花咲けサクラ! 開花を科学で解き明かす

2023.03.15

 春は出会いと別離の季節でもある。旧友たちとの別れを惜しむように、また新生活への門出を祝福するように、咲き誇るのがサクラだ。彼の俳人、小林一茶も春の旅立ちを「見かぎりし 故郷の山の 桜哉」と詠んでいる。

 

 誰に教えられたわけでもないのに、春になると咲き、私たちの目を癒してくれるサクラだが、どのようにして春の訪れを感知しているのだろうか?

 

 今回はサクラがどのようにして開花するべき時期を感知しているのか、目に見えるマクロな現象から、目に見えないミクロな現象まで、順を追って解説していく。

 

 キーワードは「気温」だ。

 

少し詳しく 〜気温の変化と春化〜

 突然だが、皆さんはどのような時に春の到来を実感するだろうか? コートを着なくなった時。朝、布団から出るのが苦じゃなくなった時。中には、鼻水や目の痒みが強くなった時という人もいるだろう。多くの人に共通するのは、日差しを心地よく感じる、温暖な気候になった時ではないだろうか。

 それでは、サクラにとってはどうだろうか?

 気象庁が発表している、東京の桜の開花日と3月の平均気温をプロットすると、面白い関係が見えてくる。平均気温が低い年は開花が遅く、高い年には開花も早い。

 そう、サクラも私たちと同様に、気温を感じ取っているのだ。

 このように、低温期間から常温への気温の変化に応答し開花や発芽が誘導される仕組みを春化しゅんか(あるいはバーナリゼーション)[注1]という。春化による開花には、植物種によるが一般的に数日から数週間の連続した低温期間(0 〜 10 ℃)が必要となる[注2][注3]

 

 春化によって、同じ地域のサクラは同じ時期に一斉に開花する。これにより満開の桜並木が出来上がり、私たちに春の訪れを告げるわけだが、もちろんサクラにとっても生物学的な意義がある。近くの花が一斉に咲くということは、個体間での交配(他家受粉)の機会が高まり、それだけ遺伝的な多様性を得やすくなるのだ[注4]

 

 それでは冬や春の植物体の内部で何が起きているか、少し詳しく見てみよう。 

さらに掘り下げ 〜春化と花芽形成〜

 そもそもの話だが、落葉樹であるサクラが、冬の間どこで気温の変化を感じ取っているのだろうか?この疑問に答えるには、季節変化に対するサクラの変化を見るのが良い。

 花が散り、夏になるとサクラは葉を茂らせ、同時に翌年の春に備え、茎頂けいちょう分裂組織[注5]の一部を花芽に分化させる。花芽は夏の間は休眠し、成長することはない。

 秋から冬になると葉は落ちてしまうが、同時に花芽は休眠から目覚め、蕾へと成長する。

 冬の間、サクラは未分化の茎頂分裂組織で低温を感応し、開花を抑制している[注6]。そして春になると、その抑制が弱くなり開花へと至る。

 

 そう、気温の変化は茎頂分裂組織で感じているのだ。

 

 しかしそうなると、また一つ疑問が生まれる。茎頂分裂組織で感じた気温の変化を、サクラはどのように花芽に伝えているのだろう?

 これを解くには茎頂分裂組織で作られる2つの因子の存在が鍵となる。すなわち、花成抑制因子開花促進因子だ。

 冬の間、花成抑制因子の働きが低温に応答して低下することで、花芽は休眠から解除され、蕾を徐々に成長させる。

 やがて春になり気温が上昇すると花成抑制因子の働きが増加し、蕾の成長を抑える。同時に、日長が長くなることで、開花促進因子の働きが上昇し、蕾は一気に開花する。

 

 これらの因子の存在によって、冬には花芽の成長、春には開花という春化の一連の流れが成立する。

 

 それではそれぞれの因子とは具体的になんなのだろう?先行研究の関係上、ここからはシロイヌナズナを例に見ていこう。

もっと専門的に 〜花芽形成と調節因子〜

 開花を促進する植物ホルモンとして、ジベレリンが知られている。外生ジベレリンを与えられるとシロイヌナズナは低温を経験していなくても開花する。

 一方で、低温処理しても花芽の成長が促進されないケースも存在する。花成抑制遺伝子FLCを強発現させた場合だ。FLCは本来、低温に応答して発現が抑制される花成抑制遺伝子FRIにより発現が調節されている。

 FRIFLCはシロイヌナズナの遺伝子だが、花成抑制遺伝子による花芽成長の抑制と、ジベレリンによる開花という春化の基礎となる部分はサクラでも共通していると考えられる。

 

 ここまでサクラの開花のメカニズムを順に見てきたが、いかがだっただろうか?

 サクラの木を眺める際に、春の暖かさだけでなく冬の寒さにも想いを馳せてみるのも一興かもしれない。

 

 最後に、記事の主旨から少し外れるが、サクラに関する研究を2つ紹介して、今回の記事を締めくくらせていただく。

ちょっとはみ出し 〜サクラの研究あれこれ〜

 実はサクラの開花日に注目しているのは風流ばかりが理由ではない。

 前述の通り、サクラの開花日と気温には相関関係がある。そのため、日本各地に植えられているソメイヨシノ[注7]の開花日と気象条件を結ぶ計算式を確立し、地球温暖化が進行した際の植生の予測をするのに役立てよう、という研究がある。開花日を予想するいくつかの計算式がすでに考案されており、今後、より高い精度で開花予想日が発表されるかもしれない。

 

 ところで、サクラといえば花以外に忘れてはならないものがもう一つある。そう、サクラの果実こと、さくらんぼだ。

 早生品種のさくらんぼは高値で取引されるため、収穫日は重要な形質となるが、苗木から収穫まで4年以上もかかってしまうため品種改良のたびにいちいち待っているのは現実的ではない。そこで品種の持つ遺伝子に着目し、収穫日に関する遺伝子を指標にして収穫日を予測しようという研究がある。遺伝子を用いた高精度な予測で、旬のさくらんぼをより早く味わえる日も遠くはないだろう。

食べごろの佐藤錦はとても美味しそう。

 

 

 

 

参考文献

・塩井祐三ら. 『ベーシックマスター植物生理学』. オーム社.

・鈴木孝仁監修. 『視覚でとらえるフォトサイエンス生物図録改訂版」. 数研出版.

・Surkova SY, et al. “Mechanisms of Vernalization-Induced Flowering in Legumes”. Int J Mol Sci. 2022 Aug 31;23(17):9889.

・Binenbaum J, et al. “Gibberellin Localization and Transport in Plants”. Trends Plant Sci. 2018. PMID: 29530380 Review.

・井田 寛子ら. 『生物季節と地球温暖化~サクラ開花への影響~ 』. 土木学会論文集B1(水工学)74 巻 (2018) 5 号.

・K. Isuzugawa, et al. “QTL analysis and candidate gene SNP for harvest day in sweet cherry (Prunus avium L.)”. Acta Horticulturae 1235 33-40. (2019).

脚注

[注1]サクラ以外にもニンジンや秋まきコムギなども春化することが知られている。 (本文へ戻る)

[注2] 例えば、10日間の低温期間が必要な植物種があるとする。この植物に5日間の低温に晒したのち、1日常温に晒す。この植物を再度低温に晒したとき、花芽形成するのに必要な低温期間は10日間だ。 (本文へ戻る)

[注3] 春や夏に人為的に低温期間を設けることで開花を促す手法を春化処理と呼ぶ。春化処理のことも春化と同様バーナリゼーション(vernalization)と呼ぶためややこしい。 (本文へ戻る)

[注4] より遺伝的多様性を獲得しやすくするため、サクラには自家不和合性という自家受粉しても種子を作らないという性質がある。 (本文へ戻る)

[注5] 茎の先端にある細胞分裂の活発な組織。栄養成長期では、ここが細胞分裂を繰り返すことで茎が伸長していく。 (本文へ戻る)

[注6] そのため、台風や病害虫などの影響で茎頂分裂組織が早期に落ちてしまった場合には、秋や冬にも開花してしまうことがある。 (本文へ戻る)

[注7] ソメイヨシノが注目される理由としては、日本各地に植えられていること、多くの人が注目するため変化に気がつきやすいということがある。また、接ぎ木によって人工的に増えるソメイヨシノは、遺伝子的には全て同一個体のクローンのため、条件を揃えるのが容易という理由もある。 (本文へ戻る)

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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