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こんにちは!恐竜を研究する学問【古生物学】の普及活動や恐竜好きな方へのサポートを行っている「恐竜のお兄さん」加藤ひろしと申します。
前回"バズったネタ"を紹介した最大級の肉食恐竜ティラノサウルス・レックス Tyrannosaurus rexと共存していた植物食恐竜の中でも、3本の角と穴が開いていない鞍くら状のフリル(襟飾り)を持った大人気の恐竜と言えばトリケラトプス Triceratopsでしょう。
この【3つの角を持つ顔】という意味の学名を持つ恐竜は、ティラノサウルスと共に“鳥類以外の恐竜達が絶滅する直前のカナダとアメリカに生息した恐竜”の代表と言える存在で、その知名度・人気ゆえに色々な話題がバズります。
しかしティラノサウルスの時と同じように、トリケラトプスのバズったネタはどこまで「正確な話」なのでしょうか?
第3回目となる今回は【それってホント?】トリケラトプスについて"バズったネタ"の真実とウソを徹底解説!と題して、これまでSNSで広まった(バズった)トリケラトプスの話題を取り上げながら、「研究論文と照らし合わせると、どこまで正確な話なのか」を調べていきます!
このネタを調べる前に、ティラノサウルスやトリケラトプスと共存していた植物食恐竜トロサウルス Torosaurus を紹介しましょう。このトロサウルスは3本の角と穴の開いた細長いフリルを持ち、トリケラトプスと共に最大級の角竜類と考えられています。
このトロサウルスと、トリケラトプスは「同じ恐竜ではないか」とする研究論文『Torosaurus is Triceratops (トロサウルスはトリケラトプス)』が2010年に出版されました。実は1990年のトリケラトプスについての研究でも「トロサウルスはトリケラトプスの雄なのかもしれない」とほんの少し考察されましたが、この2010年の研究についてのニュースは「トリケラトプスはいなかった!」「トリケラトプスが教科書から消える?」といったタイトルで大々的に報道され、当時のTwitter等でもバズってしまいました。
この“バズり”はトリケラトプス側の人気による物でしょうが、2010年の研究論文や動物の命名規約の情報と照らし合わせると、このニュースは間違っていると言わざるを得ません。
まず2010年の研究論文は、先述の通りタイトルの時点で『トロサウルスはトリケラトプス』である上に「確かな若者の頭骨が見つからないトロサウルスはトリケラトプスのお年寄りで、フリルに穴が開く等の変化はかなり成長してから急速に起きたのではないか」としています。
確かにこれだけを見ると「トロサウルスがトリケラトプスの成長した姿なら、トロサウルスの方が優先されるのではないか?」と感じるかもしれませんが、動物の命名に関する「国際的なきまりごと」が定められている『国際動物命名規約 第4版 日本語版 [追補]』の条23.1.を見ると「あるタクソン(分類群)の有効名は,そのタクソンに適用される最も古い適格名である.」と記述されています。つまり基本的には、同じ動物に違う学名が付けられていた場合は先に付けられた学名が有効となります。
同じ動物に違う学名が付けられていた例を挙げるとするならば、ティラノサウルスのケースが好例でしょう。ティラノサウルス・レックス Tyrannosaurus rex という学名が命名されたのは1905年の事でしたが、この1905年の記載論文内の1ページ後でディナモサウルス・インペリオスス Dynamosaurus imperiosus という肉食恐竜も命名されました。しかし翌年の1906年の研究論文で「ティラノサウルスとディナモサウルスは同じ恐竜である」とされた為、同じ論文の僅か1ページの差であったとは言え、先に命名されたティラノサウルス・レックスの方が現在も有効な学名とされています。
そしてトリケラトプスとトロサウルスの命名された年を比べるとトリケラトプスが1889年、トロサウルスが1891年となりますから、仮に「トロサウルスとトリケラトプスが同じ恐竜だった」場合、2年先に命名されたトリケラトプスの方が有効な学名となります。したがって「トリケラトプスはいなかった!」「トリケラトプスが教科書から消える?」というニュースは間違いとなるのです。
またニュースへの反応の中には「成長によって名が変わる出世魚方式はダメなのか?」というものも見られましたが、出世魚の様にそれぞれの国や地域の言語で使われる名称(地方名)とは違い、全世界共通の名称である学名は一種につき一つでなければなりません。トリケラトプスやトロサウルス、ティラノサウルスもそうですが、現在日本で使われている恐竜の名称は学名をカタカナ表記したものである為、この観点から見てもトリケラトプス Triceratops という学名の方が優先されます。
さて、そんな中「やはりトロサウルスはトリケラトプスとは別の恐竜だと考えられる」とする研究論文が2011年・2012年・2013年・2022年に出版されており、更にタイニー(Tiny)というニックネームの若いトロサウルスが発見された為、タイニーについての研究成果が発表されればトロサウルスの成長に関する情報も更に増える事が期待出来ます。また「トロサウルスとトリケラトプスは同じ恐竜ではないか」とした2010年の研究論文を発表した研究者も2020年の研究論文で「もしトリケラトプスとトロサウルスが近縁な別の恐竜であるのならば、フリルだけではなく前上顎骨の形態にも違いが見られる可能性がある」と記述している為、トロサウルスの更なる化石の発見と研究が必要になりますが、現時点ではトロサウルスもトリケラトプスもご近所さん同士の別々の恐竜と考えて問題はなさそうです。
動物の動きの素早さや感覚の強さを知る為には、生きた個体を観察したり生きた個体にテストをさせたりするのが一番です。では恐竜のように、絶滅してしまっている動物の感覚や動きの素早さについて調べるにはどうすれば良いでしょうか?
その方法の一つに、「CTスキャンを使って脳を囲っていた骨(脳函のうかん)を解析し、そのデータから考えられる脳や内耳の形態を調べたり、今生きている現生の爬虫類や鳥類の物と比べたりする」という方法があります。
CTスキャンを使えば化石を壊さずに内部構造を調べる事が出来る為、主に2000年代から様々な古生物学に関する研究でも使われる様になりました。例えば「ティラノサウルスの感覚は、嗅覚が特に鋭かったと考えられる」という事も、2009年の研究論文等の複数のCTスキャンを使用した研究によって考えられるようになりました。
このネタの元となった研究もCTスキャンを使った物で、2020年に研究論文が出版されました。
そして研究論文が出版された際のニュース記事の中で「トリケラトプス、動き鈍かった?」というタイトルのものがあり、そのタイトルのキャッチーさもあってTwitterでバズりました。
この2020年の研究ではトリケラトプスの物と考えられる2個体の脳函をCTスキャンで解析し、他の角竜類を含む恐竜たちと比較しました。その比較の結果、①「嗅覚の鋭さは他の恐竜と比べてかなり低め」②「警戒時の頭の向きは水平面から約45度下を向いており、角やフリルを前に向ける事が出来、なおかつ植物を食べやすいように嘴くちばしが地面を向く姿勢をしていた」③「聴覚は恐竜の中でも、長距離からも聞こえる低周波の音に比較的敏感だった」④「三半規管の形態から、トリケラトプスの視線や姿勢を安定させる能力はプシッタコサウルスやプロトケラトプス等の原始的な角竜類よりも低く、頭を素早く動かすのは不得意だった」と示唆されました。
「トリケラトプス、動き鈍かった?」は④の三半規管の形態についての比較を基に作られたニュースタイトルでしたが、ここで注目するべきなのは比較対象となった他の角竜類です。この研究論文ではトリケラトプスと同じケラトプス科に分類されるアンキケラトプス Anchiceratops とパキリノサウルス Pachyrhinosaurus 、プロトケラトプス科に分類されるプロトケラトプス Protoceratops 、基盤的な角竜類のプシッタコサウルス Psittacosaurus が比較対象となりました。
しかしながら、先述の通りトリケラトプスの視線や姿勢を安定させる能力が低かったのはかなり小型のプロトケラトプスや小型で二足歩行のプシッタコサウルスと比べてであり、トリケラトプスと同じく角竜類の中でも四足歩行で大型になるグループのケラトプス科に分類されるアンキケラトプスとパキリノサウルスについては、トリケラトプスと同様に視線や姿勢を安定させる能力はプロトケラトプスやプシッタコサウルスと比べて低かったとされました。
つまり「トリケラトプスの動きは、小型の角竜類や小型で二足歩行の角竜類と比べると鈍かった」と書くのがより適切な表現になります。ニュースのタイトルではその知名度・人気から「やり玉」にあがったトリケラトプスですが、キャッチーなタイトルだけではなく、何と比較して鈍かったのか、は注意してみる必要がありそうです。
ティラノサウルスの時もそうでしたが、恐竜の研究論文の内容がメディアに取り上げられる際には、今回取り上げたように、伝言ゲームさながら情報が曲がったり派手な言葉で取り上げられたりするケースがあります。派手な言葉で取り上げられた情報を見たり聞いたりした時はそのまま鵜吞みにせずに「それってホント?」と一度思ってみるのも大事です。
【恐竜を好きでいる気持ち】を持ちながら、研究に関するニュースを見た時には【ホントかな?と思う気持ち】のことも大切にしてみてくださいね!