寒さを感じて食欲を高める脳回路(8月16日 Nature オンライン掲載論文)

2023.09.06

75歳を過ぎた今の食欲を考えてみると、体調に左右されるが特に季節性は感じない。勿論食べ物の季節性はある。例えばそーめんはめったに冬食べないし、鍋物は冬に多い。ただ、生理的には動物は寒くなると自然とたくさんの食物をとる。これは、寒さに対抗する熱を発生させるためにエネルギーが必要だからと説明されている。

 

今日紹介する米国スクリップス研究所からの論文は、寒さに対応して代謝がスイッチすることで起こる行動変化に関わる回路を明らかにした研究で、8月16日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Xiphoid nucleus of the midline thalamus controls cold-induced food seeking(視床正中核内の剣状核が寒さで誘導される食物探求行動を調節している)」だ。

 

最近の行動脳科学は、どの行動に注目するかが勝負で、後は様々な道具が揃っており、ずいぶん研究はやりやすくなっている。マウスは4度の部屋に移すと、まずジッとしてエネルギーを熱生産に回すのだが、3-5時間ぐらいすると今度は食欲が上昇し、食べ物を探すため動きが増える。すなわち、寒さだけでなく、寒さが持続して代謝が変化したことで、食べ物を求める行動が始まる。

 

この行動変化のスイッチを入れる脳領域を、脳全体の活動を低温に晒したマウスで記録することで調べると、ほとんどの脳領域では温度が下がると活動が低下するが、視床正中核の剣状核という極めて小さな領域で活動が高まることがわかった。

 

活動する脳領域が特定されると、後はこの領域を刺激する実験に移るが、剣状核はほとんど研究されておらず、よい分子マーカーもないことから、低温に長時間晒された時興奮した神経をラベルするキャプチャー法を用いて、特異的刺激を行い、この領域の刺激により食欲が上昇するとともに、食を求める行動にスイッチが入ることを明らかにしている。

 

この領域の刺激による行動をさらに詳しく調べると、常温でいくら刺激しても行動は変化しないことがわかる。すなわち、低温に晒されたときだけ行動変化を誘導していることがわかる。

 

様々な実験から、このスイッチは剣状核のグルタミン酸作動性ニューロンが担っていることが明らかになったので、次に神経投射実験を投射領域から逆行性に追跡する方法を用いて調べ、いわゆる報酬回路の核になっている側座核へ投射する神経回路によりこの行動が調節されていることを明らかにしている。

 

結果は以上で、要するに一種の本能行動も、寒さによる代謝変化というコンテクストに応じて合理的に調節されていることを示した面白い研究だ。ただ、温度を下げるだけではこの回路は刺激されないので、どのような代謝変化がこの回路を刺激しているのかは今後の課題と言える。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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