人工甘味料スクラロースはT細胞抗原刺激反応を抑制する(3月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023.03.18

科学の社会的責任を重視することを明確に示すためとだ思うが、これまで読んできて Nature は人工甘味料などが生体に及ぼす影響についての論文を、比較的多く掲載する雑誌に思える。


おそらく様々な専門誌には、添加物等々の影響についての論文は数多く存在すると思うが、調べる意思がないと、普通はそこまで論文を検索しない。


その意味で、一般のトップジャーナルにこのような論文が掲載されることは、影響力が大きい。


今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、高濃度の人工甘味料の一つ、スクラロースが、T細胞の抗原刺激シグナルを抑制することを示した研究で、実験自体は古典的なものだが、おそらく社会的に重要と考えて、3月15日 Nature にオンライン掲載された。


タイトルは「The dietary sweetener sucralose is a negative modulator of T cell-mediated responses(食品に含まれる人工甘味料はT細胞反応を抑制する)」だ。


この HP でもトップジャーナルに掲載された人工甘味料の生体への影響についての論文は、優先的に紹介してきたが、結論的にいうと、この論文で示された結果は、あまり心配する必要がないように思う。


所属を見るとクリック研究所の p53&Metabolism 研究室とあるので、スクラロースの発ガン性などを研究していたのではないだろうか。


FDAや欧州食品安全基準上限レベルのスクラロースをマウスに投与する実験を行なって、摂取したスクラロースは確実に血中に取り込まれることを確認した上で、様々な指標についてその影響がないか調べている。


この上限がどのぐらい甘いかわからないが、腸内細菌叢に至るまで、ほとんど影響がないと言っていい。


その中で、ようやく見つけたのが、T細胞の数が減っていることで、これを確かめるため、スクラロースを飲ませた免疫不全マウスに成熟リンパ球を移植する実験まで行い、成熟後のT細胞の増殖が落ちていることを発見する。


成熟後のT細胞の増殖は基本的に抗原刺激が最も大きな役割を持つので、抗原によるT細胞刺激実験にスクラロースを添加して、抗原受容体刺激、PLCγ活性化、そしてCaの細胞質への遊離へと至る経路、すなわちT細胞の抗原刺激経路が抑制されていることを明らかにしている。


残念ながら、このメカニズムはほとんどわかっていない。


代わりに生体内で免疫抑制が起こるかどうか、ガン免疫と感染について調べている。


結果は期待通りで、スクラロースを摂取しているマウスでは、膵臓がんの増殖が促進し、また感染によるCD8T細胞の反応が低下する。


ただ、スクラロースをやめると、この効果は改善する。


このように免疫機能が低下することは問題だが、自己免疫病のような免疫が高まる病気については良い効果が得られる可能性がある。


そこで、1型糖尿病自己免疫モデルでスクラロースを摂取させると、驚くことに糖尿病の発症を強く抑えることができる。また、ホストをアタックするT細胞を移植する腸炎モデル系でも、移植したCD4T細胞の刺激を抑える効果があることを示している。


以上が結果で、最初に述べたように現象論で、また古典的な実験だが、高濃度であっても、摂取可能な濃度でT細胞の抗原刺激を抑制することは驚きだ。


ただ、タイトルのインパクトと比べると、それほど心配することはないように思う。ただ、ガンや感染症のような免疫が落ちると困る場合は、スクラロースはやめた方がいい。


しかし、自己免疫抑制効果は捨て難いので、もう少し調べてもいいような気がする。

 

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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