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※本記事にてご紹介するシーズ情報は、下記「大学・企業公開技術シーズ」にも掲載されているものです。技術詳細を知りたい方は、こちらも合わせてご覧ください。
もりふじです。変身立体の世界では、ハチは蜂の巣になるし、男の子は女の子になるし、ハートはスペードになります。何を言っているのか分からないと思いますが、最後にはそれを自分で作れるという話になります。ぜひ読んでみてね。
CONTENTS
「大変です!ハチが…鏡に映ると…蜂の巣になってるんです!」
何を寝ぼけたことを。そんなことが起きるわけがないじゃないか。
こ…これは!!!
確かに、ハチが鏡に映って、蜂の巣になっている。
なぜこんなことになっているのだろうか・・と、混乱している間に、今度は魚が蝶になった。
さらに、ハートマークがトランプの4つのマークに。こちらは色まで変化している。
と思ったら今度は母親と女の子が、父親と男の子に変化していた。
混乱してくれてありがとう。これらは「変身立体」といわれ、計算錯覚学の理論と計算に基づいて緻密に作られたものだ。今回紹介するのは、この計算錯覚学という分野を自ら生み出した、明治大学研究特別教授、杉原厚吉先生のストーリーだ。
まずこのような錯視はどうして起こるのか。直接杉原先生に聞いてみた。
杉原先生「私たちは眼の網膜という器官を通じて、三次元の世界を2つの二次元の情報として受け取り、脳で再構成し、三次元を理解します。その再構成の過程で起きるクセを利用することで、錯視を作り出すことができます。」
つまりこれらの作品は、我々の認識のクセをハックして創り上げた作品なのだ。
認識のクセのひとつに「人は直角が大好き」がある。例えば下の動画と、写真を見てみよう。
玉がスロープを登っているように見える。なんとも不思議だ・・ズームした画像はこれ。
この図形をみると、垂直に立った脚の上に、直角に交差したレールがあるように見えてしまう。しかし実際にはこのように、脚も垂直でないし、レールも直交していない。
つまり我々は、物体が直角にも見えうる状況では、なるべく直角だと思い込む性質があるのだ。
この性質を利用したのが上記の「なんでも吸引4方向滑り台」である。もちろん杉原先生の作品だ。この作品は2010年に国際ベスト錯覚コンテストで優勝し、科学論文雑誌として最も有名な「Nature」に取り上げられた。
2つ目のクセは「高さが一定の筒をみると、その上端は平面だと思い込む」だ。まずはこの画像から。
手前は円柱、鏡に映った奥は四角柱のように見えるが、実際には上端は上下とも平面ではない。
実はこの「高さ一定の筒の上端は平面」というクセは、筒に対して垂直に上端があるべきと捉えてしまうという意味では「人は直角が大好き」の発展形と言える。このクセは強力で、先ほど挙げた滑り台の例(平行、直角に見える位置が限定されている)よりも視点の許容範囲が広い。これを応用することで、変身立体のバリエーションが格段に増えた。実は最初に見せたハチや魚、ハートの写真も、この錯覚を応用したものである。
ハチと蜂の巣の両方に見える立体を別な角度から。高さを一定にして、平面と見間違いやすくしている。
このような変身立体を作り出す理論的背景となっている学問分野である「計算錯覚学」。なぜ杉原先生はこの分野を築き上げるに至ったのだろうか。
実は先生は元々東京大学工学部の教授で、専門はロバスト幾何計算という分野だった。これはコンピュータで立体を、数値誤差が発生しても安定に計算できるための理論で、これをロボットの視覚に応用して研究していた。
そのなかで「不可能立体」(だまし絵のようなもの)の存在を知り、先生は錯視の面白さに気づいてしまった。そして数学的に錯視を起こす立体を作り出す方法を計算し、プログラムで具体的な形を生み出してしまった。
先生はこういった発見を論文という形でまとめて発表するものの、これらの研究をメインにすることはできなかった。テーマの性質上、遊びだと思われてしまうため、隙間時間を見つけて研究を進めた。
魚が鏡に映ると蝶になる立体を別な角度から。このような起伏に気づかず平面に見えるように、厚さを均一にしている。
転機が訪れたのは先生が60歳となる2009年だ。以前は東大教授の定年は60歳であり、先生はそこで引退して自身の計算錯覚学に没頭しようと考えていたが、この頃から徐々に定年が延長されていくルールに変わっていった。そこで思い切って東大を早期退職し、この計算錯覚学に集中する決断をする。
ちょうどその頃、明治大学では「現象数理学」を扱う研究組織「MIMS」(明治大学先端数理科学インスティテュート)が立ち上がったところだった。これは私たちの身の回りのさまざまな社会現象や自然現象を、数学や数理科学の手法により数理的に解明し、社会や日常生活に役立てることをテーマとした研究組織だった。
このMIMS創設者の三村昌泰氏と繋がりがあった関係で、杉原先生はMIMSに移籍し、この計算錯覚学に没頭できることになる。それから先生は数理的なアプローチで様々な立体錯視を生み出し続けた。その結果、ベスト錯覚コンテストに何度も優勝するなど、世界的な活躍を続けている。
ハートがトランプの各マークに映る立体を別な角度から。これも「上端は平面」の錯覚を利用している。色の塗り分けにも注目だ。
このような活躍の秘訣を聞いたところ、杉原先生は「理論だけでなく、証拠で示してきたこと」と答えている。百聞は一見に如かず。変身立体は皆の興味を惹きつける力がある。
数学の理論構築だけで終わらせず、実際にプログラミングによって立体を計算し、それを3Dプリンタで具現化してきたからこそ、このように注目を集め、信頼を得てきたのだ。「坂本龍馬が交渉力を持った背景には、彼が剣の達人だということがあった。同じように自分にとっての剣はプログラミングだ」と話す。実用に活かしてこそという、工学者としての誇りを感じた。
そしてこのプログラミングは先生が東大時代に研究していたロバスト幾何計算を応用したものだ。当時の深い理論研究が先生の「剣」を支えている。
母親と女の子が、父親と男の子に映る立体を別な角度から。これも「上端は平面」の応用だというが、正直、どこからみても錯覚が起き続け、理解できなかった。
ここまで読むと、変身立体は特別な数学の知識が必要で、自分には作れないと思った方もいるかもしれない。しかし、先生はこの立体を作る喜びを皆と共有したいという思いで「変身立体創作キット」を発案した。
図のように、格子に斜線を描いた絵を2枚用意する。(a)は波、(b)は魚をイメージしている。変身立体創作キットは、このような任意の2つの絵の両方に見える立体を作ることができる玩具だ。
原理は以下のとおりである。
各正方形の格子それぞれについて、斜め45度右から見たときと、斜め45度左から見たときに、どのように見えるべきかが以下の表のように考えられる。
斜め右から見たとき | 斜め左から見たとき | パーツ |
空き | 空き | [1] ただの四角 |
空き | 斜線 | [2] 変身立体1 |
斜線 | 空き | [2] 変身立体1 |
斜線 | 向きが同じ斜線 | [3] ただの斜線 |
斜線 | 向きが異なる斜線 | [4] 変身立体2 |
全てのパターンに対応するために必要なパーツは全部で4種類ある。この4種類を組み合わせることで、目的の2つの絵柄を完成させることができるのだ。
[2]の変身立体1の図面。ある方向からは斜線が見えるが、ある方向からはただの四角に見える。
玩具としての用途以外に、ホテルのロビーなどの大きなスペースの壁面を飾るアートとしても使える。人が歩く廊下の壁面に作れば、一つの方向へ進むときに見える図形と、帰りに逆向きに進むときに見える図形が異なるという演出ができる。
このようなアイデアの商品化には、企業の皆様の力が必要だ。杉原先生は過去の商品事例 (明治大学の杉原先生のWebサイト)も豊富であり、実績や知名度もある。何より変身立体それ自体が魅力だ。アイデア含め、商品化にご協力いただける企業の方を募集したい。
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もりふじがアカデミア発の技術シーズを分かりやすく紹介する連載です。技術シーズは社会を変革する力を秘めているスマートでカッコいい側面もあるし、失敗や試行錯誤のエピソードを積み重ねた人間臭い側面もあります。
その両方を楽しんでもらえればと思っています。