量が落ちた原因は東日本大震災の大津波で定置網が壊滅的な被害を受けたことである。これは年間水揚日数が著しく低下していることからも明らかだ。しかし、2012年には東日本大震災が起こる前と同レベルにまで年間漁獲量が回復していることには驚いた。岩手県の漁業復興の早さをこの図からも感じ取ることができて本当にすごいと思った。

 

 2020年に年間漁獲量が低下した理由は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行った最初の年で様々な行動制限があったことが影響しているのではないかと思ったが、年間水揚日数的にはコロナ前とあまり変わらない。定置網は出漁数が少なかったが、他の漁業は例年通り行われていた可能性などを考えたが……そういえば2020年の岩手県はコロナ感染者が日本で一番最後だったことで注目されていたので、漁業的には通常通りだったのかもしれない。2021年も年間漁獲量がそのまま低迷していたことを考えると、人為的要因というよりもむしろ、環境的要因の方が大きく影響していた可能性がある。

 

 2020年に岩手近海で何が起こっていたのかはまた改めて調査しなければならない。このまま低迷が続いたらマンボウ類もいよいよヤバいかもしれないと危惧していたが、2022年は年間漁獲量が少し回復していた! このまま平均的なところまで増えていってくれることを願いたい…。

 

 

まとめ

 今回の記事は岩手県の定置網の事例がメインであるので、他県や他の漁具ではまたマンボウ類の漁獲事情が異なる可能性は十分にある。だが、日本で一番漁獲されている場所・一番漁獲される方法で減少傾向が示されたことは注意して見ておく必要があると考えている。

 

 年間水揚日数も緩やかに減少しているので、単に漁業をする回数が減ったからマンボウ類が獲れる量も減っている、ということであれば大きな問題はないのだが、漁業的要因と関係なくマンボウ類が減少しているのであれば、今後、漁獲規制など何らかの対策をしなければならなくなるかもしれない。

 

 マンボウ類も海洋生物であるため、最近企業で流行のSDGsの14番目「海の豊かさを守ろう」に関連する。記事前半で述べた『マンボウ類が日本近海にどれだけいるのか?』という素朴な疑問に答えるためにも、課題は山積みだ。この課題をクリアするためには漁業者との連携が不可欠なのである。

 

 

今日の一首

 全国の
  マンボウ漁獲
   分からない
    でも108トンは
     獲られているよ

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

このライターの記事一覧

参考文献

澤井悦郎.2021e.2000-2020年の12県における定置網によるマンボウ科魚類の漁獲データ.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 10: 49-59.