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あなたがインターネット上から得たその情報は、本当に事実に基づいた情報か?……昨今、インターネット上に蔓延る真偽不明の情報を大手メディアが検証する動きが出ている。いわゆるファクトチェック(真偽検証)だ。
では逆に、メディアは真偽不明な情報を流していることは本当にないのだろうか? 私は自分の研究を通じて、「メディアがニュースに書いている巨大生物の数値は結構いい加減」なことに気付いてしまった。このことに気付いてしまってからは、私はニュースの、特に巨大生物に関する情報は鵜呑みにしないようにしている……。
2022年10月は北海道とアゾレス諸島(ポルトガル)の巨大なウシマンボウに関するニュースが様々なメディアで配信されたので、目にする人も多かったことと思う。私はそれら2個体を研究した論文著者であり、ここラボブレインズでも記事を書いている。
なので、私は自分の論文に書いた情報とニュースの情報を比較し、その相違点を詳しく知ることができる。ニュースのファクトチェックと言うと少し大袈裟かもしれないが、こういう試みはあまり行われていないように感じるので、今回取り上げてみようと思った。これは私個人の単なる要望や愚痴かもしれないが……私見を述べたいと思う。
2014年8月、北海道函館市沖で巨大なウシマンボウが定置網で漁獲された。あまりにもインパクトのある漁獲シーンだったため、当時複数のニュースで配信された後、インターネット上でも大きな話題になった。この個体は当時知名度が低かったウシマンボウの存在が全国に知れ渡るきっかけとなった個体でもある。当時、大学院生だった私は、ウシマンボウの北海道初記録だと確認したので、船に同乗していたという研究者に早速連絡を取った。ニュースでは「全長3メートル50超、重さ1トン超 」と書かれていた。全長3.5 mのウシマンボウなんて聞いたことがない(全長3.3 mが最大記録だった)! 研究者も船に同乗していたし信憑性は高いぞと喜々して研究者に聞いてみたところ……「実際には計測していない」という衝撃の回答を受けた。研究者がメディアの取材に対してこのくらいの大きさじゃないかと推定値を言ったものが、「推定」という言葉を抜かれて、あたかも実際に計測されたかのような誤解を招く表現でニュースになっていたのだ! 結局、体重1 t以上はあったことは確かめられたが、全長は推定3.2-3.4 mと論文に書くことになった。確かにニュースには「~超」と微妙にぼかして書かれているが、この出来事はニュースに書いている巨大生物の数値は、実は結構アバウトなのではないか?と私に疑念を抱かせるきっかけとなった。
2021年11月、福井県小浜市沖の定置網で巨大なウシマンボウが漁獲され、ニュースで報道されてインターネット上でも話題になった。ニュースでは「体長約2 m、体重約650 kg」と書かれていた 。体重の数値が細かいのでこれは実際に計量された可能性が高いと考え、報道した新聞社に問い合わせしたところ、漁協から聞いた話なので詳細はわからないとのことだった。そして、教えてもらった漁協に問い合わせしたところ、体重は実際に計量したが、体長は目視による推定だということが明らかになった。またしても全長は「推定」という言葉を抜かれ、実際に計測したかのような数値を示して報道されていたのだ! 全長と体重が同じように書かれているので、どちらも計測されたように感じるところが大きな罠である。論文には、ニュースでは全長2 mと書かれていたが実は推定だったよと補足を入れた。
メディアも悪意はなく、貴重な情報を知ることができるのでニュースにしてくれるのはありがたいのだが……せめて「推定値なのか実測値なのかはハッキリ明記して欲しい」と私は思う。このことを私は自分が取材された時に何人かの記者に聞いてみたことがあるが、きまって「研究では確かに細かい数値が必要なのだと思うが、ニュースでは読者に読みやすいようにおおまかな数値で示すようにしている」という感じの回答が返って来る。言いたいことはわかる。しかし、ニュースは未来の人達に残す資料でもあるので、曖昧な表現をせず、もう少し情報の精度を上げてくれてもいいのではないかと私は思ってしまう。新型コロナウィルスの感染者数など人に関わる数値はかなり細かいところまで報道されるが、巨大生物の数値はだいたいの感覚で済まされるのが個人的にはもったいないと思ってしまう。巨大個体はデータを取る機会が少ないため、その数値は貴重なのだ。
過去のニュースには論文になっていないマンボウ類の大型個体の情報がたくさん眠っていることを私は知っている。しかし、それらが推定値なのか実測値なのかは基本的にニュースには書かれていないので、科学的に信頼できるかどうかは疑ってかかるしかない。メディアと研究者がタッグを組んでより正確な情報を残すようにしていけば、読み手も精度の高い情報を得ることができてメリットは大きいと思うのだが……どうもそういうことには興味が薄いようだ(中には真摯に向き合ってくれるメディアの方もいる)。
今回の事例も検証してみよう。まずは北海道の桂恋の海岸に打ち上げられたウシマンボウから。
2022年10月初めにTwitterでこの個体のことを知った私は様々な推測を立てて先駆的に記事を配信した 。同タイミングでメディアも注目し、ニュースが配信された。現地取材は素晴らしく、ニュースでは私が知り得なかった情報がいろいろ書かれていた。しかし、職業病である私はつい気になってしまったのである。ニュースには「体長3 m、約1.7 t」と数値が書かれている 。これは果たして本当なのだろうか? もし、実際に計測されていたのなら、論文に残す価値がある……私が記事を書いた当初はサイズが不明だったので論文にはできないと思っていたのだが、計測されているなら話が違ってくる。早速、各所に問い合わせを行った。その結果、この個体の体重は実際に計量されて1690 kgであることがわかった。
一方、全長については、メディアからの協力が得られず、詳細な情報は不明だった。ニュースではメジャーで計ったと書かれていたので、もっと細かい数値も計測していたのではないかと思って聞いたのだが、部外者にはニュースに出していない情報は教えられないと断られたのである。会社の守秘義務があるのはわかるが、協力を得られなかったのは非常に残念だ。もし全長が2.8 mとかもう一段階細かい数値だったら私も信頼性が高いと感じられたのだが、メディアが全長3 mと略する範囲は2.5 m~3.4 mと幅広いので、メートル単位の数値については私はあまり信頼できないのだ(これに関しては後述する)。結局、ニュースの動画でメジャーと個体が写っている場面を見付け、その目盛りを数え、画像の歪みで細かい数値は不明だったものの、全長2 m以上は確実にあることがわかったので、論文にはそう書いた。
最後に、アゾレス諸島で捕獲されたウシマンボウについて。
このウシマンボウは、世界最重量硬骨魚の記録更新とあって、世界レベルのニュースになることは予期していた。しかし、日本のメディアは基本的に海外論文を読まないので、海外ニュースを介して日本でもニュースとして取り上げられると予想していたら……全くその通りの展開になった。
すべてを先読みし、間違った情報が広まらないようにと、私は論文がオンライン出版されたすぐ後に、この論文を詳しく解説した記事を配信した 。この作戦は正解で、後に配信したメディアの中で、私の記事を引用してくれたところもあった。私が確認した限りでは、ナショナルジオグラフィック 、カラパイア 、アトラス 、ナゾロジー 、GIGAZINE 、テックインサイト でこの個体を取り上げたニュースが配信された。
この巨大ウシマンボウは全長325 cm、体重2744 kgである(論文もメートル法で表記している)。しかし、海外ではこの数値がヤードポンド法に変換されることがある。このせいで、テックインサイトではメートル法(論文)⇒ヤードポンド法(海外ニュース)⇒メートル法と変換されて、全長が「約3.35 m」と間違った数値で配信されてしまっていた。また、2744 kgなので、2.7 tと略されるのは許容できる範囲だが、いくつかのメディアでは「約3 t」と盛られていた。これが私が上述してきたニュースにある大まかな数値が信じられない理由である。2.7 tと3 tでは300 kgも離れている。生物学的にも300 kgは結構デカい差になる。幸いにも多くのメディアがタイトルでは3 tと盛っても、記事には2744 kgと書いてくれていたので、記事を読んだ人には正確な数値が伝わったと思うが……中にはタイトルだけ読んで3 tと記憶した人もいることだろう。
また、多くのメディアは「巨大マンボウ」とタイトルに入れていた。ウシマンボウもマンボウ科に入り、マンボウ科の総称はマンボウと呼ばれるので、問題があるかと言われると大きな問題はないのだが、私は良くない未来を危惧している――それはこれから先の未来、マンボウ類に詳しくない誰かが、図鑑の中で「マンボウは3 tになります」と書くことである。これだけの情報では総称か種名かは分からないので、種としてのマンボウが3 tになると受け取る人が必ず出てくる。しかし、これは正しくない。確かにマンボウもそれくらい巨大化する可能性はあるが、現在確認されているマンボウの最重量記録は1320 kgで2 tにすら届かないのだ。種によって重さが違うということは、似て非なる巨大生物ということを意味する。
さて、ここまでチクチクと細かいこと指摘をしてきたがまとめると、「メディアのニュースに書かれている巨大生物の数値は必ずしも正確とは限らないので、必要であればニュースの元となった情報源を当たる必要がある」ということを言っておきたい。
ある意味で私はクレーマーだろう。しかし、誰かが注意深くデータを収集していないと、巨大生物の正確なデータは集められないのだ。こういう指摘を繰り返していると、いつか老害と呼ばれる日が来るのだろうと思ってはいるが……私は指摘し続けた先でメディアの意識が変わるのか、または全く変わらないのか、行く末をみてみたいと考えている。
論文と
メディアの数値
比べると
アバウトなもの
あるので注意
澤井悦郎・松井 萌・ダルママニ ヴィジャイ・柳 海均・桜井泰 憲・山野上祐介・坂井陽一.2014.北海道初記録のウシマンボウ Mola sp. A.魚類学雑誌,61: 127–128.
澤井悦郎.2021.写真に基づく福井県初記録のウシマンボウ.Nature of Kagoshima, 48: 119-122.
Gomes-Pereira, J.N., Pham, C.K., Miodonski, J., Santos, M.A.R., Dionísio, G., Catarino, D., Nyegaard, M., Sawai, E., Carreira, G.P., Afonso, P. 2022. The heaviest bony fish in the world: a 2744 kg giant sunfish Mola alexandrini (Ranzani, 1839) from the North Atlantic. Journal of Fish Biology. Online published: https://doi.org/10.1111/jfb.15244
澤井悦郎・石黒智大.2022.北海道3例目および青森県初記録のウシマンボウ.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 25: 27-33.