幻覚剤の作用から人間の脳の構築を探る (米国アカデミー紀要3月号 掲載論文)

2023.04.06

人間の脳を膨大なミクロレベルの神経結合ネットワークとして見てしまうと、複雑という以外にまとめようがなくなる。しかし、もう少しマクロのレベルで脳を整理することが出来る。


例えば、脳皮質の結合を考える時、直接感覚野運動に関わる領域に加えて、我々は前頭葉を中心の様々な情報を統合するtoransmodal領域と総称される脳領域を持っており、この領域の発達こそ人間性を理解するための最も重要な領域になる。


今日紹介するワシントン大学からの論文は、セロトニン受容体に働くことがわかっている幻覚剤DMTによる脳の変化を機能的MRIと脳波計を用いて調べることで、このtransmodal領域の構築を調べようとした研究で、3月20日号の米国アカデミー紀要に掲載された。


タイトルは「Human brain effects of DMT assessed via EEG-fMRI(DMTの人間の脳に対する効果を脳波計と機能的MRIで調べる)」だ。


幻覚剤と言うからには、感覚インプットと関係なく、感覚が得られるはずで、実際このtransmodal 領域内の活動が、直接感覚野運動に関わる領域から切り離されて高まることがこれまでの脳イメージング研究でも示されてきた。


この研究は脳波とfMRIを同時に調べている点や、脳イメージング中に幻覚の強さをリアルタイムで述べてもらうといった工夫をしている以外は、これまでの研究と変わるところはない。


実際DMTを投与すると、前頭葉のtransmodal領域の結合性が高まりるとともに、以前紹介した、完全に頭を休めているときに活動するネットワーク、default mode network(DMN)も高まる。


すなわち、直接感覚から切り離されて、より高度(といっていいのかどうかは難しいが)、抽象的な自己に関わる領域の活動が高まる。そしてこの活動が高いほど、自覚的幻覚の強さも高まる。


面白いことに、通常はtransmodal領域と、直接感覚運動野の間に存在する活動の階層的勾配が、幻覚剤で圧縮される、すなわちそれぞれの領域の区別が消失する方向に動き、高次と低次の区別がない一体化した状態が作られる。


脳波で見ると、ゆったりとしたアルファ波が低下し、β波、γ波が特にtransmodal領域で上昇していおり、またtransmodal領域からより低次な領域への脳波の伝搬が高まっていることがわかった。


実際には、脳波やfMRIのパターンは解釈が難しく、結局好き勝手にならざるを得ないが、これらの結果は幻覚剤がまずtransmodal 領域内での活動を高めることで、運動感覚野から切り離された状態が作り出され、それが脳内の自発活動を高め、それが幻覚として現れることを示している。


結果は以上で、特に目新しいわけではないのだが、自己を理解するという観点ではこのような研究はいつも面白い。


Transmodalネットワークは、哺乳動物の進化で発達してきた、いわゆる前頭葉で、しかもセロトニン受容体の発現が高く、さらに神経伝達を支えるミエリンの密度も高い。極論すれば、セロトニンに反応するtrannsumodalシステムが人間脳の進化とも言える。


この研究が示す様に、幻覚剤によりこの領域を感覚運動野から切り離して活動させると言うことは、まさに個人個人特有の自己が幻覚を通して理解される可能性を示している。


特にDMTは意識は保ったまま幻覚を得ることが可能なので、デカルト的意味での自己、脳内のホムンクルスを理解するための面白いツールになる可能性はある。


老い先短いので、試してみたい気もするが、おそらく許されないだろう。

 

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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