蔓延する感染症に終止符を 診断法開発の軌跡

2023.03.08

※本記事にてご紹介するシーズ情報は、下記「大学・企業公開技術シーズ」にも掲載されているものです。技術詳細を知りたい方は、こちらのリンクも合わせてご覧ください。

関西医科大学 神田 先生 どこでも使用可能な小型バッテリー駆動診断システムの開発

 2023年、尿検体を用いて結核を即日診断する新技術が開発された。結核患者に特有のマイクロRNA配列を検出するものである。この技術の開発は、関西医科大学医学部衛生・公衆衛生学講座の神田靖士(かんだ せいじ)准教授らの研究グループによって行われ、その成果によって実用化まであと一歩のところまで来ている。最後の1ピースとして、この技術を用いた検査キットの開発が必要だ。この記事は、神田准教授らが15年にわたって取り組んできたプロジェクトの軌跡を紹介するとともに、検査キット開発に協力していただけるパートナー企業を募集するものである。

終わらない感染症、結核

 2020年、突如現れた新型コロナウイルス感染症が世界で多くの命を奪ったことは鮮明に覚えているだろう。数にして年間190万人だ。だが同じ年、そのコロナに匹敵する150万人が別のある感染症によって亡くなっていたことはご存じだろうか。それは結核である。結核は決して昔の病気ではなく、コロナの次に死亡数が多い感染症である。

 原因は結核菌という非常に小さな細菌だ。小さくて軽いために、感染者の咳に混じった結核菌は地面に落ちずに空気中に漂う。それを別な人が吸い込むことで病気が伝染していく。この強力な感染経路は「空気感染」といい、結核の流行が終わらない一因である。日本でもいまだに毎年2000人程度が結核によって亡くなっている。

2018年の結核流行状況。濃い緑の国は年間に1000人に3人以上が新規に結核にかかっている。

迅速診断なくして、蔓延は終わらない

 もっとも、結核が問題になっているのは主として途上国である。日本の何十倍も流行している。この流行を食い止めるためには、とにかく早く診断をして隔離するしかない。現状の診断法だと結果が出るまでに2日かかるが、これでは遅すぎる。なぜなら途上国で暮らす多くの人にとって、病院は遠い場所にしかないからだ。

 検査のために半日かけて移動し、2日後に結果を聞きにまた半日移動。これができず、結果として隔離されずに蔓延が続くのである。当日に検査結果が出る結核の検査法はないものだろうか…。ちなみにコロナ禍でおなじみとなったPCRなら早そう、と考えた読者もいるかもしれない。PCR法は実は結核にも有効な診断法であるが、これは装置が高額であるため普及が難しい。つまり途上国にとって、検査は安くて簡便である必要もあるのだ。

ラオス農村部の医療施設の状況。簡素な施設であり、高度な医療機器の導入は難しい。

抗体検査開発、行き詰まり10年

 この問題を解決すべく関西医科大学の神田准教授が結核診断法を研究し始めたのは、15年も前のことだった。きっかけは近隣にあった結核病棟とつながりがあったことや、教授がラオス(結核の流行国のひとつ)と縁があったことだった。研究に際し、決めていたことが一つあった。それは、尿で検査することだ。先ほど述べたとおり、尿は簡単に採取できるし、血液に比べて安全である。血液は危険なのか?という疑問もあると思うが、例えば結核患者の1割はHIV陽性であることが知られており、血液はその感染源になりうるのだ。
 彼らがまず取り組んだのは、「抗体」を検出する診断法の開発だった。抗体とは、人が感染したときに体内で合成される、その病原体ごとに異なる分子である。抗体があるかどうか調べれば、病原体に感染したかどうかが分かるのだ。この抗体を検出する方法は、感染症の検査としては標準的なものだ。例えば胃がんの原因と言われているヘリコバクター・ピロリ菌も、尿検査で抗体を調べて検出する。
 だが、結核ではこれがうまくいかなかった。結核にかかっていない人でも誤反応してしまう「偽陽性」が取り除けなかったのだ。その後もさまざまな方法で抗体を検出しようとしたが最適なものは見つからず、気づけば10年が経過した。

抗体(右)が病原体(左)と反応するイメージ。この反応を用いた検査は結核には適さなかった。

マイクロRNAに着目、ラオスに冷凍庫を運ぶ

 2018年、研究グループは抗体とは全く別のアプローチにチャレンジし始める。それがマイクロRNA(microRNA, miRNA)だ。RNAといえば新型コロナワクチンで有名になったあの分子だ。DNAと似ていて4種類の塩基(パーツ)が鎖状に並んでいる。マイクロRNAは20個ほどの塩基が並んだ小さなRNAであり、並び方に対応した特定の遺伝子の働きを抑えるのが特徴だ。

 なぜ彼らはマイクロRNAに着目したのか。それはがん領域で、がん患者に固有のマイクロRNAが尿中で検出できたという報告が出ていたからである。彼らは結核においても、固有のマイクロRNAが検出できる可能性があると考えたのだ。

 とはいえマイクロRNA候補の探索にはお金がかかる。理由は大きく2つだ。まず第一に、網羅的な測定が必要という点だ。マイクロRNAは数千種類あり、これら全てが候補の可能性がある。この測定には「次世代シーケンサー(NGS)」が必要だが、1回の測定ごとに数万円という費用がかかってしまう。第二に、高額な冷凍庫が必要という点だ。RNAは不安定で、超低温で冷凍管理しないとどんどん分解され測定が困難になってしまうのだ。

 そんな中、大学の知財担当と連携し国(AMED)の研究助成で資金獲得できたことをきっかけとして、研究は進み始めた。2019年、超低温(-60℃)の冷凍庫を購入して、タイのバンコクからラオスのターケークまで約730kmの距離を陸路で夜通し搬入した。いよいよNGSを用いた網羅的解析が始まった。

今回ターゲットとなった分子、マイクロRNA(miRNA)のイメージ。mRNA(メッセンジャーRNA)に作用し、特定の遺伝子の発現を抑える。

RNAを扱うための高額な冷凍庫をラオスまで運ぶ様子。

研究を進展させた「内部標準」の発見

 彼らはNGS(次世代シーケンサー)を用いたマイクロRNAの網羅的解析を、結核患者および健常者それぞれ10名程度に実施した。データが出てきたが、問題はここからだった。マイクロRNAたちは実に多様だった。同じ人で2回測定しても、時間などの要因でかなり異なる結果になってしまった。そのような状態ではノイズが大きく、結核患者と健常者を比べることはできなかった。

 しかし2020年、研究グループは誰にでもいつでも安定して存在するマイクロRNAを発見したのだ。これは偉大なる発見だった。この「内部標準」によって、全てのマイクロRNAの量を標準化できるようになった。ここから研究は破竹の勢いで進み、ついに結核診断に有用なマイクロRNAを数十種類も見つけたのである。結核患者で増えるRNAも、減るRNAもあった。それらの生物学的な意味を調べると、結核と関連があると考えて妥当なものだった。これは本物だ。いよいよ、実用化への道が開かれた。

NGS(次世代シーケンサー)で測定したマイクロRNAデータを表示したグラフ

実用化を進めたのは、偶然隣にいた会社

 実用化とは、この候補となるマイクロRNAたちを簡単に、そして安定的に検出することを指す。そのためには、まず尿からマイクロRNAだけを抽出することが必要になった。これが難しい。当初は彼らだけで取り組んでいたが、今までと全く異なる分野であり手探り状態だった。だが2022年、事態は思わぬところから大きく進展することになる。研究室に所属する留学生が世話になっている近隣の企業が、たまたま微量分子を抽出する技術を持っていたのだ。これをマイクロRNAに応用すると、なんと抽出に成功したのである!

 次いで、抽出したマイクロRNAから、結核固有のものを検出する必要があるが、ここにも幸運があった。たまたまRNAの検出について、全く別分野で取り組んでいる大学と企業に出会えたのだ。こうして、残るはキットの開発というところまで辿り着いたのである。

実用化のためのステップ。尿中miRNA(マイクロRNA)の捕集法は、思わぬ偶然から生まれた。

最後の1ピースを埋める企業、募集中

 神田准教授らの研究グループが結核診断法の研究を始めてから15年。課題解決のための研究が社会にインパクトを及ぼすまでには、こんなにも遠い道のりがあったのだと改めて思わされた。しかし、これはまだ終わった話ではない。あとは低コストで即日に結果が出るキットを開発するという最後の関門が残っている。

 ここで唐突ながら読者の皆さまにお力をお借りしたい。もしこのマイクロRNA検出キットの開発ができるかもしれない、という企業の方は、手を挙げてほしいのだ。詳しそうな企業を知っている場合は、その企業にこの記事を紹介してほしいのだ。「いや、自分はわからないよ」という人が大半かもしれない。だが、今までも幸運な出会いがこの研究を後押ししてきた。少しでもピンときた方は、最後のストーリーを完成させてほしい。

検査キットがある未来

 さて、ここで結核マイクロRNA検出キットが実現した世界を考えてみよう。世界で毎年1000万人の新規感染がある結核。WHOは2030年までに結核感染を9割低減させるという高い目標を掲げている。新検査キットはそのキーアイテムになっているだろう。古代エジプトから5000年もの間、人類を苦しめてきた結核に終止符を打つことができるかもしれない。

 またビジネスとしても面白い。検査自体は安価である必要があるが、蔓延を防ぐキーアイテムとして国策として大規模に導入してもらうなどの様々なオプションも考えられるはずだ。また本検査法のコア技術のいくつかはすでに特許出願をしているところも大きい。またこの技術はマイクロRNAを検出するという意味では結核のみならず、他の感染症や疾患にも応用できる可能性も秘めている。

 ということで、この技術シーズに興味を持った方は、ぜひ下記までコンタクトをとってほしい。その際は、「Lab BRAINSで熱い記事を見た」と一言言っていただけると嬉しい。

 

連絡先:
関西医科大学 衛生・公衆衛生学講座 准教授
神田 靖士(かんだ せいじ)
[email protected]

 

研究シーズ詳細およびお問い合わせ

 本記事にてご紹介いたしましたシーズ情報は「大学・企業公開技術シーズ」にも掲載されております。
どこでも使用可能な小型バッテリー駆動診断システムの開発
 本研究シーズにご興味のある方は、以下のフォームからもお気軽にお問い合わせください。

 

【著者紹介】もりふじ

サイエンスコミュニケーター。学問を面白く発信するラジオパーソナリティのオーディション企画「ゆる学徒ハウス」の最終選考に出場し、発信の面白さに気づく。その後はYouTubeチャンネル「疫学トーク」を立ち上げ、一般に向けてヘルスリテラシーを高めるためのデータの見方、考え方を発信している。

もりふじがアカデミア発の技術シーズを分かりやすく紹介する連載です。技術シーズは社会を変革する力を秘めているスマートでカッコいい側面もあるし、失敗や試行錯誤のエピソードを積み重ねた人間臭い側面もあります。

その両方を楽しんでもらえればと思っています。