溢れる活力! みなぎるパワー! 筋肉の秘密をいま解き明かす!

2023.04.24

 4月になり、環境が新たになったという人も多いだろう。新生活を機に何か新しいことを始めた人もいるかもしれない。新しい趣味の定番といえば、創作、レジャー、そして筋力トレーニングだろうか。

 筋骨隆々のマッチョボディやスラリと引き締まったスレンダーボディに憧れて筋トレを始めた人たちは、是非とも安全に留意して無理のないトレーニングライフを送ってもらいたい。

 

 ところでそもそも、筋肉を鍛えると、なぜ大きな力を発揮することができるのだろうか?

 

 というわけで今回は、知っているようで意外と知らない、筋肉がどのように力を発揮するのかについて順を追って解説していこうと思う。

 

 キーワードは『収縮』だ。

 

 ※なお、本記事の内容は効果的な筋トレの方法を提案するものではないので、あらかじめご理解いただきたい。

 

 

少し詳しく 〜筋肉と関節〜

 まずは片腕の筋肉から力を抜いて楽にして欲しい。

 日頃酷使している腕をリラックスさせる良い機会だと思って、ダラリとしてもらえればいい。手のひらが自然と開き、腕の重さを感じ取ることができたのではないだろうか?

 

 では今度は、腸の筋肉から力を抜いて楽にして欲しい。

 日頃酷使している腸をリラックスさせる良い機会だと思って、ダラリとしてもらえればいい。「できるか!」というツッコミが聞こえそうだが、その通りだ。できない。

 

 腕の筋肉のように自身の意思にしたがって動く筋肉のことを随意筋ずいいきんといい、腸の筋肉のように意思に随わず動く筋肉のことを不随意筋という[注1]

 ポッコリと膨らんだ上腕二頭筋や、見事にシックスパックに割れた腹筋(腹直筋)など[注2]は随意筋の代表例ではないだろうか。

 脊椎動物において、随意筋は関節をまたいでつなぐように形成される[注3]。 関節をまたぐ随意筋をアコーディオンのように伸ばしたり縮めたりすることで、間の関節も連動して稼働させることにつながる。

 

 それでは私たちの筋肉が、伸びたり縮んだりするにはどのような因子が必要なのだろうか。

 続いては、私たちの筋肉を動かすのに必要な因子について見てみよう。

 

さらに掘り下げ 〜筋肉と刺激〜

 突然だが、低周波治療器という医療機器をご存知だろうか? 筋肉の動きが悪いところにパッドを貼り付けて、電気を流すと筋肉の動きがよくなるという医療機器だ[注4]

 そう、筋肉を動かすのに必要な一つ目の因子は、電気刺激だ[注5]

 生体内では、Ca2+イオンを刺激源として活用されている。Ca2+の濃度が高いと収縮し、減少すると弛緩する。しかしながら、電気刺激が直接筋肉を動かすわけではない。私たちの体はロボットではないため、電気刺激をエネルギーに変換することはできないからだ。

 そこで必要なのが生体内で利用可能なエネルギー源であるATPという物質だ。ATPのエネルギーを消費することで、筋肉は強く収縮する。

 そもそも、筋肉はアクチンフィラメントとミオシンフィラメントという、2種の繊維状タンパク質を束ねたもの(=筋原繊維)だ。筋原繊維はさらに束ねられて、筋肉の元となる筋繊維となる。筋繊維に電気刺激を送るための運動神経と、エネルギーを送るためのミトコンドリアをつけてさらに束ねたものが筋肉である。

 

 それでは2種の繊維状タンパク質がどのようにして、筋肉全体を動かしているのか、もう少し詳しく見てみよう。

 

もっと専門的に 〜筋肉と動き〜

 2種の繊維状タンパク質は互い違いに層を成すことで、筋肉を形成している。しかしながら、その重なり方はパイ生地のようにぴったりとしたものではなく、本のページを互い違いに差し込んだ時のような隙間がある。この隙間をなくすことが、すなわち筋肉が収縮するということだ。

 アクチンフィラメントにCa2+イオンが結合すると、アクチンフィラメントはミオシンフィラメントを結合できる状態に変化する。

 ここにATPを結合したミオシンフィラメントが結合すると、ミオシンフィラメントは、まるで歩くようにアクチンフィラメントの上を渡り始める。

 

 こうしてアクチンフィラメントの端まで歩いたミオシンフィラメントの1本が作る力は、1 pN(1 Nの1/1012)という非常に弱い力だ。しかしながら、筋原繊維の密度を増やすことによって力が合算され、数百 kgもの物体を動かすまでになっている[注6]

 

 ここまで筋肉の構造から微細な動きまで順を追って解説してきたが、いかがだっただろうか? 筋トレの際には、どの筋肉がどのように動いているかを、改めて意識しながら行うと良いかもしれない。

 もちろん、怪我には注意して。

 

 最後に、記事の趣旨から少し外れるが、アクチンフィラメントに関する研究について2つ紹介して、記事を締めくくらせていただく。

 

ちょっとはみ出し 〜アクチンフィラメントの機能〜

 アクチンフィラメントは、細胞内小器官を適切な位置に固定するための骨格の役目を担っていることが、従来知られていた。しかし最近になって、細胞にかかるわずかな力を、アクチンフィラメントが感じているという結果が報告されている。

 研究によれば1 pNというごく微小な力がアクチンフィラメントの構造を変化させたと示している。

 今後、細胞にかかる力を測るセンサーとして発展していくかもしれない。

 

 筋肉は動物に特有の組織だが、それを形成するアクチンフィラメントは植物も持っている。

 寒冷時に私たちが暖を取ろうとするように、植物も寒冷時に逃避行動をとる。その際に利用されるのがアクチンフィラメントだ。アクチンフィラメント を利用して、弱光を避けるように葉緑体を移動させることがわかった。

 寒いと逃げたくなる気持ちは生命共通のようだ。

参考文献

  • 嶋田正和ら監修. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.
  • H. Lodishら. 『分子生物学 第6版』. 東京化学同人.
  • R. Philipsら. 『細胞の物理生物学』. 共立出版.
  • ギネスワールドレコーズ公式サイト(https://www.guinnessworldrecords.jp/
  • Sun X, et al. “Cellular force-sensing through actin filaments”. FEBS J. 2022. PMID: 35778931.
  • 児玉豊. 『葉緑体の寒冷逃避反応』. 植物の生長調節 2019年 54 巻 1 号 44-48.

 

脚注

[注1] 長時間、目を酷使してまぶたがピクついたり、慣れない運動で膝が笑った経験があるかたもいるだろうが、そうした動きも随意筋の働きによるものだ。 (本文へ戻る)

[注2] 葉月の筋肉はどうなっているかは聞かないで欲しい。泣いちゃうから。 (本文へ戻る)

[注3] このため、骨格筋とも呼ばれる。骨格筋の大多数は1つの関節をまたぐだけだが、2つ以上またぐものも存在する。 (本文へ戻る)

[注4] 葉月はかつてこの装置に世話になったことがある。片足に2週間ばかりギプスを巻いていたが、自分の体を支えられないくらい足が細くなっていた。歩くって大事。 (本文へ戻る)

[注5] 筋肉は電気刺激を感じる頻度によって反応を変化させる。一度だけ流した場合、単収縮と呼ばれる、ピクリとした反応をするだけだ。しかし、短い間隔でなんども流すと、強縮と呼ばれる、長時間の収縮反応を示す。 (本文へ戻る)

[注6] 重量挙げの世界記録は250 kg以上らしい。どんな鍛え方をしたらそんなに持ち上げられるんだろう? (本文へ戻る)

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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