痛いの痛いのとんでいけ〜! 傷が治るのはどうして?

2023.05.22

 先日、ちょっとした不注意で手を怪我してしまった。といっても、わざわざこうして記事にするような大袈裟なものではない。紙の束で擦って、ちょっと血が出た程度の放っておけば治るレベルだ。というよりもう治ってはいる。ただ、怪我をしたというのが悔しい。この心情を誰かわかってほしい。

 しかしながら、怪我が治るというのは当たり前に思えて奇妙な現象だ。

 壁紙に傷をつければ修繕費が発生するし、お気に入りのアイテムには傷がつかないように細心の注意を払う。使い慣れたまな板は細かな切り傷でボロボロだ。あらゆる傷が自動修復するなら、世の中には新品で溢れかえっているはずだが、そうはならない。だというのに生物の場合、傷が修復するというのだから、不思議で仕方がない。

 というわけで今回は、動物がどのように傷を治しているのかについて、順を追って解説していこうと思う。植物も当然、傷を治すシステムを持っている筈だが、それについてはいずれ触れようと思う。

 キーワードは『血液』だ。

 

少し詳しく 〜傷と止血〜

 そもそも傷が治らないと何が問題になるのだろう? もちろん、傷が治らずいつまでも血がダラダラと流れている様子は、精神衛生的にも大変よろしくない訳だが、それ以上に傷が治ることには2つの点から重要な意義がある。

 すなわちエネルギー的意義と免疫的意義だ。

 私たちの細胞は酸素を利用してエネルギーを獲得している。そのため、酸素を運搬する血液が流れ続ければエネルギーを細胞に供給することができず危険な状態に陥る。また、皮膚は微生物や寄生虫、汚染物質にとって最初の免疫システムだ。そのため、傷ついた皮膚を放置していれば、病原体の侵入を容易にすることに繋がってしまう[注1]

 これらのことを防止するため、私たちの体はまず傷口を塞ぐように働く。すなわち瘡蓋かさぶただ。
 瘡蓋かさぶたが血液を固めたものだということは、経験的に多くの人が理解しているだろう。だが、血液は体内を流れる液体で、瘡蓋かさぶたはカチカチの固体だ。いったい、瘡蓋かさぶたはどのようにしてできるのだろう?

 実は血液は純然たる液体ではない。血球と呼ばれる各種の細胞や固体成分が、血漿けっしょうという液体成分に混ざって液体のようになっているだけだ[注2]。中でも、血小板という細胞とフィブリンという成分が瘡蓋かさぶたの形成に強く関わっている。

 まず、血小板が傷口に集まり、傷ついた部位を塞ぐ。とはいえ、血小板は細胞なので柔軟性はあるがふんばりが効かない。そこで、フィブリンが傷口を塞ぐ。フィブリンは繊維状のタンパク質で、傷口を覆うと網のようになる。網状になったフィブリンは傷口から流れ出ようとする血球を絡め取って固める。こうして出来上がった、フィブリンと血球の集合体が瘡蓋かさぶただ。

 

 しかし瘡蓋かさぶたが出来ただけでは、傷が治ったとは言えない。あくまでも出血が止まっただけである。そのため、瘡蓋かさぶたの下では治癒に向けて本格的に動き出す必要がある。

 続いて、瘡蓋かさぶたの下で起きる反応について順に見てみよう。

 

さらに掘り下げ 〜傷と炎症〜

 突然だが、お気に入りのカバンが破れてしまった時、どのように補修するだろうか? 綺麗な切り傷ならそのまま縫い合わせれば終わりだろう。だが繊維がほつれてしまっていたら、ほつれた繊維を切ってしまった方が、後々の工程を考えれば邪魔にならないだろう[注3]

 私たちの体も同じである。

 体に傷が出来た時、どれだけ鋭利な刃物で切断されたとしても、その傷口には必ず死んでしまった細胞がいる。また、瘡蓋かさぶたの下には傷口に付着した微生物や寄生虫も存在する。再生に先立って、まずはそうした不要物を除去する必要がある。

 この、傷口の不要物を除去するという過程を炎症という。

 炎症もまた、血液中の成分が担っている。白血球と呼ばれる免疫に関わる血球だ[注4]。ただ、白血球は普通、血流に乗って血管内を漂っている。傷口に集めるにはそれなりの準備が必要となる。

 白血球を集めるために、私たちの体は白血球を集める因子を産生する。この因子の働きによって、白血球が傷口に集まってくるのだが、単純に白血球を呼び集めただけでは血管はすぐに渋滞してしまう。これを回避するため、白血球の通り道である血管を拡張させる。

 しかしながら、血管は普通、一方通行だ。傷口に向かうチャンスは限られている。そんな中で、血管のど真ん中にいたのでは、間違いなく血流にのって流されてしまう。そこで、血管壁は白血球を絡め取る接着分子を産生して、白血球が血管壁に沿って移動できるようにする。

 また、白血球も積極的に召集に応じるための工夫がある。なんと白血球は血管壁を通過することができるのだ。これにより多少の渋滞でも素早く傷口に向かうことが可能となる[注5]

 

 炎症によって、傷口をクリーンな状態にすることが可能となった。いよいよ、傷の再生について見てみよう。

 

もっと専門的に 〜傷と再生〜

 ここまで血管は破れたままだ。だが、瘡蓋かさぶたによる表面の止血、炎症による整地を経て、ようやく塞ぐことができる。とはいえ、血管が傷を負う前の元の状態に戻るのかというとそうではない。こう書くと何かが欠けてしまうようだが、そうではない。むしろ増える。

 再生中の傷口はさながら工事現場だ。実際の工事は現場で起きるとしても、外部から資材の搬入や差し入れのための道が必要となる。再生という工事は多大なエネルギーや栄養が必要だ。そのため、傷口付近の細胞に向かって、私たちの体は毛細血管を伸ばし、再生に必要な酸素や栄養を与えるのだ。

 再生を実際に行う細胞を線維芽細胞という。普段は皮下で私たちの体を支えている細胞だ[注6]。この線維芽細胞に新生された毛細血管が栄養と酸素を送ることで、線維芽細胞は傷口を埋めるように増殖する。また、コラーゲンのような細胞を支持する物質を再構築することで、傷口付近だけ細胞が弱くなるという事態を防ぐ。

 

 こうして細胞が再生され、徐々に傷口が塞がれるわけだが、この時に不要になるものが3つある。

 1つ目は再生に伴って伸びた毛細血管だ。とはいえ、毛細血管には酸素をたくさん要求する細胞の方に伸び、不要になると退縮するという不思議な特徴がある[注7]。そのため、再生に際し伸びた毛細血管も退縮しもとの状態になる。

 2つ目は炎症によって集まってきた白血球だ。白血球は基本的に非自己の細胞を攻撃する。一方で、制御性T細胞と呼ばれる白血球は、他の白血球に対して働きを抑制するように指示を出す。これにより炎症によって集まった白血球は栄養と酸素を受け取れなくなり、除去される。

 3つ目は瘡蓋かさぶただ。傷が修復されると血管の内皮細胞から瘡蓋かさぶたの分解に関する物質が産生される。この物質がプラスミンという瘡蓋かさぶたを分解する酵素を産生し、瘡蓋かさぶたを分解する。

 これらの働きによって、傷の修復とアフターケアが終了となる。

 ここまで動物が傷を治す仕組みについて解説してきたが如何だっただろうか? 読者の皆さんも怪我に注意して日々の生活を過ごしていただきたい。

 最後に、記事の趣旨からは外れるが物体の修復に関する研究を2つ紹介して記事を締めくくらせていただく。

 

ちょっとはみ出し 〜物を直す〜

 現代の生活において、加工しやすいプラスチックは欠かせない素材だ。一方で加工しやすすぎるあまりに、大きな力に対して弱いという弱点もある。そんな中注目されているのが自己修復ポリマーだ。

 ポリエーテルチオ尿素というプラスチック素材はなんと完全に切断されても、切断面同士を20秒程度ギュッとくっつけておくだけで、切断面が元どおりに直るのだ。

 また、形状記憶ポリマーというプラスチックは、グニャグニャに捻じ曲げられてもお湯に浸けるだけで元の形に復元する。

 

 自ら修復するのは何もプラスチックばかりではない。橋やトンネル、巨大建築物に至るまで頑丈な構造物を作るのに欠かせないコンクリートも、今や自分自身で直す時代だ。

 自己治癒コンクリートという種類のコンクリートは、ひび割れから水が侵入すると、修復材という材料が反応し、ひび割れを補修していく。修復材には、水に溶けるカプセルに閉じ込められた粘土や、コンクリートを作り出すバクテリアなど様々だ。

 私たちの生活を支える全ての材料が、自分で修復する未来も遠くないのかもしれない。

参考文献

  • Peter Wood, 山本一夫 訳. 『免疫学 巧妙なしくみを解き明かす』. 東京化学同人.

  • Holly N Wilkinson, Matthew J Hardman. “Wound healing: cellular mechanisms and pathological outcomes”. Open Biol. 2020 Sep;10(9):200223.

  • Rodrigues M, et al. “Wound Healing: A Cellular Perspective”. Physiol Rev. 2019 Jan 1;99(1):665-706.

  • Takeo M, et al. “Wound healing and skin regeneration”. Cold Spring Harb Perspect Med. 2015 Jan 5;5(1).

  • 嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.

  • 西浦 正芳, 侯 召民. 『自己修復性ポリオレフィン』. 化学と教育 2021 69 3 p. 98-101.

  • 藤澤 雄太, 相田 卓三. 『堅いのに室温で自己修復するプラスチック—自己修復性ポリマーガラス—』. 化学と教育 2021 69 3 p. 102-105.

  • 齋藤 尚, 岸 利治. 『自己治癒成分を有機系材料でコーティングした自己治癒材を用いたモルタルの各種性状および自己治癒効果の評価』. セメント・コンクリート論文集 2020 74 1 p. 185-192.

     

脚注

[注1] 草や土、動物の爪や歯など傷の原因が病気の原因に直結している例は多い。これを回避するため、傷口を流水で洗い流すのだ。傷を洗うの大事。 (本文へ戻る)

[注2] 例えが汚いが、泥水を想像してみるといいかもしれない。泥は水に溶けているわけではないため、しばらく放置していると泥成分が沈殿して水と分離する。 (本文へ戻る)

[注3] とはいえ葉月は裁縫がそんなに上手ではないので、この認識は正しくないかもしれない。 (本文へ戻る)

[注4] 一口に白血球といっても、役割によってその種類は多岐にわたる。だが、すべての白血球を役割ごとに記載していると冗長になりすぎるため割愛。 (本文へ戻る)

[注5] とはいえ、常時血管を無いもののように通過しているわけではない。炎症時は血管を通過しやすくなるように透過性を上昇させている。 (本文へ戻る)

[注6]『コラーゲンによるハリと潤い』というようなキャッチフレーズをどこかで一度は聞いたことがあるだろう。お肌のハリ、すなわち皮膚を支えているのが線維芽細胞だ。 (本文へ戻る)

[注7] この特徴を逆手にとって拡大するのが、悪性新生物、すなわちガンだ。 (本文へ戻る)

 

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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