LINE公式アカウントから最新記事の情報を受け取ろう!
日本は水族館大国である。巨視的に見て、こんなに狭い範囲にたくさん水族館がある国は世界でも珍しい。しかし、日本の水族館でもウシマンボウは飼育されていない。その理由は2つある。
一つ目は日本近海に出現するウシマンボウはマンボウに比べて漁獲率が低いことが挙げられる。二つ目は日本近海に出現するウシマンボウはマンボウよりも体サイズが大きいため、マンボウ用の水槽には適さない。よって、日本近海で生きたウシマンボウを見ることは非常に難しい。生きたウシマンボウを見ることが難しいとなると、当然ながらウシマンボウの生態はマンボウ以上に謎に包まれている・・・。
ウシマンボウとマンボウは近縁種なので、似たような生態をしていることは予測できる。だが、種が違うということは、やはりどこか生態も違うから種が分かれているのである。生きたウシマンボウの情報が少ないということを逆手に取ると、生きた個体を観察することができれば何かしら新知見を得られるということでもある!
2023年2月、沖縄県久米島にある『ダイビングショップ・ダイブエスティバン』が、久米島から渡名喜島間の海上でのホエールウォッチング中にウシマンボウと遭遇し、水中動画や写真を撮影した。貴重な生きたウシマンボウのデータだ! ということで、撮影された動画や写真をいろいろ分析し、論文として出版したので、その内容をお話ししようと思う。
CONTENTS
今回ウシマンボウを撮影した『ダイブエスティバン』に話を聞いたところ、なんと2019年2月にも同じ海域でウシマンボウと遭遇しており、その様子を撮影していたので、今年の個体と合わせて研究に使用させていただいた。
ウシマンボウは夏季に北方(北海道など)、冬季に南方(沖縄県など)に出現する傾向があることが最近分かってきたのだが、今回の2個体もその傾向を支持する結果となった。自分の好む水温帯に滞在するため、季節的に移動しているのではないかと私は考えている。今回撮影された2個体のウシマンボウは、頭部の隆起がまだ全然発達しておらず、他の形態的特徴から推定全長 1.4 ~ 2.0 mと推察された。目視的に2019年の個体の方が2023年の個体より背鰭・臀鰭の基部が太いので、2019 年の個体の方が体サイズもやや大きいものと思われた。
水中で撮影されたウシマンボウ2個体の動画を観察すると、どちらの個体もシュノーケリングしている人達のことをあまり気にせず、水面付近で背鰭と臀鰭を同時に同じ方向に振ってゆったり泳いでいるように見える。日中のウシマンボウは餌を食べるために深海へと潜り、冷えた体を温めるために水面付近に上昇すると考えられている。となると、今回水面付近で観察された個体は、ちょうど体を温めている最中だったから、泳ぎもゆっくりだった可能性が考えられる(体温回復は体を横たえる行動が有名だが通常姿勢でも体温回復はしていると推測される)。そこで、今回の個体の遊泳状態を探る一つの試みとして、羽ばたき周波数のデータを取ってみた。
羽ばたき周波数とは、鳥類や昆虫類など羽を持つ生物で取られている行動データで、「1秒間に羽が1往復する回数」のことを言い、Hz(ヘルツ)の単位で表される。周波数やHzと言えば、真っ先に思い浮かぶのは電気製品のことではないかと思うが、周波数はシンプルに単位時間当たりの行ったり来たりする繰り返し(往復)運動の数のことであり、繰り返し運動は時間の経過とともに波状で可視化される。鳥類や昆虫類などの羽ばたき動作も、羽を上げたり下げたりする繰り返し運動なので、周波数のデータが取れる訳だ。
魚類は様々な遊泳方法があるので、羽ばたき周波数はあまり馴染みがないようだが、マンボウ類の背鰭と臀鰭を同時に同じ方向に振る動きはペンギン類の翼であるフリッパーと同じ動きなので、マンボウ類も羽ばたき周波数のデータを取ることができる。
マンボウは先行研究によって、羽ばたき周波数と遊泳速度は関連することが分かっていて、マンボウが加速すると羽ばたき周波数も高くなる。鰭を激しく振っているのだから遊泳速度も上がるのは容易に想像できるだろう。残念ながら、ウシマンボウの羽ばたき周波数と遊泳速度の関係に関する知見は現在無いのだが、今回、羽ばたき周波数のデータを取っていれば、将来研究が進んだ時に本研究に使った個体の状態がゆっくりした状態だったのか否かを後から検証することができると考えた。
羽ばたき周波数を求めるには、動画中のウシマンボウが鰭を往復する回数を数えて動画の秒数で割ればいい。しかし、ウシマンボウは中途半端にしか鰭を振らないこともあり一往復で数えるのはやや大変。そこで、本研究ではウシマンボウが鰭を左右どちらか片側に振ったもの(中途半端なものも含めて)を1回とカウントしてデータを取り、後からその総数を半分で割ることにした(羽ばたき周波数は1往復の回数が必要なので)。鰭を左右どちらか一方に振ることをストロークと言い、1往復は2ストロークとなる。臀鰭は動画の中で映っていないところがあったので、背鰭を基準にした。本研究では「羽ばたき周波数 (Hz) = (動画中の背鰭のストローク数 / 2)/ 動画の秒数」の式で羽ばたき周波数を求めた。その結果、2019 年の個体の羽ばたき周波数は 0.30 Hz、2023 年の個体は0.33 Hzであった。現状ではこれがゆっくりな状態を示すのかどうかは分からないが、動画からこういうデータも取れることがわかった。
先行研究によると、マンボウでは羽ばたき周波数は成長と共に低下する傾向が示唆されており、その時の状態を推察するには体サイズも考慮する必要があることが分かった。先行研究では、マンボウの通常遊泳時に 0.3 Hz台の羽ばたき周波数を示す個体は、奇しくも全長 1.3 m 以上が多かった。本研究のウシマンボウ2個体は形態的に全長1.4 ~ 2.0 mと推定されたので、仮に近縁種のマンボウと似たような傾向があったと考えた場合、今回のウシマンボウ2個体はゆっくりした状態ではなく、通常遊泳時の状態だったのかもしれない。
今後、マンボウ類の羽ばたき周波数と体サイズのデータが蓄積されていけば、動画中の羽ばたき周波数を数えることで、およその体サイズも推定できるようになる可能性がある。精度の高いマンボウ類の行動データを取るには、バイオロギングの手法を用いるのが適切だが、データロガーは高価なこともあるので、動画から読み取れる行動データの研究も進めていきたいところである。特に水面付近での行動はあまり注目されていないようなので、研究のやりがいはまだまだあるだろう。
~今日の一首~
ウシマンボウ
水面泳ぐ
ゆっくりと?
周波数データ
未来へ繋げ
Nakamura, I. and K. Sato. 2014. Ontogenetic shift in foraging habit of ocean sunfish Mola mola from dietary and behavioral studies. Marine Biology, 161: 1263-1273.