東大入試問題から見る、分析化学の発展

2023.03.17

毎年この時期になるとおもしろ受験問題が話題となります。その中でも今年は東大物理が話題になっていました。

今年の東大化学の第1問は有機化合物シコニン類似物の構造決定でした。

化合物シコニンは植物ムラサキ*の根「紫根」からとれ、染料や薬として重宝されてきました。日本では万葉集に登場するほど古くから知られ、江戸時代には江戸紫と呼ばれるほど代表的な紫色の染料でした。現在では立教大学駅伝チームの襷や東京スカイツリーのライトアップに用いられるほど江戸を代表する色素です。

*染料シコニンの材料ムラサキは、現在、絶滅危惧種として登録されています。

 

シコニン

 

シコニンは大正初期では結晶化することがむずかしく、構造決定が困難な化合物として知られていました。このシコニンの構造決定を行なったのは黒田チカ先生です。黒田チカ先生は日本初の帝国大学女子学生で、女性2例目の自然科学分野での博士号取得、化学分野では1例目にあたり、女性研究者のパイオニア的存在です。

 

今回は、黒田先生が行なった当時の構造解析と現代で行われる方法を紹介し、分析化学の発展を紹介したいと思います。

 

構造解析手順1.シコニンを抽出し、不純物をなくす

まず、入試問題では紹介されてませんがシコニンを抽出し、不純物をなくします。現在ではクロマトグラフィーと呼ばれる手法を用います。クロマトグラフィーとは物質同士のくっつきやすさの違いを利用して混ざった化合物を分離・抽出する技術です。

一方当時は、分液ロートと種々の薬品を用いて抽出します。論文では5回抽出の作業が行なわれています。

 

構造解析手順2.分子量と元素の種類と数を特定する

純粋なシコニンが抽出されたら、分子量と元素の種類と数を特定します。現在は質量分析を用います。方法によりもよりますが、1/1000g 程度で十分に測定できます。

一方当時は、沸点上昇法や凝固点降下法、そして入試問題と同様の方法が用いられました。沸点上昇法や凝固点降下法は、溶液中に存在する分子の個数に比例して溶媒の沸点や融点が変化する性質を利用します。この方法を使うためには試料の重さを測定しなければなりません。今では電子天秤をつかって誰でも簡単に扱えますが、当時は分銅を使い、熟練の技術を必要とし1回あたり数分はかかる大変な作業でした。(ちなみに2023年度東大物理大問2は電子天秤に関する問題でした)

 

構造解析手順3.化合物の構造を決定する

これまでの過程で、化合物の分子式が推察できました。次に化合物の構造を決定します。構造の決定には官能基が重要です。官能基は、有機化合物にある特定の構造で固有の反応があります。現代では核磁気共鳴分光法 (NMR) や赤外分光法 (IR) を用いて官能基を推定します。NMR は化合物を強力な磁場内におくことで、化合物内の磁力から官能基を調べる手法で、応用例に医療で用いられる MRI があります。IR は化合物内の結合の強さを赤外線を用いて調べる手法です。この2つは前処理も比較的容易で、測定は長くても 24 時間あれば終わります。

一方当時は、入試問題にもある通り、化学反応を巧みに利用することで官能基の特定を行います。入試問題では7回行えば構造が決定されますが、論文ではそれ以上の化学反応を行なっています。また、この方法では生成物を確認しなければならず、確認方法は当然これまで述べてきたことを利用したり、化合物固有のデータ(融点や化学反応等)を用いるため、手間暇が現代と比べて膨大です。

また現代では、構造が推定できたら NMR や IR の結果をコンピュータシミュレーションできるので安心感もありますが、当時は当然そのようなものはありません。

 

 

 

今回紹介した現代化学の手法は、多くがノーベル賞を受賞しており、ノーベル賞を追いかけると学問の発展の歴史が垣間見えてきます。興味があればぜひ調べてみてください。

今回は大学入試問題を通して様々なことを学ぶことができました。入試問題は受験に限らず学びのきっかけとしては有用ですので、皆さんもぜひ関心を持ってください。

著者紹介

阿部武(あべたけし)

横浜国立大学化学生命系学科卒業。学生時代には分析化学を専攻し、現在は分析機器関連のメーカーに勤務中。

学生時代の専攻と現職の影響から分析化学に関する記事の執筆を開始。実験結果が科学的に妥当と保証する分析化学の知識を、身近な話題とともに楽しく分かりやすく紹介できるように鋭意努力中。

参考文献

2023年 東京大学 前期日程 : 二次・私大入試 : 大学入試2023 : 読売新聞オンライン : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

紫草(むらさき) |地域資源紹介記事 | 東京都 地域資源(TOKYOイチオシナビ)

【第99回箱根駅伝】男子駅伝チームが55年ぶり出場。「江戸紫」の襷をつなぎ、10区間を完走 | 立教大学 (rikkyo.ac.jp)

開業5周年記念「粋」・「雅」に続く新のライティング登場! 新ライティング「幟」を点灯しました!|プレスリリース/ニュースレター|東京スカイツリー TOKYO SKYTREE (tokyo-skytree.jp)

分子量について  阪本秀策 1954 年 3 巻 5 号 p. 446-451 ja (jst.go.jp)

女性化学者のさきがけ  黒田チカの天然色素研究関連資料 堀 勇治 untitled (chemistry.or.jp)

紫根の色素につきて 黒田 チカ 東京化學會誌 39 巻 (1918) 12 号 ja (jst.go.jp)

【著者紹介】阿部武(あべたけし)

横浜国立大学化学生命系学科卒業。
学生時代には分析化学を専攻し、現在は分析機器関連のメーカーに勤務中。
学生時代の専攻と現職の影響から分析化学に関する記事の執筆を開始。実験結果が科学的に妥当と保証する分析化学の知識を、身近な話題とともに楽しく分かりやすく紹介できるように鋭意努力中。