サラサラ? チクチク? 意外と知らない髪のこと

2023.06.12

 暑くなってきたので髪の毛を切った。カッパに髪ってあるの? というのは……アズワンコにでも訊ねてほしい。髪を切るとサッパリするので年中切りたてでも良いぐらいだが、毎日髪を切ってもらうのも面倒臭いので、いっそ伸びなくなれば良いのでは、などと馬鹿げたことを考えている今日この頃だ。

 それにしても髪というのは、ただ日々の暮らしを過ごしているだけで、スクスクと伸びる。伸びては切ってを生涯にわたって幾度となく繰り返す髪だが、よく考えれば不思議だ。

 同じ人体なのに、腕や足を切っては伸ばして、などという話は一度として聞いたことがない。そもそも髪は、どのようにして伸びているのだろう?そこで今回は、髪の毛が伸びる仕組みについて順を追って解説していく。

 

 キーワードは『角質』だ。


少し詳しく 〜髪と角質化〜

 突然だがクイズだ! ババン!次のうちで、髪の毛に近いものはどれだろう?

 ① 歯
 ② かかとの角質
 ③ 目やに

 選択肢が若干汚い気がしなくもないが、そこは目をつぶって欲しい。

  •  それぞれの主成分について着目してみよう。
  • 「① 歯」は主にハイドロキシアパタイトというCaを含む無機成分からなる。
  • 「② かかとの角質」と「③ 目やに」はどちらも主にタンパク質由来の有機成分だが、前者はケラチン、後者はムチンという成分だ。

 

 それでは正解を発表しよう。
 ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル

 正解は「② かかとの角質」だ!!

 

 「髪」と「かかと」。体の一番上と一番下だが、この2つが近いとは一体どういうことだろうか?かかとの角質の細胞には、ケラチンというタンパク質が沈着している。死んだ細胞が扁平な形で層状になったものがかかとの角質である。このようにケラチンを沈着させて細胞が死ぬ現象を、角質化という。

 角質化はかかとのみならず、表皮の細胞の大部分が持っている能力である[注1]。当然、頭皮の細胞も持っている。と聞くと、頭皮がガサガサのカチカチになる様子を想像した人も多いだろう。しかし角質化によって作られるのは、かかとのような頑丈な皮膚の層ばかりではない。ふわふわの羽毛や、ピカピカの爪、そして今回のテーマである髪の毛なども角質化によって形成されたものだ[注2]

 髪の毛とかかとの角質が、角質化という同じ現象によって出来ていることはわかった。しかしながら、髪の毛とかかとではあまりにも見た目が違いすぎる。髪の毛はどのようにして細長い構造を形成しているのだろうか?

 

 つづいては髪の毛の構造について見てみよう。

 

さらに掘り下げ 〜髪と構造〜

 突然だが、皆さんは何か花を育てたことはあるだろうか? 植木鉢に土を入れ、穴に小さな種を撒く。水をやりながら世話をするとやがて花開く、という経験をしたことがある方も少なくないはずだ[注3]。土をかき分けするすると伸びていく様子は、髪の毛にも通じるものを感じる。

 多くの植物が種から発生するように、髪の毛も毛穴の奥にある毛球という細胞の塊からスタートする。毛球は毛穴の最深部におり、乳頭という血管が集まった突起を包み込むように接している。毛球は乳頭を経由して栄養を受け取ることで、分裂を行う。

 毛球は毛穴の直径よりも大きいため、空気と接した部分の細胞が角質化すると、成長した毛球に蓋がされるような形になってしまう。そこで、毛球は蓋となっている角質を逃すように毛穴の外に向けて成長させる。

 このように毛穴の底で、毛球が成長と角質化を繰り返すことで、角質化した細胞が毛穴に沿って徐々に積み重なっていく。こうして細長く積み重なった角質こそ、毛だ[注4]

 髪の毛が、毛穴に沿って積み重なり形成されることはわかった。それでは、髪の毛は生涯伸び続けるのだろうか?続いては髪の毛の一生について解説していく。

もっと専門的に 〜髪とサイクル〜

 本を読んでいる時、髪の毛が不意にハラリと落ちてきた。という経験をしたことがある人は多いはずだ。特に頭に刺激を与えたわけでもないのに、なぜ髪の毛は抜けたのだろう?

 実は1本の髪の毛は生涯にわたって伸び続けるわけではない。ある時期にだけ伸び、時期が来れば抜ける準備をし、抜ける。そしてまた、伸びる準備を始めるのだ。このサイクルは周期的に行われており、以下のように進む。

 ① 成長期(2~6年) 毛球での細胞分裂、角質化が活発に進む期間。髪はこの期間だけ伸びる。
 ② 退行期(2週間) 乳頭が毛球から離され、栄養を送らなくなる期間。
 ③ 休止期(2~6ヶ月)毛が完全に抜け、新たな毛を生やすための準備期間。

 毛は切られても毛球がある限り伸びることができる。これはイメージに近いだろう。一方で、毛球が乳頭から離されて抜けてしまったものが再び生えるのは少々イメージしづらい。抜けた毛が再び生えてくるとは一体どういうことだろう?

 休止期から成長期への移行期間の際、毛穴にある毛包幹細胞という細胞に対して「毛穴の奥に行って毛球を作れ」という命令が強く送られる[注5][注6]。これを受けて毛包幹細胞は毛穴の奥へと移動し、毛球を作る。毛球ができれば、あとはイメージしやすいだろう。乳頭から栄養を受けて分裂し、角質化を繰り返して伸びていくだけだ。

 ここまで、髪の毛が伸びる仕組みについて解説してきたが、いかがだっただろうか[注7]?漢字の覚え方で「髪は長い友達」というが、まさか年単位だとは思いもよらなかった。最後に、記事の趣旨からは少し外れるが髪の毛を利用した研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。

ちょっとはみ出し 〜髪を利用する〜

 髪が表現するのは「今の自分」だけではない。「過去の自分」の足跡も明らかにすることができ、犯罪捜査の場面では貴重な情報源となる。

 髪の毛は、細胞分裂が活発でありながら、過去の情報を時系列順に保有しているという、生体の中でも珍しい特徴を持っている。この特徴を利用して投薬歴を明らかにする手法が確立されている。

 例えば過去に犯罪に巻き込まれ、睡眠薬を飲まされた場合、それが1度であっても髪の毛の該当箇所からだけ発見することができる。しかも検出するだけでなく可視化も出来るというのだから驚きだ。

 髪の毛が語るのは投薬歴だけではない。個人を特定するのに利用しようという試みがある。「遺伝子鑑定のことね。それくらい知ってるよ」と思われた方もいるだろうが残念ながら、どこで生活し、どのような生活習慣を過ごしてきたかは、遺伝子から読み解くことはできない。

 それではそれらの情報は何を目印にして明らかにするのだろう? ズバリ、髪に付着した微生物だ。髪の毛に付着した微生物の種類や量は、生活している国や生活習慣によって変化することが明らかになっている。

 

参考文献

・Abraham L. Kierszenbaum, Laura L. Tres. 『組織細胞生物学 原初第5版』. 南江堂.

・嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.

・Horesh EJ, et al. “Growth Hormone and the Human Hair Follicle”. Int J Mol Sci. 2021 Dec 8;22(24):13205.

・Ji S, et al. “Functional hair follicle regeneration: an updated review”. Signal Transduct Target Ther. 2021 Feb 17;6(1):66.

・ 梶原 成道, 永山 勝也. 『毛髪形成の数値シミュレーション』. 一般社団法人 日本機械学会 年次大会
2017年 2017 巻 J0230105.

・Suchonwanit P, et al. “Minoxidil and its use in hair disorders: a review”. Drug Des Devel Ther. 2019 Aug 9;13:2777-2786.

・Paichitrojjana A, Paichitrojjana A. “Platelet Rich Plasma and Its Use in Hair Regrowth: A Review”. Drug Des Devel Ther. 2022 Mar 10;16:635-645.

・岩渕 徳郎.『女性頭髪における休止期-成長期移行シグナルメカニズムのin vitro解析系の構築』. コスメトロジー研究報告 27 90-95, 2019.

・Dmitri Wall, et al. “Advances in hair growth”. Fac Rev. 2022 Jan 12;11:1.

・中山 文明. 『増殖因子による毛包休止期制御機構の解明』. コスメトロジー研究報告 27 127-131, 2019.

・志摩 典明, 片木 宗弘. 『性犯罪における毛髪中睡眠薬の鑑定』. 日本法科学技術学会誌 2021年 26 巻 2 号 137-157.

・山田 あずさ, 田代 幸寛. 『⽑髪細菌の基礎と発展;⽑ 髪細菌叢の特異性とその要因および利⽤』. 決断科学 9 24-31, 2022-11-15.

 

脚注

[注1]このように角質化能力を持つ細胞を角化細胞という。ヒトのみならず、陸生の脊椎動物の表皮の細胞は角化細胞だと思ってもらって構わない。カッパは……う、頭が……! さぁ次々! 本文に戻る

[注2]皮膚の角質層は病原体が体内に侵入するのを防いでいる。角質化した細胞(=死んだ細胞)にはウィルスは感染できないからだ。 本文に戻る

[注3] 葉月が初めて育てた植物は、小学一年生の時のアサガオだった気がする。夏休みになったら鉢ごと持ち帰り、2学期になったら再び学校に持って行った記憶があるのだが、今でもそうなのだろうか? 本文に戻る

[注4] ヒトの肌は一見ツルツルに見えるが、実際には無数の産毛が生えている。体表面の毛の密度はイヌやネコなどの獣類と差はない。カッパの表皮についてですか……まぁいいじゃないですか。 本文に戻る

[注5] ヒトに限らず、多細胞生物の細胞は一度ある組織になると通常は別の組織になることがない。そんな中で、どの組織にもなっていない細胞のことを幹細胞という。iPS細胞やES細胞という名前を聞いたことがないだろうか?これらを日本語では、人工多能性幹細胞や胚性幹細胞という。 本文に戻る

[注6] この命令をWntシグナルというのだが、再生医療に直接関与するシグナルとして知られている。髪の毛が再び生えるのも再生というわけだ。ダジャレじゃないよ? 本文に戻る

[注7] ところで英語で髪の毛はなんというかご存知だろうか?”hair”なわけだが実はhairという単語は、すね毛も脇毛もヒゲも、あらゆる毛を内包している。なんならイヌやネコの毛もhairだし、植物の表面にできる細かな毛もhairだ。これを知らなくて、調べるのにドえらい苦労したので共有させてほしい。 本文に戻る

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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