熟睡に関わる消化管ホルモン(3月22日 Cell オンライン掲載論文)

2023.04.02

膵臓に働いて、インシュリンの分泌を促し、グルカゴンを低下させる消化管ホルモンGLP-1のシグナル経路に介入する治療が2型糖尿病治療を大きく変えた。


消化管ホルモンはGLP-1だけではないので、今後も臨床応用可能な消化管ホルモンシグナル経路が発見されると期待される。


今日紹介するハーバード大学からの論文は、主にショウジョウバエを用いて、外部からの機械刺激で起きないようにする消化管ホルモンを特定した研究で、今後の展開では睡眠の質を上げる方法の開発にもつながる面白い研究だ。


タイトルは「A gut-secreted peptide suppresses arousability from sleep(眠りから覚めるのを抑える腸管から分泌されるペプチド)」で、3月22日 Cell にオンライン掲載された。


この研究の最初の目的は消化管ホルモン探索ではない。


神経系で発現するRNAiを用いた遺伝子ノクダウンスクリーニングを用いて、睡眠中のショウジョウバエが少しの機械刺激で起きてしまう分子を探索し、最終的に神経ペプチドCCHa1とその受容体が欠損すると、少しの刺激でハエが覚醒することを発見する。


CCHa1は概日周期を調節する神経ペプチドとして知られており、消化管ホルモンではないが、組織特異的にノックダウンする方法を用いて調べると、消化管のホルモン産生細胞特異的にCCHa1をノックダウンすることで、眠りが妨げられる症状を誘発できる。


逆に言うと、CCHa1は消化管ホルモンとして分泌され、眠りが妨げられない様にする働きがある。


次に腸管内分泌細胞のCCHa1分泌を誘導する刺激を、この細胞の興奮を指標に探索し、なんと蛋白質を加水分解したペプトンがCCHa1分泌を誘導することを発見する。


ショウジョウバエの場合閉鎖血管系がないので、ホルモンがどう循環するのか把握していないが、CCHa1は最終的にショウジョウバエのドーパミン神経が集まるPAMクラスターと呼ばれる領域に働き、ドーパミンを介して睡眠中枢の感覚神経による刺激閾値を上げることで、機械刺激では起こされない様にしていることを明らかにしている。


ここまではショウジョウバエの話で、同じことが哺乳動物でも言えるのか気になるところだが、この論文でもこれに関して一つだけ実験を行っている。


すなわち、ショウジョウバエのCCHa1分泌シグナルは蛋白質の摂取なので、同じカロリーでも蛋白質の割合を高めた食事を与え、これにより妨げられない眠りが可能になるか調べている。


結果は期待通りで、ショウジョウバエほど大きな差ではないが、蛋白質を多くとっているマウスでは機械刺激で起こしにくい。


以上、睡眠中は感覚神経刺激から脳を切り離すことで熟睡が可能になるが、機械刺激に反応する感覚刺激に対しては、CCHa1からドーパミン神経を介して、感覚神経の閾値を上げていることが明らかになった。


繰り返すが、マウスで蛋白質摂取が熟睡につながることは示されているが、そのメカニズムが同じかどうかはわからない。


しかし、ドーパミンの合成が低下するパーキンソン病ではすぐに目が覚めることを訴える人は多く、同じようなメカニズムが働いている可能性は大きい。


ひょっとしたら、熟睡を腸を介して行う面白い薬が出来るかも知れない。

 

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。