ガンとY染色体2題(6月21日 Nature オンライン掲載論文)

2023.07.03

Y染色体上の遺伝子の数は100に満たないし、Y染色体なくても女性は正常に生きることが出来るため、細胞の基本的な分化や増殖にY染色体は必要ないと言える。


しかし、Y染色体が血液幹細胞から失われることは、 マクロファージを介した心臓の線維化を促進することが報告されているので、様々な状況でY染色体上の遺伝子が生理機能に影響を及ぼすことが考えられる。


昨日、Natureにオンライン掲載された2編の論文は、ともにガンの悪性化とY染色体上の遺伝子機能を調べた論文で、ガンの種類は異なっているが、片方はY染色体がガンの悪性化に関わり、もう片方はガンの悪性化を抑えているという結果を示している。


最初の論文はテキサス・MDアンダーソン研究所からの論文で、大腸直腸ガンでK-ras変異を持つ者だけ、男性で予後が悪い、すなわちY染色体が悪性化を後押ししている現象を調べた研究で、


タイトルは「Histone demethylase KDM5D upregulation drives sex differences in colon cancer(ヒストン脱メチル化酵素KDM5Dの発現上昇は大腸ガンの性による悪性度の違いを決めている)」だ。


結論だけを紹介していくが、

  1. 人間の大腸直腸ガンのデータベースから、K-ras変異を伴う、あるいは伴わないガンについて、予後の男女差を調べると、K-ras変異を伴う場合だけ男性の方が悪性で、Y染色体上の遺伝子が悪性化を後押ししていると考えられる。

  2. 遺伝子機能を考えると、Y染色体上のヒストン脱メチル化酵素KDM5Dが唯一の責任遺伝子と考えられ、マウスモデルでこの遺伝子を過剰発現させると、転移性が高まることが確認される。

  3. 最終的に、K-ras自体がSTAT4シグナルを介してY染色体上のKDM5D遺伝子発現を高め、ヒストンの脱メチル化、そしてその結果として、上皮のタイトジャンクションを調節する遺伝子Amotなどの発現が低下、上皮構造から離れて転移しやすくなる。

  4. 同じように、ヒストン脱メチル化により、キラー活性に必須のClass I MHC遺伝子や、ペプチドをロードするTap1、Tap2遺伝子発現も低下、キラーの影響を受けなくなる。

以上、精子形成時の染色体構造変化に関わるKDM5Dが直腸ガンではヒストンの調節機能を狂わせ、K-rasと協調して悪性化を後押しするという結果だ。


これに対し、ロサンジェルスCedar-Sinai医療センターからの論文は、膀胱ガンでY染色体が失われると悪性度が上昇するという現象を追求し、

  1. 膀胱ガン細胞からY染色体の全体、あるいは様々な領域を欠損させ手調べると、KDM5D及びマイナーClass I 抗原と呼ばれる分子UTYが欠損した場合、ガン細胞自体の増殖が上昇する。

  2. Y染色体やKDM5D、UTY遺伝子領域が欠損した膀胱ガンは、PD―L1を含む様々なチェックポイント分子を発現し、キラー細胞を消耗させる。

  3. 従って、膀胱ガンの場合Y染色体の欠損は悪性化につながるが、チェックポイント治療の効果は高い。

ことを明らかにしている。


KDM5Dのように、エピジェネティック調節機構は、細胞のコンテクスト依存性が高いため、エピジェネティックな変化は決して共通でないことから、Y染色体はガンの悪性度に相反する効果を示すことになる。


いずれにせよ、男で悪性度が高いガンについては、今後KDM5Dの役割を念頭に置いて調べることの重要性がよくわかる。

 

 

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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