自閉症スペクトラム脳遺伝子発現の変化(11月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022.11.15

これまで「自閉症の科学」では、自閉症スペクトラム(ASD)に関わる様々な遺伝子変異、遺伝するコモンバリアントとASD独自に発生するレアバリアントの役割、などを詳しく紹介してきた。


ところが、振り返ってみると、遺伝子発現に関する研究を紹介したことがない。


遺伝子変異の差は、発現した遺伝子機能の差として現れること、そして多くのコモンバリアントが遺伝子発現に関わるバリアントであることを考えると、全く片手落ちの自閉症ゲノムの紹介をしてきたことになる。


そこでまずこれまでのASD脳の遺伝子発現についてざくっとまとめておくと、シナプス機能など神経細胞自体の機能に関わる遺伝子の発現は低下し、グリア細胞が発現する炎症やストレス応答遺伝子が上昇することがわかっていた。


今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、49人のASDと54人の典型人の死後脳の各部分を採取、遺伝子発現を部分ごとに比べることで、より精度の高いASD遺伝子発現の変化を調べた研究で、11月2日 Nature にオンライン掲載された。


タイトルは「Broad transcriptomic dysregulation occurs across the cerebral cortex in ASD(ASDの大脳皮質全体にわたって、広範な遺伝子転写の異常が見られる)」だ。


大脳11カ所から大脳皮質をサンプリングし、その遺伝子発現を調べた研究で、基本的には得られたデータを、部分ごと、ASDと典型人で比べていくデータサイエンスになる。従って、何か特定の遺伝子の変化に注目しているわけではない。


その結果、

  1. ほとんどの大脳領域で、典型人とASDでの遺伝子発現の変化を認めることが出来る。また、典型人で大脳各部の遺伝子発現も、領域ごとに違いが見られる。

  2. 領域ごとにASDと典型人の違いの大きさを調べていくと、前方から後方に差が大きくなり、最も大きな差が見られるのは後頭部の視覚領域。

  3. この変化の性質を探ると、典型児で見られている脳各領域の遺伝子発現の差が、ASDでは消失して、領域間の差がなくなることがわかる。

  4. この差の元になる遺伝子を、発現調節から50程度のもヂュールに分けると、発現の差が大きい遺伝子の多くは、これまでコモンバリアントやレアバリアントとして指摘された遺伝子を含んでいる。

  5. これまでASDでは指摘されてこなかった、シャペロンなど細胞ストレスに関わる遺伝子を含むモデュールの発現が高まっており、細胞のストレスが認められる。

  6. 視覚領域の遺伝子発現の変化から、第3/4層の興奮神経に強く変化が出ていることがわかる。

  7. ただ、single cell RNA sequencingで調べると、第3/4層の神経細胞数は低下していても、大きな変化ではなく、基本的には細胞ごとの遺伝子発現の変化が、ASDと相関することがわかる。

まとめると以上になる。


勿論、これを発生時の遺伝子ネットワーク形成や、神経機能と対応させることは今後の課題になる。


ただ、思っている以上に、遺伝子発現レベルで変化が見られ、しかも領域間の差が解消される方向に変化が起こっていることは、ASD理解にとって重要な結果だと思う。

By西川伸一

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。