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若葉が萌え出て植物の活動が活気になると、それに呼応するように動物たちの活動が本格化する。中でもチョウがひらひらと舞うようになると、気候は本格的に春の陽気だ。
チョウといえば幼虫から蛹を経て美しい成虫になることで知られている。昆虫に限らず生物が成長に応じて姿を変化することを変態という[注1]が、姿形から食性まで、まるで別の生き物のようにダイナミックに変化する様子を、不思議に思ったことがある人は多いのではないだろうか。
昆虫たちが変態する過程では、一体何が起きているのか。生体での変化から細胞の活動まで順を追って解説していく。
キーワードは『脱皮』だ。
なお、虫が苦手な読者のため、記事中の画像は葉月節マシマシでお送りするので安心してほしい。
CONTENTS
唐突だが、チョウの蛹を見たことはあるだろうか? 実物に限らず、映像や写真などでも構わない。おそらく多くの人が、どこかで一度は目にしたことがあるはずだ。
それではセミはどうだろう? 夏になるといたるところで目撃する事になるセミの抜け殻だが、その姿は幼虫の背中に切れ込みを入れたものそのものだ。羽化するために土から這い出した幼虫は見たことがあっても、ジッとしている蛹を見たことがある人はいないだろう。それもそのはず、セミは蛹を形成しないからだ。
チョウのように蛹を経て成虫になる様式を完全変態といい[注2]、セミのように蛹を経ずに成虫になる様式を不完全変態という[注3][注4]。
どちらの場合でも卵から孵った幼虫は、成長しながら3~5回の脱皮を経ながら成長し、最後の脱皮(=羽化)で翅を獲得する。成虫になったあとは脱皮を行うことはない。
完全変態では、脱皮は翅の獲得だけではない重要な意味を持っている[注5]。
蛹は幼虫としての最後の脱皮をした際に形成される。興味のある方は動画などで調べてほしいが、幼虫の皮の中からニュルンと蛹の姿が現れる[注6]。
さらに言えば、羽化もまた脱皮の一種である。
したがって完全変態では、幼虫から蛹、蛹から成虫という形態の変化も担っているのだ。
それでは、完全変態昆虫の成長や脱皮がどのようにコントロールされているのか、脱皮をコントロールする因子について見てみよう。
そもそも脱皮とは単に上皮を脱ぐだけの行為ではない。私たちの体がそうであるように、昆虫もまた上皮のすぐ下は筋肉と体液だけの無防備な状態だ。もしなんの準備もせずに、上皮を脱いだら……想像を絶する。
そこで完全変態昆虫では、幼若ホルモンとエクジソンという2種類のホルモンにより、想像を絶する事態にならないような制御をしている[注7]。
幼若ホルモンはその名が示す通り、主に幼虫の間に働くホルモンである。またエクジソンはEcdysisに由来し、幼虫の脱皮だけでなく蛹形成や羽化のための脱皮にも関与している。
完全変態昆虫では、幼若ホルモンとエクジソンの両方が働く時、幼虫は体を大きくするための脱皮を行い、エクジソンのみが働くと変態が起きる。
幼若ホルモンが幼虫でいさせ続けるため、エクジソンが大人にさせるためのホルモンだと考えるとわかりやすい。
エクジソンが働くと、昆虫は上皮組織をその下の結合組織から浮き上がらせ隙間を作る。そして、できたスペースに新たな上皮組織を形成することで、ようやく、古い上皮を脱いでも無事なようになる。
さらに、エクジソンには脱皮のコントロールだけではなく、幼虫や蛹の内部で成虫になるための発達を促進する役目も担っている。
それでは脱皮にあたり、幼虫や蛹の内部で何が起こっているのか、もう少し詳しく見てみよう。
ところでチョウは、幼虫の頃は丸々としたイモムシの姿をしているのに、蛹になった途端に成虫を丸めたような姿になる。いや、チョウだけではない。ハチやカブトムシ、クワガタムシなど、蛹を形成する昆虫はどれも同じように、成虫を丸めたような姿で蛹になる。
もしも蛹になってから成虫の準備をしているのだとしたら、これは妙な話だ。しかしながら、幼虫の時点で既に成虫の際に対応する場所が決まっているなら、つじつまが合う。
実は、完全変態昆虫の体内には、成虫時に目や翅、肢などになる部分が存在している。
このような幼虫が持つ、成虫になった際の各器官の元になる器官を成虫原基という[注8]。
完全変態昆虫の成虫原基は幼虫の各器官とは独立して内部に存在している。各原基はエクジソンの影響により、幼虫の成長とは独立して発達するが、蛹形成の際に一気に成長する[注9]。
こうして成長した成虫原基が体液の圧力により体表へと押し出され、上皮に押し付けられながら蛹を形成すると、成虫を丸めたような形になる。
イメージしにくい場合にはレジ袋を手のひらに被せた場合を想像してほしい。ふんわり被せた場合には中の手の形は分からないが、内側から力を込めて押しつけると手の形がわかるようになる。
蛹の中で、幼虫時の各器官の多くは破壊され、成虫になるための材料になる。しかしながら、蛹の中身が何もかもが溶けたドロドロのスープのようかと言われればそうではない。
成虫原基はもちろん、幼虫時代の神経系や腸管などは(形状などは変えこそすれ)そのまま再利用される。
こうして蛹の中で各器官へ分化した体は、最後の脱皮である羽化に至る。
ここまで昆虫の変態について順を追って解説してきたが、いかがだっただろうか? 昆虫を見かけた際には、彼らが歩んできた変態の道のりに想いを馳せてもいいかもしれない。
最後に、記事の主旨から少し外れるが、昆虫発の研究について2つほど紹介して、記事を締めくくらせていただく。
バイオミメティクスという言葉をご存知だろうか? 生物の優れた特性を、工学技術に応用しようという試みだ。その試みの中で、多くの昆虫が注目を集めている。
例えば、モルフォチョウの美しい青い翅は、色素ではなくその構造にあり、色素を使えない現場での応用が考えられている。また、ハチの飛行能力を応用したドローンの翼など、昆虫発の技術が私たちの生活を豊かにしてくれるかもしれない。
ところで昆虫は、私たちがワクチンで免疫を獲得するような、後付けの免疫(獲得免疫)を得る能力は備えていない。にも関わらず、今日まで昆虫が存在しているのは、ひとえにその優れた抗菌能力によるものだ。
例えば、トンボの翅は微細な凹凸構造を持っており、汚れを弾くだけでなく抗菌効果があることがわかっている。また、カブトムシ由来の抗菌成分などもわかっており、私たちの健康を昆虫が支えるようになる日も近いだろう。
昆虫の持つ可能性は無限大!
[注1] 昆虫以外のよく知られた例では、オタマジャクシからカエルへの変化が有名だ。その他にも両生類や魚類など、変態する動物は少なくない。カッパは……ふふ、どうだろうね? (本文へ戻る)
[注2] 完全変態により、食性、生息域が変化することで、幼虫VS成虫のような種内競争が回避できる。 (本文へ戻る)
[注3] 不完全変態する昆虫の若齢期(幼虫)を特に若虫と呼ぶ。 (本文へ戻る)
[注4] セミを例に出したが、カマキリやバッタなど若虫と成虫で大きく姿が変化しないものもいる。 (本文へ戻る)
[注5] 誤解されがちだが、幼虫が糸を吐いて形成するのは繭であり、カイコガなど一部の昆虫が作るものだ。この記事にあたって調べるまで、葉月は勘違いをしていた。だってカイコガもポケモンも、蛹といったら糸を吐くじゃん! (本文へ戻る)
[注6] 昆虫が苦手な方のために動画のリンクは割愛させていただくが、YouTubeなどで「蛹化」や「前蛹」などで検索すると出てくる。 (本文へ戻る)
[注7] 分泌される器官にちなんで、幼若ホルモンはアラタ体ホルモン、エクジソンは前胸腺ホルモンとも呼ばれる。 (本文へ戻る)
[注8] 成虫原基は、不完全変態昆虫にもある。不完全変態昆虫では、目原基なら目、肢原基なら肢と対応する各器官の上皮の内部にある。そのため、脱皮をして成虫になっても、対応する器官は幼虫の時と同じ場所に現れる。 (本文へ戻る)
[注9] 神経や筋肉とは接続されていないため機能こそしないが、見た目は成虫時のものにほぼ近付く。 (本文へ戻る)