マンボウ型の飛行機が空を飛ぶ!? 次世代型飛行機開発に活かされるマンボウ

2023.03.22

 生物の体の構造や機能にはまだまだ我々が知らない技術が秘められている。生物の体の構造や機能などを参考にして開発する技術や学問を総称して「バイオミメティクス」という。バイオミメティクスはbio(生物)+mimetics(模倣)の造語だ。要するに生物の真似をし、人間に有用な技術として使うことである。バイオミメティクスについては、本サイトでも何度か専門の研究者が紹介記事を書いているので、詳しくはそちらを見て欲しい。

 2023年2月、バイオミメティクスをメインテーマにした小学生高学年以上向けの挿絵付き小説(物語はフィクション)が出版された。その名も『おはなしサイエンス バイオミメティクス(生物模倣技術):マンボウ、空を飛ぶ』という。

マンボウが出てくる本……だと……!? 

今回はこの本に出てくるマンボウの物語と、マンボウにまつわるバイオミメティクスについてのお話だ。

 

本のあらすじ

 この本の事はTwitterで日課のマンボウ情報検索をしていた時に偶然知り、すぐに本屋に行って買ってきた。その内容を簡単に紹介しよう。

 主人公は小学5年生で、マンボウ好きの女の子・華(はな)と虫好きの男の子・照太(しょうた)の二人だ。ある日二人は、校長先生と校務員が、校舎の壁の汚れを落とすにはどうしたらいいかと相談している場面に出会う。その後、二人は街で一番有名なケーキ屋の前を通りかかり、オープンしてから4年も経つのに店の壁が全く汚れていないことに疑問を抱く。その事について二人で議論をしていると、パティシエから「休日に壁を作った業者が来るので、直接会って話を聞いてみてはどうか」と促される。休日、業者の人から『壁はカタツムリの殻の構造を模倣して作った』と明かされ、そして、生き物からヒント得て新しい技術を作ることをバイオミメティクスということを教えられる……といった始まりで、様々なバイオミメティクスを絡めたエピソードが展開されていく。

 

マンボウ、空を飛ぶ?

 マンボウがメインの話は最終章だ。主人公二人が水族館にマンボウを見に行くと、飛行機を開発する研究者がマンボウの水槽の前で「バイオミメティクス」について話している場面に出会い、その言葉に反応すると、展示会に招待される。その展示会でマンボウの骨格を参考に次世代の飛行機を開発していることを聞かされるのだ。

現在の飛行機は100年前くらいの理論が基になり、もうこれ以上改良できないくらいの状態になっているため、未来の飛行機は現在のものとは全く異なるスタイルで作ろうと世界中で研究が行われているという。そして、その形状は平べったい形がいいのではないかと考えられているが、それだと重くなりすぎて空を飛べないという問題があった。軽量化するにあたり、メインで使われている材質をアルミニウムから樹脂と炭素の繊維に変えることが考えられているが、これでもまだ重い。そこで、内部構造を無駄なく作ることで軽量化しようと考え、平べったい形の飛行機と骨格が似ている生物からヒントを得ることを考えた。色々模索して、行きついたのがマンボウだった。マンボウを詳しく調査して、飛行機のどこに骨を置けばいいのかがわかった。マンボウの骨格標本の情報をAIに取り込んで設計し改良することでかなり軽量化できることが判明した。この飛行機は2050年に運用できることを想定して現在開発が進められている――というのが小説内でのお話だ。

 

 二人を取り巻く物語こそ小説の中での創作だが、マンボウの骨格が次世代飛行機の参考とされているというのは本当の話であり、巻末の取材協力にJAXA(宇宙航空研究開発機構)が明示されていることから、おそらく実際のデータを参考にして書かれたと思われる。私がマンボウの骨格が次世代飛行機の参考とされている話を知ったのは、2020年9月11日に配信された朝日新聞のニュースが最初だった。ネットで検索すると、いくつか他にも情報が出されている。青木(2019)によると、国立科学博物館からマンボウの標本を借りてX線で撮影し、骨格構造を調べたとある。他にもJAXAがマンボウの標本を調査している様子が、神奈川県立生命の星・地球博物館のホームページでも紹介されている。

小説にも出てきた平べったい形の飛行機は翼胴一体(Blended Wing Body)型と呼ばれる。ゲーム「クロノ・トリガー」に出てくる時空を渡る乗り物シルバードにも少し似ている。この形状は流線形で空気抵抗が減り、エンジンのパワーを下げることができるので低排出になり、また機体の背中側にエンジンを搭載させることで機体自体によってエンジン騒音を遮蔽できるので、燃費を50%改善、排出ガスを75%低減、騒音を65%低減できると見込まれている。加えて、現在の細長い形状の飛行機より横幅が増えるので、載せる物も増やせる。

 

翼胴一体型の形状はいろいろメリットがあるのだが、横幅が増えた分重くなるので、強度の確保が課題となる。この形状を維持してできるだけ軽量化して強度を保つにはどうしたらいいか? そこでバイオミメティクスを取り入れることにした。現在の生物は進化の過程で最適な骨格形状を得たと考えられ、その骨格構造を真似することにより、この課題をクリアできるのではないかと考えたのだ。偶然にもマンボウはこの翼胴一体型の形状とよく似ていた。形状だけでなく、マンボウの各鰭の機能や、泳いで前進する時の力のかかり方も翼胴一体型と似ていた。となれば、マンボウの骨格を参考にすることで、翼胴一体型に最適な骨格構造が分かる可能性が高い。研究の結果、実際に翼胴一体型に最適な骨格構造が得られた(マンボウの骨格はあくまで参考なので、翼胴一体型飛行機の骨格構造と全く同じではないことに注意)。その骨格構造が掲載されているニュースを見ると、なかなか複雑な構造をしていたが……マンボウの存在が飛行機開発に活かされていることに私は喜んだ。

2020年8月23日にBSフジ「ガリレオX」で放映された「生物から学ぶ新技術~深化するバイオミメティクス~」のダイジェスト版がJAXAのYoutubeチャンネルで公開されているので、こちらも見るとより内容がわかりやすいだろう。

 

 

今までマンボウが人類の何の役に立つの?と聞かれるとなかなか答えを返しづらかったが、今後は「次世代飛行機の構造にマンボウのデータが取り入れられている」とマンボウ研究のメリットを言えそうだ(私自身の研究ではないが)。2050年は少し先の未来である。その頃私は60代だ。マンボウ型の飛行機に乗れることを楽しみにしていよう。

 

~今日の一首~

 マンボウと
  翼胴一体
   飛行機は
    いろいろ似てる
     バイオミメティクス

 

ちなみに、本書の参考資料として私の著書『マンボウは上を向いてねむるのか』も入っていて驚いた。私的には嬉しいことである。

 

 

参考文献

青木雄一郎.2019.究極の最適設計で次世代の航空機材料を生み出す技術.JAXA航空マガジン FLIGHT PATH.(23): 4-6.

吉野万理子・黒須高嶺.2023.おはなしサイエンス バイオミメティクス(生物模倣技術):マンボウ、空を飛ぶ.講談社,東京,80pp.

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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