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ゴムは非常に幅広い用途を持つ物質だ。日常生活で利用する輪ゴムはもちろん、あらゆる移動手段に必須のタイヤ、滑り止めやパッキン、果ては施設そのものの免震まで、決して主役ではないけれど私たちの生活に欠かすことはできない存在である。
しかしながら、生活に密接に関わる身近な存在であるにも関わらず、私たちはゴムについてあまり知らないように思う。
そこで今回は、知っていそうで知らないゴムについて、その性質から、生合成まで順を追って解説していく。
キーワードは『鎖』だ。
CONTENTS
そもそもゴムとはなんなのだろうか?
一口にゴムといってもその種類は様々だ。一般車両用タイヤなどに使用されるゴム、ウェットスーツなどに使用されるゴム、輪ゴムなどに使用されるゴムなど、日々様々なゴムが開発されている。これらのゴムは化学的な手法で開発・合成されたもので、合成ゴムという。
一方で、合成ゴムではないゴムも存在する。パラゴムノキの樹液から作られる天然ゴムだ[注1][注2]。天然ゴムは、航空機のタイヤなど非常に大きな力がかかる場面の他、医療機器や手術用手袋など、幅広い用途で使用されている。
それではゴムは、どうして伸びたり縮んだりすることができるのだろう?
ゴムの分子は長い鎖のような形をしている。この鎖は普段はピンと張っておらず、よれよれの状態になっている。毛糸玉からだらしなく糸が伸びている状態を想像してもらえれば良い。
この状態で力を加えると、ゴムの分子もピンと張る。先の毛糸玉の例なら、糸の両端を持って一気に広げた状態だ。しかしゴムの分子は毛糸玉とは異なる。伸ばした毛糸玉はそのまま伸びたままだが、ゴムの分子はよれよれの丸くなった状態に戻ろうとする性質がある。
そのため、大きく伸ばしたゴムは、勢いよく縮むのだ。
このように、小さな力で大きく変形して、力を除くと急速に元に戻る性質をゴム弾性という。そして、ゴム弾性を持つ物質こそがゴムだ。
それでは、ゴムの分子は実際にどのような構造をしているのだろうか? 続いてはゴムを作る分子について詳しく見てみよう。
突然だが、小学生あるいはそれより前に、輪飾りを作ったことはあるだろうか? 折り紙の輪に同じように輪を通して長い鎖状にするアレだ。輪を通しては糊付けして、という作業をひたすら繰り返したのを思い出した方もいるかもしれない。
実はゴムも同様に、同じものを延々と繋げて伸ばす、と言った工程を経て作られる。このような反応を重合という。重合により作られる物質を重合体といい、この時の材料となるものを単量体という。
合成ゴムでも天然ゴムでも、ポリマーという点は共通だ。しかしながら、その材料となるモノマーが目的によって異なる。
合成ゴムは原料以外のものが混じらないように厳密に管理された工程を経て、作られる。そのため、得られるゴムも不純物のないものになる。
一方、天然ゴムはパラゴムノキが作った天然物であるため、ポリマーだけではない様々なものが含まれている。天然ゴムは合成ゴムに比べて破壊強度や耐久性などの面で優れているが、その一因になっているのが、ポリマー以外の物質も含めた、全体での構造によるものではないかと考えられている。
それではパラゴムノキがどのように天然ゴムの分子を作っているのか、少し詳しく見てみよう。
そもそもパラゴムノキはなぜ天然ゴムを作るのだろうか?
天然ゴムのポリマー部分はイソプレンが重合したものだ。イソプレンはその結合の仕方によって、テルペノイドと呼ばれる様々な生理活性物質の材料となる[注3]。
それでは天然ゴムはパラゴムノキにとって、どのような生理活性を示すのだろう?
天然ゴムの生理活性は……
………………
…………
………
……
…
実はない。天然ゴムは生命活動に影響を及ばさないのだ[注4]。
散々引っ張っておいてすまない。ゴムだけに。
ゴムだけに!!!!
……。
しかしながら、天然ゴムに生理活性がなくとも、実際に作られている以上、パラゴムノキの生体内では天然ゴムを作るための活動は行われている[注5]。
天然ゴムの生合成はcis-1,4-プレニルトランスフェラーゼ(CPT)という合成酵素によって行われる。伸長されたゴムの1番最後の炭素とイソプレン[注6]の1番目の炭素を結合するように、CPTが働くことでゴムの伸長が進む。
しかしながら、この反応には1つ問題がある。ゴムは疎水性分子(水に溶けない性質)のため、単純にゴムを伸長させると、CPTはすぐにゴムの分子に絡め取られて身動きが取れなくなってしまう。そのため、パラゴムノキはゴム粒子と呼ばれる脂質で出来た球体の中に貯蔵しながら、ゴムを伸長させるのだ。
ここまで、身近すぎる縁の下の力持ちであるゴムについて解説してきたがいかがだっただろうか? 持ち物やお気に入りのアイテムのどこにゴムが含まれているのか、探してみるのも良いかもしれない。
最後に、記事の趣旨から少し外れるが、ゴム以外のポリマーに関する研究について2つ紹介して、記事を締めくくらせていただく。
私たちの生活に欠かすことのできないポリマーといえば、ゴムの他に忘れてはならないのがプラスチックだ。一見、変わりばえのしないプラスチックだが、実は日々進化していることをご存知だろうか? 変形しても熱を与えると元の形に戻る形状記憶ポリマーや、酸素を吸収して食品が傷むのを防ぐガスバリア性樹脂など、すごい機能を持ったプラスチックが開発されている。
実は私たちの日常も、気づかないうちにこっそりアップグレードされているのかもしれない。
私たちに、いや、地球上のすべての生物にとって最も身近なポリマーが存在する。遺伝子を構成するDNAだ。
DNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基からなり、AとT、GとCでペアを作る性質がある。
この性質を利用して極小の装置を作ろうという試みがある。その名もDNAオリガミという。ペアを作る塩基の距離を緻密に設計し、オリガミの名の通り、立体物を作るのだ。
体内への薬物輸送やバイオセンサーなど、様々な分野での応用が期待されている。
数研出版編集部. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 化学図録』. 数研出版.
渡辺 訓江. 『天然ゴム生産とバイオテクノロジー』. 日本ゴム協会誌 2018年 91 巻 5 号 151-155 .
Kousuke Kashihara, et al. “High-Field Nuclear Magnetic Resonance Studies Reveal New Structural Landscape of Sulfur-Vulcanized Natural Rubber”. Biomacromolecules 2022 23 (11), 4481-4492.
Cherian S, et al. “Natural rubber biosynthesis in plants, the rubber transferase complex, and metabolic engineering progress and prospects ”. Plant Biotechnol J. 2019 Nov;17(11):2041-2061.
塩井 祐三ら. 『ベーシックマスター 植物生理学』. オーム社.
Ji J, et al. “DNA origami nano-mechanics”. Chem Soc Rev 2021 Nov 1;50(21):11966-11978.
Wang S, et al. “DNA Origami-Enabled Biosensors”. Sensors (Basel) 2020 Dec 3;20(23):6899.
[注1] パラゴムノキは熱帯地域でのみ育てられているが、2016年現在のゴム製品全体の45%に使用されている。 (本文へ戻る)
[注2] このように書くと天然ゴムはパラゴムノキだけが作ると思われるかもしれないが、そうではない。タンポポの茎をちぎった時や、イチジクの実の皮を剥いた時に白い液体が手に付いた覚えはないだろうか? あの白い液体こそラテックスであり、あの液体の中にゴムが含まれている。ただ、収量効率の問題で工業的に利用されているのはパラゴムノキのゴムだけだ。 (本文へ戻る)
[注3] 植物の休眠などに関与する植物ホルモンであるアブシシン酸や、昆虫の脱皮に関与するホルモンの幼若ホルモンなど、テルペノイドと生物の活動は切っても切り離せない。 (本文へ戻る)
[注4] _( ┐ノε:)ノズコー (本文へ戻る)
[注5] 天然ゴムのように生命活動に直接影響しない代謝のことを二次代謝といい、その産物を二次代謝産物という。 (本文へ戻る)
[注6] 正確にはイソペンテニル二リン酸という物質だが、ここでは簡単のためイソプレンとして解説を進める。 (本文へ戻る)