マンボウ肝油の効果と可能性

2022.11.28

 肝は濃厚で美味い。特にこれからの寒い時期は、カワハギの肝を醤油に溶かせて刺身に漬けて食べると絶品だ。魚の肝臓は料理として食べる以外にも、肝油として利用されている。肝油とは、読んで字の如く、肝臓から抽出した油のことである。肝油は日本ではタラ類から作られるのが有名で、ビタミンAやビタミンDが豊富なことから、戦後の学校給食等で栄養補助として使われていたようだが……私が子供の頃に肝油を食した記憶はないので、もう学校給食では出されなくなったのではないだろうか。肝油という言葉自体も普段の生活ではあまり目にする機会がないような気がする。今回はそんな肝油、その中でも「マンボウの肝油」についてお話したいと思う。

マンボウの肝油について調べてみよう

 インターネットでググってみると、魚類の肝油はタラ類以外にサメ類やエイ類などでも作られており、やはりサプリメントとして利用されているようだ。あまり知られていないが、実はマンボウからも肝油が作られている。私が調べた限りでは、『マンボウ肝油V』、『海の癒し オーシャン・サンフィッシュ』、『ハピネスマンボウサンQ』、『マンボウハート』というマンボウ肝油のサプリメント商品が見付かった。マンボウはフグの仲間であるが、どうも肝臓にはフグ毒を持っていないようで、日本人は昔から伝統的にマンボウの肝臓を食べている。私が知る限りでは、少なくとも1802年に原南陽によって著された『査魚志』に、マンボウの肝臓を食べていたことが示唆される内容が書かれていた。私も静岡に住んでいた頃に、スーパーの鮮魚コーナーにマンボウの肝臓が並んでいるのを見たことがある。パックには「煮魚に最適」と書かれていた。この煮魚というのはおそらく味噌煮込みのことを指しているのだと思われる。私は煮込むより炒める料理しかしたことはないが、マンボウの肝臓に味噌、砂糖、醤油、酒などを加えて炒めると濃厚な酒の肴ができあがる。

 私は今まで様々なマンボウを解体してきたが、そう言えば肝油はまだ作ったことがなかった。持っていれば何かしらの資料として役に立つ。スーパーで売られているマンボウの肝臓からも肝油は作ることができるだろうか? そう考えた私は2年前、実際にスーパーで買ったマンボウ(正確な種は不明)の肝臓から肝油を作ったことがあった。マンボウ肝油の作り方は至って簡単である。マンボウの肝臓をフライパンで炒め、出てきた油だけを回収して瓶に詰め、冷蔵庫で保存すればいい。イメージとしてはステーキの肉汁だけを搾り取る感じだ。肉の部分は出来る限り取り除いた方が純度の高い肝油を作ることができる。

マンボウ肝油の作り方

 私の失敗談も交えてもう少し具体的なマンボウ肝油の作り方をお伝えしよう。まず、マンボウの肝臓は基本的に黄色だ。黄色のものを買っておけば筋肉や腸と間違うこともないだろう。マンボウの肝臓は熱すればどんどん油が出てくるので、サラダ油は必要ない。問題は油以外の残りの肉の部分だ。肉は結構すぐに焦げて黒くなってしまう。だから火は弱火で行うことが重要だ。肉が焦げてしまうと、せっかくのきれいなオレンジ色の肝油も黒くなってしまう。最初に挑戦した時は強火で炒めてしまったため失敗してしまい、見事に真っ黒な肝油になってしまった。

 私はマンボウ肝油の作り方についていろいろ挑戦する中で、偶然にも炒める以上に純度の高いマンボウ肝油の取り方を発見したのでここで教えておこう。それは、フライパンに少し水を入れ、アルミホイルでお皿を作り、その中にマンボウの肝臓を入れて、蓋を閉めて蒸す方法だ。この方法だと強火にしても肉は焦げず、フライパンも油まみれになることがなく、熱されて出てきた油だけを回収できた。


もし、マンボウの肝臓から出た油が台所に飛び散ってしまった場合はしっかりと洗い落とした方がいい。数日後、飛び散った油が酸化すると、鼻を突く強い刺激臭になる。換気扇を一日中回して、消臭剤を掛けてと、私は油のニオイを消すのに結構苦労した。

 回収したマンボウ肝油を触ってみると、ぬるぬるした触り心地で、油らしい油だった。本当は冷蔵庫で保存した方がいいのだが、サラダ油などは常温で保存しているし常温でも問題ないのではないかと思って、私はこの時作ったマンボウ肝油は現在も常温で保存している。2年後の現在の状態がこちらだ。ところどころ油が固まって白くなった部分や沈殿した黒い肉的な部分が分離してるが、基本的にはきれいな油のように見える。腐ってはいなさそうだ。このまま肝油を常温保存し続けるとどうなるのか……数年後また機会があれば紹介したいと思う。

マンボウ肝油の実用例

 さて、このマンボウ肝油、今も使われているのかは分からないが、昔の漁師はいくつかの用途で使っていた。1つ目は灯油の代わりとして、マンボウ肝油を使っていたようだ。江戸時代の栗本(1825)の本によると、中国ではマンボウは「海油魚」とも呼ばれていたらしい。私はマンボウ肝油に火を点けたことはないが、油なので普通に燃えそうである。

 2つ目は潤滑剤として。一昔前の漁師は、マンボウ肝油を船を引き上げる際のそろばん木に付けて、滑りをよくするために使っていた。海の現場ならではの活用法だろう。

 3つ目は薬としてだが、サプリメントなどで体内に摂取する方法と、塗る方法の2つがある。まず塗り薬として。昔の漁師はマンボウ肝油を挫傷や切り傷に対する塗り薬として使っていたという。実体験として、私も切り傷ができた時に、試しに塗ってみたことがある。これが結構傷口にしみる。魚臭さと油のぬめりがあって、他の場所を触るとそちらにもニオイやぬめりが付きそうだったので、その時はすぐに洗い流してしまったが、油で傷口をコーティングすると考えれば、塗り薬として有用なのかもしれない。また、私はtwitterユーザーからマンボウ肝油を塗ってウオノメを治したという話も聞いたことがある。ウオノメは硬くなった皮膚を柔らかくして治療するようなので、肝油で保湿性が上がったのかもしれない。しかしながら、私が知る限りでは、マンボウ肝油を塗ることで外傷の治療に効果があるとする論文は見当たらない。もし、そのような文献を知っている人がいたら教えて欲しい。また、マンボウ肝油の塗り薬としての有効性についても誰か研究して欲しい……。

 一方、マンボウ肝油のサプリメントや飲み薬としての効果はいくつか知見がある。Akahori et al. (1990)によると、ラットを使った急性潰瘍モデルと胃液分泌の実験では、マンボウ肝油はラットの胃病変の予防と抑制に効果が見られ、ヒトにも効果があるものと推察された。古くから漁師の間でマンボウ肝油は胃潰瘍に効くとされており、効果がありそうというところまでは分かったが、まだ実際にヒトで効果を試した論文はないようだ。さらなる検証が必要である。

 また、秋久(2002)によると、マンボウ肝油にはEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)、DPA(ドコサペンタエン酸)が豊富に含まれ(特にDPAが高い)、それらを摂取することで、血液がサラサラ、血流がスムーズになり、結果として各種臓器の機能が向上して、動脈硬化をはじめとした心臓病などの予防・改善に有効的であるとされている(気になった方は本に詳しく書かれているので本を読んで欲しい)。株式会社みのり乃はこのマンボウが持つ高いDPAに注目し、マンボウ肝油専用のホームページまで作って(私の先輩も協力していた)、20年前からマンボウ肝油のサプリメント『海の癒し オーシャン・サンフィッシュ』、『マンボウハート』を製造している。現在も継続してマンボウ肝油の医学的利用の研究が進められているのかどうかは不明だが……逆に言うと、もっとちゃんと調べればもしかしたら驚きの効果が発見される可能性もある。私はマンボウ科の種によって肝油の成分も少し異なるのではないかと考えているが、あいにく実験系は苦手であるため、調査をしたことがない。食べてヨシ、塗ってヨシ?のマンボウ肝油。誰か興味を持ってくれる研究者はいないだろうか……。

~今日の一首~

 食べてヨシ
  マンボウ肝油
   塗るもヨシ
    医学効果は
     あるや否や

参考文献

原南陽.1802.查魚志.国立公文書館 デジタルアーカイブ(請求番号「197-0153」)

栗本丹洲.1825.翻車考.国立国会図書館デジタルコレクション(請求記号「特1-966」)

辻本滿丸.1916.マンボウ肝油及ギンザメ肝油に就て.工業化学雑誌,19: 723-727.

Akahori, F., Masaoka, T., Yamada, F., Arai, S, and Kubo, G. 1990. Effects of liver extract from the ocean sunfish (Mola mola) on acute gastric lesions in the rat. The Japanese Journal of Veterinary Science, 52: 419-421.

藤井弘章.1999.マンボウの民俗―紀州藩における捕獲奨励と捕獲・解体にまつわる伝承―.和歌山地方史研究,36: 13-33.

小野忠義.2000.肝油の産業技術史的研究(4) ――肝油工業の発展期(大正から昭和前期)――.技術と文明:日本産業技術史学会会誌,12: 25-43.

秋久俊博.2002.『「マンボウ肝油」で心臓病を完全克服!!』.史輝出版,203pp.

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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